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    ドリ→パレスの逆行もの。現地ゼンと手を組み、歴史を変えんとする冠の魔の手から狂った建築家を取り返そうとする話with旅笠……になるはずだったもの。
    ※カヴェ←アル、ドリ→パレス前提サチェカヴェ未遂
    冠「やはり彼に遺産を受け取ってほしい!!」
    カヴェ「砂漠で建築? わかった、いっぱいするね♡(虚無目)」
    ドリ「私のパレス返して」
    ゼン「先輩を返せ😠」
    旅笠「うーーーん(ドン引き)静観するか……」

    砂の魔物 ドリーは激怒した。必ずあの厚顔無恥で傍若無人、制御不能のリシュボラン虎のような――否、ドリーに与える損害の規模が小さいだけ、野生のリシュボラン虎の方がマシである――最悪一歩手前の債務者から、この損害分をキッチリ取り立ててやると決意した。
     ドリーは一流の商人である。商売に関する人一倍鋭敏な感覚を持ち、ほんの少しの損ですら気に病んでしまうくらい“繊細”な性格をしていた。自分が被るリスクに敏感な性格を最大限に活用し、他人よりずっと早く、市場の天秤を自らの手で大胆に傾けてきた。大きな利益を得るためには、市場の流れに追従するのではなく、自分自身がその流れを作り出さなければならない。その中には、まだ誰も知らない技術を産み出す、才能の原石を誰よりも早く捕まえなければならないのだ。つまり、投資である。
     ドリーはこれまで、そういった投資先を大きく外したことがない。自らの商才を疑う瞬間が全くなかったとまでは言わないが、ドリーが目を付けたもので、大成しなかったものはない、と言われている。
     そしてかの“天才建築家”カーヴェは、ドリーが育てた――というより、ドリーの財以上を食い潰し勝手にすくすく育った――黄金の鶏のうちの一人である。
     彼が設計したアルカサルザライパレスは、ただそこにあるだけでその持ち主であるドリーの審美眼と総資産額の高さを証明してくれる素敵な物件だ。ドリーは芸術に然程興味を持っているわけではないが、秀才と天才が集う教令院からすらはみ出してしまうような一人の怪物(てんさい)がその心血と運命を注いで造り上げたあの“美の極致に限りなく近い作品”を所有するということは、美に傾倒する類の人間にとって、ドリーが信頼できる“パトロン”であることの証となるらしい。アルカサルザライパレスの“美的価値”を理解する人間は、アルカサルザライパレスを通して、ドリーを、本物の芸術をそれが世に出る前に見出だした傑物、と見做すのだ。彼らはドリーを信頼し、特別価格で、商売の種となる作品を挙って持ってこようとする。自分も彼女に見出だされたい、否、自分なら見出だされるだろうと、プライドの高い芸術家たちは考える。そうしてドリーの元に多くの美の結晶が自然と集まるようになれば、ドリーが売る作品たちも、尊敬と信頼と多少の上乗せ価格を伴って市場に受け入れられるようになる。あのどうしようもなく気の狂った唯美主義の理想家は死んでも認めないだろうが、真に優れた芸術は、持ち主の手元に存在している――もしくは、そう信じられている――だけで、その持ち主に莫大な利益を与えるのだ。
     その上、カーヴェがドリーの手元から離れたところで多くの建築を手掛け、その名を轟かせれば轟かせる程、彼が単独で手掛けた最初の代表作とされるアルカサルザライパレスの価値も高まる。あんなに素晴らしい彼の才能を誰よりも早く見出だし、彼がまだ無名だった頃から援助しているのは、かのサングマハベイ様であるらしい! ……となれば、カーヴェの評価が上がれば上がるほど、ドリーの評価も相対的に上がるのだ。そうなれば、その価値が絶頂に達したタイミングで――例えば、彼が人々に惜しまれながら華々しくこの世から“引退”するその瞬間とか――大商人サングマハベイがこの美しき邸宅をオークションにでもかければ、それはもう大変な話題になるだろう。芸術品というものは、多くの場合新品が好まれる実用品と異なり、誰かが所有していたという来歴自体もその価値となるので。
     あの男は自身の資産の全て、それどころか自身の未来すら彼の信じる理想のために擲てる、それはもう敬虔な博打打ちであるので、彼が建築から離れることはこの先もないだろう。そもそも真理や理想というものに対する信仰は、それが真実でなければ途端に破綻するくせに、自己満足感以外のものを殆ど与えてくれない最悪の博打である。しかし商人は馬鹿な博打打ちが大好きなのだ。故に、ドリーはカーヴェのその狂気にも似た“愚かさ”をかなり評価していた。
     だって、ドリーにとってアルカサルザライパレスは、自分が何をしなくとも、カーヴェが元気に生きている限り日に日に勝手に価値の上がる最高の不動産であるのだ。ついでにたんまりと合法的な利子の付いた借金の返済日も毎月来る。彼の実力と性格であれば普通に返ってくることはわかっていたけれど――そうでなければ貸すわけがない――利益を積極的に求めず貯金もできずで、今までどうやって生きてきたのか不思議になる位破綻した金銭感覚ではあったが、それでも、普通の人間が一年かけても稼げないような額の借金をきちんとほぼ毎月返しに来るのだから、このスメールという国における本物の天才の集金力というものは本当に恐ろしいものである。まあ、彼は他人に損害を与えることを好まず責任感も無駄に強いから、本当に困ったら望まないだろう仕事でもきちんと請けてくると思っていたし、そんな彼の復帰を手伝うための格安物件(勿論家賃はしっかりと取る)も一応は用意していたのだけれど。債務者にはあまりにも向いていない彼の甘ったれた性格をどうしてやろうかと思っていたところ、いつの間にかどこかの誰か――彼曰く教令院時代の後輩――に拾われていたらしく、賃貸契約の打診は断られてしまった。しかしドリーはそうして自らの獲物を取られたことを恨むどころか、彼を自らの家に住まわせ、彼の強みを潰さず自由に、かつ安定した生活を許した、見知らぬ物好きな彼の後輩に感謝したいくらいだった。カーヴェは協同を好むくせに、学者の例に漏れず専門的な部分に関しては他人に説得されることを嫌う気難しい人物である。工期中にあったただ数度の打ち合わせでも、彼の公私を支える難易度の高さをドリーは思い知っていたので。彼に手を出すのは、公だけで充分だと思っていた。というか、公だけでも大分手に余っている。カーヴェという生き物は息をしているだけで周囲にあらゆるリスクとリターンを与えるくせに、本人は案外どんなトラブルからもけろっと帰ってくるような、そんなとんでもない人物である。あれは、まともではない商人を皆破滅させ、少しでも理性のあるまともな商人であれば絶対に手を出さない精霊の類だ。ドリーはまとも以上に優秀な商人であるので手を出しても大きな損をせずに済んでいるが、それでも、そのドリーでさえ、カーヴェのために何度か苦汁を嘗めさせられている。彼の熱心な弁に渋々建築予定場所を変えた結果の惨状を目にした時は愕然としたし、被害規模と金額の大きさに頭が痛かったことを覚えている。ただ、そこで彼と関係を切らなかったことで、結果として彼の債権者として様々なものを設計させられる便利な立場になれたし、アルカサルザライパレスに対する芸術的な高評価には彼の言う通りあの立地であった部分も大きいらしいから、総合的には得であるかもしれないと思ってしまうのが嫌なところだ。それに、ドリーが狙っていた才識の冠を割ったと聞いた時は本気で呆れた。聞けば、学生時代にも研究中の遺跡で崩落事故に巻き込まれていると言うし、そういう星の下に生まれているに違いない。まあ、それ以上に彼と協力的な立場にあるメリットが大きいため目溢ししてはいるが。そうでなかったら絶対にブラックリストに入れている。
     つまりまあ、何が言いたいかというと。ドリーはカーヴェが設計した自身の邸宅である、あの豪華絢爛な建物をかなり気に入っていたのである。
     ドリーの経済力をそのまま形にしたようなアルカサルザライパレスと、キラキラと金貨の音が鳴るモラのオルゴールは、ドリーの黄金の眠りを支える大切な両輪だった。
     そんな幸福の象徴のようなドリーの家が、ある日の朝、“なかったこと”になっていたのだから。激怒もするものである。
    「カーヴェ!!!!!!!」
     多分あの男のせいではないことはわかっていたけれど。同時にあの男に関連する事案であることも理解していたので。ドリーは数ヵ月ぶりに彼の名前を本気で叫び、地団駄を踏んだ。この優秀な商人に地団駄を踏ませられる人間は、スメール中を探し回ったとしても、片手で数えられる程しかいないだろう。


