よこしなさい　【フェヒュ】　麗らかに晴れた日の午後、ようやくと執務机を占拠していた仕事の山を片付けるとフェルディナントは疲れきった目元を揉みしだいた。紅茶を淹れようと椅子から腰を上げた、その時である。扉が両側に勢いよく開いた。
　見えるのは、とっても黒い宮内卿（TKK）。
「ごきげんよう！」
「……あ、ああ、ごきげんよう」
　彼らしからぬ元気のいい挨拶だが、挨拶をされたので仕返す。
　向こうも本日が締め切りの仕事があったはず。
　フェルディナントの部屋に来たということは、片付いたのだろう。ならば共に茶を飲まないかと紅茶の茶葉を入れた紙袋を戸棚から取り出し、
「貴殿の魔羅をいただきに参りました」
　盛大に部屋にばらまいた。
　音にすると、ぱーん！　だろう。
　フレーメン現象を起こした猫のような顔をしたフェルディナントは、品なく口まで開けてしまう。対するは、ハシビロコウもびっくりな怖い顔のヒューベルト。
　無言であった。
　ぱさり、とフェルディナントの手から紙切れとなり果てた茶葉の紙袋が床に落ちる。
　首を振って、深呼吸をひとつ。
「すまない、疲れていて。粗相をしてしまったな。片付けるから君はソファーにでも座っていてくれ」
「魔羅をください」
「この茶葉はかなり高級なもので、ダグザの商人と賭け事をして手に入れたものなのだ」
　あの時は大変だったと笑うフェルディナントの眼前に、音もなく近寄ると、宮内卿が眼を見開く。
　血走った眼でも愛せるが、できれば澄んだ瞳に煌めく金緑石が見たい。
　力強く肩を握られた。
「魔羅をよこせ」
　やはり聞き間違いではなかったか、と遠い目をするフェルディナント。
　先程からヒューベルトの様子がおかしい。
「ひとつ訊きたいのだが、まらとは」
「貴殿の股の間に生えている第三の脚のことです」
「コレは脚ではない」
「その凶器で何人を血祭りにあげたことか」
「血祭りになどしていない！！　事実無根だ。いやそれはまあ、置いておいてだ。なぜ欲しがるのだ」
　立派に自分のものがあるだろうと言うとヒューベルトは拳を握った。
　顔が青白い。
「昨今、我ら双方は多忙を極め、おいそれと逢瀬もかなわぬ身。なれど、年齢的には枯れておらず、一人で慰める夜があります」
　そんな日は呼んでほしいのだが、言葉が続くようなのでフェルディナントは黙ったまま聞いていた。
「市場に出回る張型では貴殿を再現することはできません。闇市などもくまなく探しましたが存在せず……。由々しき事態です。これでは私が満足できるものが無い。そこで気付きました。存在しないのであれば、作ればよいのだと。作るためには、見本がいると。なので」
　魔羅をよこせ、とのことらしい。
　いろいろと言いたいことはあるが、まずひとつ。
「ヒューベルト、魔羅は着脱できない。取ったら無くなってしまう」
「では少しの間、臨戦態勢で待機してもらえますか。形をとりますので」
　さあいま！　とスライムを出し、意気込むヒューベルト。
　フェルディナントは恋人の両手をできるだけ優しく握った。スライムはいらないので捨てさせる。
　痩躯を抱き込み横抱きにすると、まずは開いたままの扉を閉める。次に寝台へと移動して、愛しい人を弾力のある布団の上に寝かせた。
　と、すかさずズボンを脱がそうとしてくるので抱き込んで拘束した。
「ふぇるでぃなんとどの、かたどりを」
「ああ、いいとも。一度寝た後でな」
「いまが、いいです」
「一緒に眠ろう、ヒューベルト。疲れているのだよ」
　不満顔だが、近づいて匂いを嗅ぐと落ち着いたのか、力が抜ける。
　背中を撫でていると、うとうとと瞼が瞬き、緩やかに閉じた。
　すう、と寝息が聞こえてくる。
　起きたらどうなることやらと微笑み、フェルディナントは恋人に擦り寄り目を閉じた。