     * * *


    「カ、カーヴェが、私以外のために、“初めて”を捧げる……? 最悪すぎて眩暈がしてきましたわ」
    「話を聞く限り、君の言う“アルカサルザライパレス”がカーヴェの処女作というわけではないと思うが」
    「ああああああ!!! 私の“有名天才建築家が最初に単独で手掛けた完全個人向け邸宅(アルカサルザライパレス)”が!!!」
    「ドリー」
    「あんの男……赦すまじですわ!!!」
     吠えるドリーを呆れた目で見るのは、ドリーが記憶する“教令院の書記官”よりずっと幼く、しかし聡明な顔をした少年――過去のアルハイゼンだ。彼は様々な資料が積み重ねられた机の前で厚手の本を片手に、突然現れた不審人物の話をどこか物憂げな表情で聞いている。机に散らばる資料はその多くがスメールの砂漠地域の風土や歴史に関するものだ。表題を見る限り、彼の手の内にある本もそう。
     情報は商売人の命である。建物の気配一つないまっさらな崖上の草原で目覚めたドリーは、自らの置かれた状況を説明するための情報をかき集めた。その結果、どうやら過去にやって来たらしい、ということに気付いて。何はともあれ、かの協力者に再度自らの愛するアルカサルザライパレスを設計させようと、教令院に突撃した。
     多少若かろうが関係ない。あれは本物の天才だ。自由に発想するための環境を与えれば、どんな状況であろうと、勝手に最適解に辿り着く。ドリーはアルカサルザライパレスが、自分にとっての“最適解”であることをよく理解していた。
     そして、カーヴェを探し教令院を訪ねたドリーがそこで出会ったのが、教令院の気狂いと呼ばれる未来の書記官、そしてカーヴェの後輩である、アルハイゼン少年である。
    「別に、カーヴェの作品が一つ増えたところで、君の邸宅の価値が下がることはないだろう。初期の作品より、その後の作品の方が優れている、という事例はどの世界にも存在する」
    「これだから坊っちゃん学者は! 商売のことが何にもわかっていないのならお黙りなさい」
    「市場原理なら、」
    「経済学を勉強した学者が全員一流の商人になれるなら、誰も予算不足に頭を悩ませる必要はありません。価値が下がらない?? めっっっちゃくちゃ下がりますわよ!!!」
     彼の言う事例は確かにあり得るだろう。だが、その原理が十全に適用されるのは、二作目以降の話だ。
     処女作は、それが処女作であるというだけで価値がある。たとえ芸術的に拙く、当時はロクな評価が受けられなかったとしても……否、“誰からも見向きもされていなかったものであればある程”、その芸術家が大成した後、それは彼の作品に最初に目を付け後援者となった人物の先見性を証明してくれる。芸術品というものは、時にそれが美的に優れているかどうかとは一切関係のないところで、人々の“見栄”のために消費されることもあるのだ。
     恐らくアルハイゼンはそういったある種の“愚かさ”を勘定に入れていない。教令院の学者たちは時折、そういった極めて単純で身近なものを見逃すから。故に、頭の固い彼らが提示する、より“理想的な”形の社会というものは机上の空論でしかないのだ。
    「経済活動から切り離され、ただそこに在るだけの“芸術”なんて、駄獣の餌にも劣るほどの価値しかありませんわ!」
     ドリーは吠えた。
     市場における価格の高さは、真なる芸術の条件の一つでもあるのだ。と、ドリーは考えている。何せ、ドリーはこの世で最もモラの力を敬愛していたので。モラはあらゆる価値の基礎たり得ると、そう心から信じていた。
    「その主張に関しては全面的に同意する」
    「ま、カーヴェの耳に入れば、怒り狂ってこの部屋に突撃してくるかもしれませんが」
     カーヴェは真なる“芸術”を経済活動から切り離されたところに存在するものだと考えている点で、芸術が持つ実利的側面を重視するドリーたちとは全く異なる。
     ドリーの言葉に深く頷いたアルハイゼンは、そのまま思索の海に沈むように俯くと、はあ、と気だるげな息を吐いた。
    「……そうだったら、どれ程良かったことか」
     カーヴェを探すドリーが彼に出会うより早くアルハイゼンと対面することになったのは、今まさに議題になろうとしているアルハイゼンの憂いの種であり、ドリーの怒りの原因でもある、災難のためだった。
    「心配なんでしょ? 分かりますわ。私も心配です」
     アルカサルザライパレスとそれがもたらしただろう莫大な利益をきちんと取り戻すことが出来るのか心配で、ドリーは夜も眠れない。
    「心配? ……そうか、俺は……」
     アルハイゼンはドリーの言葉に、今まで気付いていなかった自分自身の心の形にはじめて気が付いたかのように、ぼんやりと……それから、自分を説得するための力強い言葉を放った。
    「俺は、ずっと何かに取り憑かれたようなカーヴェのことを心配している」
     これまで大人のカーヴェに散々辛酸を嘗めさせられているドリーからすれば全く信じられないことだが、この少年、なんとあの案外図太くて我の強い不死鳥のような男を、まるで誰かが給餌してやらなければ死んでしまう生まれたての小鳥のように脆くひ弱で不安定な存在だとほんのちょっぴり思ってしまっているらしいのだ。それとも、ドリーが知らなかっただけで、学生時代のカーヴェはもっと“お行儀のいい”タイプだったのだろうか。……アレが? 冗談ではない。恋は盲目とはよく言うものたが、それにしたって盲目過ぎる。
     しかしこの世界では、ドリーの知る過去で起こらなかった事件がもう既に起こってしまっているらしいので。放っておいたらすぐ死にそうという評価もそこまで間違ってはいないのかもしれない。
     始まりは、教令院の学院トーナメントで用いられる才識の冠が、シーズン外にも関わらず、何者かの手で保管場所から持ち出されたことだ。
     冠が行方不明になったことは過去にもあるが、その時と大きく異なったのが、箝口令を不自然にすり抜けたその噂が教令院内に広まるや否や、一部のボランティア精神溢れる学生たちは、学院トーナメントで行われる競技の一部同様、その冠を挙って追い求め始めた点だ。自身の才覚を証明したいと日頃から考える学生たちは、その機会を、まるで突発的なボーナスステージのように考えたわけだ。学院トーナメントに参加するには学派でただ一人選出される代表選手にならなければならないが、この“争奪戦”は誰もが参加できたから。
     カーヴェはそういった俗的な勝負事に興味を抱くようなタイプではなかった。彼の興味は建築に関することかそれに利用できそうな技術、もしくは芸術や美に関する物事に片寄っている。しかし、学生たちの苦戦する様子や困り果てた実行委員たちを見ていられなかったのだろう。ある日、教令院を出た彼は、当たり前のような顔で行方不明になっていた才識の冠を探し当て、持ち帰ってきた。彼が正式に参加した未来の学院祭でも才識の冠を勝ち取っていたくらいだから、目立つ学生のいない野良トーナメントで彼がぶっちぎりに勝利を掴んだとしても全く不思議ではない。だから、そこまではいい。否、全く良くはないが、まだ考え得る範囲だ。
     しかしその後、カーヴェの様子が豹変した。“彼の父親がそうであったように”酷く落ち込んだ様子で、頻りに砂漠へと行きたがるようになった。
     アルハイゼンは初め、いつもの気紛れかと思い、静観していた。ドリーは既に冠に宿る“才識”の正体を知っているが、この時点のアルハイゼンはそのことを知らなかったはずだから、妥当な判断と言えるだろう。しかしその異変が一ヶ月、二ヶ月と続けば、いい加減天才の熱病という仮説では説明がつかなくなってくる。あんなに熱中していた共同研究メンバーの世話もろくにせず、何度事故に遭っても遺跡の探索を続けようとするカーヴェが見せる狂気を恐れた他のチームメンバーは次々と研究室を去り……そうして研究室でカーヴェを出迎えられるのはアルハイゼンだけになった。
     その上、最も直近の噂によれば、ギラギラと光るサングイトの瞳と日の光を集めたような金髪をもった若く美しい男子学生が、大量のモラに物を言わせて人と資材、食料等を集め、砂漠の奥でせっせと種々の工事に励んでいるらしい。砂漠での研究活動は教令院の管轄範囲外で行われることもあって、追跡が難しく、故に動向も曖昧になりがちだ。故に主な情報源は眉唾物の噂だった。その謎の学生に関しては、彼の持つ多額のモラがどこからやってきたのか誰も知らなかったため、“埋蔵金を見つけた”だとか、“どこかの富豪がバックについている”だとか、それはもう様々な噂が立っている。人はよりドラマチックで謎の多い噂に飛び付きがちなので。実際、市場ではそのような不自然な金と人とモノの動きがあり、大量のキャラバンが砂漠へ向かった記録もあるから、少なくとも金と時間のある物好きな誰かが砂漠で工事をしているということは事実だろう。
     曰く、日夜狂ったように働くその学生はしかし職人たちを酷使するわけではなく、安全に配慮された現場環境はかなりの好案件である。現場に魔物が現れても、戦闘力のあるその学生が率先して飛び出していくので、職人たちは詰所となっているテントに避難して、討伐を待つだけで良かった。工事は規模が大きく、長期的な生活の保証もある。となれば、誰一人帰ってこなくともおかしくはない、と考えられるかもしれない。
     しかし、それならば何故、このような、まるで現場を見てきたかのような話がスメールで流れているのか。
     簡単な話だ。研究メンバーたちがカーヴェの纏う雰囲気を恐れこの研究室を去っていったように……“狂ったように”ではなく、まさに“狂っている”その学生の姿に耐えられなかった人間たちが皆現場から逃げ出してきたからだ。
     誰の手も借りず、神の目すら持たない凡人の身で、身の丈を越えるような魔物を討伐しては、傷まみれになった身体で「皆無事で良かった」「待たせてごめん」「さあ、工事を再開しようか」などと言う。普通なら死んでもおかしくない愚行だというのに、彼は少しずつ怪我が増えていくことと、壊された部分や作業の停止による工程の遅れに関する愚痴を溢しながら、毎度毎度平然と帰ってくるのだ。
     彼を目にする凡夫の無力さを暴き立て、そこに存在していることすら罪であると責め立ててくるような、純粋なまま歪んだ巨星の所業。誰も恒星に触れることはできないし、一度近付きすぎれば、蝋でできた偽物の翼は即座に溶け落ちる。
     ドリーは確信した。どう考えても噂の人物こそが今のカーヴェである。こんな化物がこの時代のスメールに二人以上いて堪るか。アルハイゼンも同じことを考えたのだろう、淡々と説明しながら、これでもかという程に顔を歪めている。
     カーヴェは狂っている。元々理想に狂ってはいたが、それとは違う、もっと不健全な狂い方をしている。ドリーが地を這い泥を浴びてもなお輝くカーヴェをはじめて見つけたとき、彼はもっと社会的で人間らしい姿をしていたはずだから。もしかするとその姿は、この猛禽のような瞳をした後輩の働きかけによるものかもしれない。
     しかし、未だ大きな挫折も成功も経験していなかった学生のカーヴェは、才識の冠に宿る悪霊――サーチェンの提唱する虚無主義に耐えられる程成熟していなかった。
     それ故の暴走だ。……多分これ、サーチェンもカーヴェの自我を制御できていないんじゃないだろうか。
     ドリーはこれまで彼としてきた数多の打ち合わせの結末を思い出し、頭を抱えた。そうして、あの砂嵐のような男の上手い転がし方というか、彼の理想郷には手を出さず、変に彼のプライドを刺激せず、しかし程よく手綱を握れる方法を会得するまでの自らの苦労を思い出した。
     この有能で無敵なサングマハベイ様に、あそこまでの手間をかけさせてくれたのだ。その成果をいきなり横からかっさらわれて、いい気持ちになるはずもない。
    「安心なさい。あれは私の大切な黄金の大樹です。誰にも手出しはさせませんわ」
     ドリーの言葉を確認したアルハイゼンは、手元の本を机に置くと、その傍らにあった草色の神の目を手に取り、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
    「なら、君が“今日”俺を訪ねて来たのは正解だ」
    「そのようですわね」
     情報はおあつらえ向きに、全て適切に集められている。必要な説明仮説は既に充分精査されており、後は実験によりその真偽を確かめるだけの段階だ。ドリーが居らずとも、彼はまもなく動き始めていただろう。
    「……寄与分を必要としないと言うのなら、無理に手を出さずとも構わないが」
     気遣いの薄皮を被った彼の言葉に、ドリーは思わず笑ってしまった。あまりにも聡く、そして青く刺々しい。
     ――今のスメールには先見の明のない、愚鈍な人間ばかり。だがカーヴェの“使い方”を理解している彼女であれば、彼の手綱を握らせてもいいだろう。
     ドリーが先程から――彼の興味を誘うため意図的に、追加料金を引き出せるよう断片的に――溢してきた未来の話を聞いたアルハイゼンの顔には、概ねそのようなことが書いてあるのが、あえて見せつけているのかというくらいに、それはもう丸見えなのだ。
     この少年は一体カーヴェの“何”なのか。そう考えるドリーの目の前で、朱を内包した翠の瞳がゆっくりと弧を描く。
     ドリーは久し振りに理解できないものに対する恐怖を感じた。この世には、迂闊に触れるべきではない領域というものが存在している。ドリーは、常に畏れを知らず大胆であるように振る舞っているが、商人として、そういった、自分の資産を一瞬で奪い去っていくような落とし穴には一際敏感である。そして、目の前の少年の笑みはまさにその類のものであった。
     ドリーは内心で、アルハイゼン及びカーヴェの私生活と関わらないことを決めた、未だ来たらぬ過去の自分を心の底から称賛した。やはり、食わず嫌いというレベルではなかった。根っからの学者である彼らと商人であるドリーとでは、生態からして根本的に合わない。そもそも、あのカーヴェに公私共々付き合っていられる人間がまともなわけがないのだ。もしかすると、話に聞く学生時代のカーヴェが自らの知る建築デザイナーカーヴェよりずっと他人に対して“穏健”であるように、ドリーの知る教令院の書記官アルハイゼンと比べ粗削りに見える彼もまた、ドリーが記憶する彼よりずっと“過激”なだけなのかもしれない。しかし仮にそうなのだとしても、絶対に深く関わりたくない。ドリーは馬に蹴られて死ぬことを望むような物好きではないのだ。ドリーは未来に戻ったら、彼に関する以後全ての取引をあの旅人たちに丸投げすることを決めた。ドリーは旅人たちを、その人脈の広さや他人の懐に自然と入ることのできる力なども含め、仲介者として極めて優秀な人材だと考えていた。
     しかし同時にドリーは、求める客がいる限りこの世の全てを取り扱う大商人サングマハベイだったので。
    「あなたのような人物にも人並みの“子供時代”というものがあったとは……まーったく思いませんでした」
     それが、ひとり巣に取り残されながら巣を守る、背伸びした子供の哀れな虚勢であることは自明だった。子供。他人よりずっと賢くとも、彼はまだどうしようもなくちっぽけで未成熟な子供だ。柱を失い宙に浮いたままのプロジェクト。研究費にすら事欠く身では、当然ドリーに差し出せるモラも人脈もない。ここまで手間を減らされているのに、ドリーの側のメリットがあまりにも少なすぎる。けれど、それを押し切って、駆け引きを断行できるだけの化物染みた精神力と行動力を持っている。
    「何?」
    「表情ひとつ変えず、心にもないことばかり言いますのね。いや~恐ろしいですわ。まともな商人なら関わらないのが正解でしょう」
     ただ、天下のサングマハベイは明らかに“まとも”に分類されるような商人ではなかった。そうでなければ、大商人と呼ばれることはなく、凡庸な一商人で終わったことだろう。
     ドリーは、同じように気の狂った怪物たちとも簡単に手を組めるし、彼らを過剰に恐れる必要がない。何故なら、カーヴェを含む一部のお得意様たちがそうであるように、ドリーもまた神の目線を射止めた傑物であるのだから。
    「あなたの神の目は草。私の神の目は雷」
     そして、カーヴェがいずれまた手に入れるだろう神の目もまた、草元素。
    「こんなに好条件な取引は早々ありませんわ」
    「いいだろう」
     誰かに与えてもらうのではない。誰よりも強欲で、あえて虎穴に入り、自らの実力で全てを手に入れてみせるのが、真の商人だ。
     ……ある分野の頂点に立てる程の情熱と才を持つ人間を一種の狂人と呼び表そうとするならば。スメールで一番商才に長けたこのドリー=サングマハベイのこともまた、紛れもない狂人、狂信者と表するべきであるのかもしれない。


     * * *


     ……そんな、怒り狂う二人の怪物の間で繰り広げられる取引――もしくは論戦――を影で見守っていた旅人は思った。
     ――かわいそうなサーチェン。多分、塵すら残らないんじゃないかな……。
     勿論、彼が手を出したカーヴェは既に旅人たちの大切な友人の一人であるし、救済の旗印の下彼がやってきた数々の“実験”の内実を思えば、同情の余地なんて微塵もないのだろうけれど。それにしたって、この世で最も賢明な学者の一人と、この世で最も強欲な商人の一人を同時に敵に回すなど、あまりにも恐ろしすぎてその末路を考えることすらしたくない。何せ、この世で最も恐ろしいものは、天災でも魔神でもなく、何かに対する超弩級の執着を抱えた人間であるので。
    「帰りたい……」
     ああ、純粋で可愛らしいパイモンが恋しい。白くてふわふわしている彼女をぎゅうっと力一杯抱きしめて、困り果てる様子を心行くまで堪能したい。
     目の前の現実から目を背けるため遠い目をする旅人に、心底呆れたような、しかしどこか甘くもある声が向けられる。
    「いいんじゃない」
     振り返れば、自身と同じく明らかに面倒そうな表情をする“放浪者”が旅人を見下ろしている。
    「別に、ここで彼らを止めたって、どっちみち破壊される運命なんだし」
    「そういうわけにはいかないって分かってるでしょ。あれはカーヴェにとって大事な出来事だったんだから。カーヴェ自身で道を選んでもらわなきゃ」
    「ならいい加減溜め息吐くのをやめたらどうだい?」
    「止められるなら、俺だって止めたいけどさあ……」
     カーヴェと長い時を過ごし、あの時よりずっと彼を理解している旅人は、カーヴェの誇り高さと、理想に対する思いの強さを信じている。だから、カーヴェがいつまでも邪悪な誘惑に屈したままであるとは全く思っていない。そもそも旅人だって、友人に手を出されて黙っていられる程慈悲深い性格はしていない。
     しかし、カーヴェが叩き壊す日まで、旅人たちはカーヴェ以外からあの冠を守らなければならないのだ。これは世界の仕組みやら、世界樹に記録された種々の知識やらに関わるもので、そう細かいことまでは理解できていないが、兎に角ナヒーダ直々の依頼である。そのため、もしアルハイゼンたちがカーヴェを才識の冠の呪いから解放するために冠を破壊するという手段を選ぼうとした場合、旅人たちはそれを止めなければならない。
     才識の冠が提示する虚無を拒絶するのは、カーヴェ自身の小さな選択でなければならないので。
     ただ、仲間であれば心強い彼らが、敵に回すととてつもなく厄介な人物であることを、旅人はよく知っている。だからこそ。
     ――本っ当に、敵対したくない。
     溜め息を溢し続ける旅人に向ける放浪者の目線がどんどん冷たくなっていく。
    「はあ……何とかしてカーヴェが先に壊したことにならないかな……」

     ……ところで、そうして嘆く旅人から然り気無く目を背けた放浪者は、旅人の憂いは全くの杞憂である、と考えていた。何故なら、かつて彼と手酷く敵対したことのある己の存在すら許容する、テイワットを覆う夜空のように広い心を持つお人好しの旅人たちは恐らく気にしていないのだろうが――なお、このように甘い評価を無自覚に与えている放浪者は既に、クラクサナリデビに勧められ渋々、目の前の旅人へ、何処に使われているのかは知らないが、己の生き方と思想を表象する“名刺”を渡している仲間のうちの一人となっていたし、しばしば旅人の所有する塵歌壺を気紛れに訪ねては、仲間と話す旅人たちをよく眺めていた――放浪者の知るカーヴェという男は、あらゆる心配を全て徒労にしてしまう類の人物である。直接刃を交えたわけではないが、あの学院トーナメントの最終盤、乱戦となったゴール前エリアに一人遅れて飛び込んできた姿を見ただけでもよく分かる。あれは、あの楓原万葉同様、“持っている”男だ。旅人も恐らくそれを理解しているが、性根の優しさとどうしようもない情の深さが邪魔をする。まあ、彼のそういった面を好ましく思っている放浪者――否、“■”自身が言えたことではないのだけれど。


     * * *


     忌々しくも焦がれていた。たとえ焼け落ちてでも手を伸ばしたいと願ってしまう、美しきかたちをした理想。
     けれど、その“願い”が。一つの理想的な家庭という灯火を、呆気なく吹き消してしまったことも、また事実だと思っているから。
     だから、きっと。そう。あれもこれも全部。カーヴェの愚かな願いのせいなのだ。――だから今も、ただそこに在ることを自然に許されている、あの生意気で、でもかわいくて、どうしようもなく××しい後輩が簡単に神の目を手に入れてしまった後でも、彼の先輩であるはずのカーヴェは神の目線を射止めることができていないのかもしれない。どうしたって捨てようとすら思えないカーヴェの願いは、もしかすると。
     そうやってぐるぐると回る悪い思考たちを、書き損じの設計図みたいに小さく丸めて、頭の片隅に転がしていたカーヴェの前で。それは、自分でも忘れかけていた出来損ないの図面を大きく広げ、その欠陥の一つ一つを見せつけてきた。
     そうして、まるで自身がこれまでの生で犯してきたすべての罪を象徴しているかのような、その冠にカーヴェが触れた瞬間。頭の中に響く茨のような声が、理想の影、善意の殻の奥にずっと隠していたカーヴェの柔い心を内側から突き刺して、ぐずぐずにしてしまった。
     それを自らの手で掴めれば、あの日の過ちを正せるのだと……カーヴェの心を蝕む苦しみから解放されるのだと、完全に信じていなかったとまでは言い切れない。
     けれど、初めて触れたそれはカーヴェが考えていた美しさとは正反対の代物で。
     無価値。無理解。最低で、醜悪で、無知で、救いようのない、衆愚。救われたがっていない、救われるべきではない者たちを、己の全てを擲ってでも救おうとすることに、一体何の価値があるのだろう。
     カーヴェにとって、才識の冠にしがみつく悪霊――因論派の学者サーチェンが提示してきた命題は、ひどく致命的なものだった。何かをしなければならない。人を救えない罪人に生きている意味はない。けれど学問は全て無力で、学者の理想は巨大な虚無でしかない。
     サーチェンの主張は、石膏の鎧で覆われたカーヴェの一番の急所を突くものであるかのように見えた。崩れるべきときよりずっと早く崩されたカーヴェは確かに一度粉々になって、どろりどろりと全身に纏わりつく重い汚泥の中に沈んだ。そのまま、一度も浮き上がらぬまま砂に飲まれ、歴史の狭間に消えた哀れな凡人の一人になる。そのはずだった。
     ……蝶の小さな羽ばたきは多くの嵐を生むかもしれないが、時に誰も予想だにしなかったような順風をもたらす。幸福と不幸の嵐に挟まれながらふらふらと不器用に宙を往くカーヴェは、それでも確かに気流を象徴する蝶の愛を知っている。
     自棄っぱち灰まみれになったカーヴェは、風に乗って吹き飛んだ拍子に過程を飛び越え、その呪われた冠が未来の邂逅を先取りしたように、未来の彼が誰よりも早く栄冠を手にしたように、散々右往左往して曲がりくねった巡礼の道の先で自身が辿り着いた真理を、ほんの少しだけ先取りした。
     相手に救われて欲しいから、救おうとしているのではなかった。自分が救われたいから、人を救うのだ。いくら自分の性を否定し、あの美しき景色から目を背けようとしても。カーヴェは無私無欲の聖人にはなれないし、どうしたって欲を捨てられない生き物だ。
     けれど、それでいいのだ。善の定義に拘って何もしないより、一歩ずつでも進むべきだった。偽善でも、それなりの結果が伴うだけ、口先だけで道徳を語り何もせず蹲っているよりずっといい。最善ではないかもしれない。けれど少なくとも、最悪ではないはずなのだ。
     カーヴェは怒っていた。そうだ。カーヴェは、怒っているのだ。
     だって、いくらカーヴェの感情が、論証が、行為が、間違っていたとしても。逃げる必要がない程に明らかなカーヴェの理想郷は何一つ間違っていないのだから! 何も知らない無知蒙昧な奴らに、踏み躙られていいものではない。カーヴェは正しいものを目指している。
     カーヴェはとっくの昔に全てを捨てる覚悟ができていると思い込んでいたが、まだ何一つ捨てられてはいなかった。カーヴェはあの日から一度も、地に足を付けていなかったから。悪夢に絡め取られるばかりで、本当に、ただの一歩すら進んでいなかったのだ。
     サーチェンはカーヴェに課題を与え、カーヴェはそれに歪な形の答えを出した。そうして出来上がった目の前の舞台で、彼はカーヴェの自由にしろと言う。売り飛ばして財にするなり、多くの人を匿うなり、実験室とするなり。あらゆる思索と実験を重ねて、彼が辿り着いてしまった巨大な虚無を論駁する方法を探すために。カーヴェが道半ばで力尽きれば、きっと、カーヴェの次にここに辿り着いた誰かが、また同じような道を歩むことになるだろう。そしてカーヴェが作った“完璧な”箱庭は、永遠にその舞台となり続ける。
    「――本当に、この施設を。僕の好きなようにしていいのか」
     勿論、と返された声が、本当に冠からの声だったのかはわからない。都合のいい幻聴かも。
     カーヴェの目の前にあるのは、衝動のまま殴り書いたかのような張りぼての宮殿だ。正しく利用できない施設に意味はない。醜悪な研究に利用され、人を喰らう建築が真に美的であるとも思えない。
     理想的な形を目指して作ったはずなのに、こんなにもカーヴェが掲げる理想の真なる姿とは程遠いそれは、カーヴェ自身に無限にも似た焦燥感と無力感を突きつけてくる。
     しかし、それでも。カーヴェは、少なくともそれが“無価値であることに気付いた”のだ。真なる知識は、無知の自覚から生まれる。不足に気付くからこそ、人は新たな価値を産み出すことができるのだ。
     瞬きをする度に視界の外から降り注いでくる天上からの熱線は、まるで真理の祝福のように感じられる。
     一度崩れ落ちたばかりの今のカーヴェには、生まれたときから握り締めていた理想以外残っていない。カーヴェは、自分が最も正しいと感じられる道を考えた。
     ……あとほんの少しだけ自分が成してきたことへの自信と周囲を慮るだけの理性が残っていたなら、もっと早い段階で、目の前にぶら下げられた糧を他人に譲るだけの余裕があっただろう。けれど今更正気に戻ったカーヴェの手元に、風船のように肥大し続けていた彼の狂気が散々喰い尽くした財は最早なく、他人に還元することもできない。
     それでも、正しいことをするには、今からでも遅くはない。むしろ、早すぎる位だった。
     深い眠りから目覚めたばかりの、暴力的なまでの才能を持った獣は、とてつもない空腹を抱えていたから。たったこれっぽっちの美で、魂まで飼い慣らせるわけがない。
     鏡越しの自分をはじめて直視したカーヴェは、いつの間にか笑みを浮かべていた。
     だってカーヴェは、己を常に正面から見据えてくる、エメラルド色の宮殿と、そのステンドグラスの向こう側から室内に射し込んでくる朝焼けのような瞳をした後輩のことを、ようやっと思い出したのだ。
     ――アルハイゼン。僕の後輩。君が、こんな僕と同じだなんて、酷い勘違いをしていた。
     多分、カーヴェは。ずっと人のために頑張ってきたと思い込んでいた自分より先に神様に認められてしまったように見えたアルハイゼンのことが、ずっと妬ましくて。そう思っている自分を認められなくて。彼の心をキチンと理解しようとせず、彼との相違点から目を背け続け、彼こそが自分にとって最も都合のいい相手だと無理矢理思い込もうとしていたのかもしれない。
     アルハイゼンは過ぎる程に聡明だ。自らの本性から目を背けていたカーヴェに対して、それはもうたくさん、不満を抱えていることだろう。何かの切欠があればいずれ形になったそれは二人の仲を引き裂く刃となっていただろう。冠の魔力にまんまと惑わされたカーヴェはその切欠を失っていたけれど。
     それでも、カーヴェはアルハイゼンが言っただろうことを理解していた。だってそれは、カーヴェ自身も薄々理解していたことだったから。カーヴェはアルハイゼンの瞳の輝きを通して、自らの理想をより深く理解することができる。
     それに、誰よりも純粋で敬虔過ぎるあまりにひどく無礼なあの後輩には、是非とも、カーヴェの先輩らしく格好いい姿を見せてやりたかった。そうしてあの目の覚めるような声で、先輩、と呼んで欲しかったから。
     カーヴェは早足でスメールシティに戻ると、空っぽになった財布に自身の未来を継ぎ足し、再び工事現場へと戻った。それから、自らが砂漠に建ててしまった数々の“瑕疵物件”を、何にも誰にも利用されぬよう、全て責任を持って隅々まで爆破した。まあ、勢い余ったついでにうっかり冠も、端っこの辺りをほんのちょっとばかり欠けさせてしまったけれど、これくらいなら後で直せば問題はないだろう。これ以上刺激を与えなければ粉々になったりしないはず。ね。頼むから誰か、問題ないと言ってくれ。
     綺麗さっぱり、更地となった元建設現場を眺めながら、カーヴェは少し煤けた手の中の冠を見ていた。ずっと頭の中で響いていた呪いはもう聞こえない。
     そのとき、君の選択をずっと見守っていた、と言わんばかりに。カーヴェをよく見ている少年を思わせるような草色の光が、やっと彼を見つけたのだ。
    「カーヴェ!」
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    Psich_y

    PROGRESS2024/2/11カヴェアルwebオンリー「Perfect Asymmetry 2」展示。

    遺跡探索中メラと入れ替わりでやってきた学生時代カヴェを持ち帰り甘やかすゼンと、情緒(と性癖)を滅茶苦茶にされている二人のカヴェの心が猛スピードですれ違ったりぶつかったりする話です。
    (未完:進捗展示)

    ※過去カヴェ+現カヴェ×現アル
    ※“メラ←→過去カヴェ”のため、カヴェの隣にメラが不在(重要)
    Won't be spoiler K-1

     カーヴェがこれまで経験してきた人生には、“最悪”と名付けられる出来事が既にいくつもある。そういった事実を鑑みたとしても。今のカーヴェの目の前に広がる光景は、間違いなく新たな最悪として数え上げられそうなものだった。
    「メラックをなくした?!!?」
    「手元にない、というだけだ。約束は三日だった」
    「本当に帰ってくるんだな?」
     妙に秘密主義なところのあるこのかわいくない後輩――アルハイゼンの、錆びついた沈黙に潤滑油をしこたま流し込み、どうしても調査したい遺跡があるらしいということを聞き出したまでは、多分、良かった。だから、問題はその後にある。……いや、“前”というべきか。まあ、前か後かはこの最重要じゃない。重要なのは、問題はそこにはないということだけだから。
    20174

    Psich_y

    MOURNING祈願でやってきた少し不思議なhorosy(ネームド)が新人妹旅人たちを草国までキャリーする話……になるはずだったものです。

    ※空放前提蛍放
    ※以前書いていたものなので、院祭以降の内容を含んでいません
    ※尻切れトンボの断片

    去年の実装時に細々書いていたものをせっかくなので供養。
    折角だから君と見ることにした その夜、私はパイモンの提案に従い、新しい仲間と縁を繋げられるよう夢の中で祈願していた。
     旅の途中で手に入れた虹色の種――紡がれた運命と呼ぶらしい、夢と希望の詰まった不思議な形の結晶――を手に、祈るような心地で両手の指先を合わせる。前に使ったのは水色の種だったけれど、此方の種はそれよりずっと珍しく、力のあるもののようだったから。
     ――今の私にとって、旅の進行はあまり芳しいものとは言えなかった。失われた力はなかなか戻ってこないし、敵はいつの間にかやたらと強くなってしまっているし、兄の情報も殆どなくて、どこへ行けばいいのかもあまり分からないし。今まで頭脳労働の面で散々兄の世話になってきていたために、私は旅のアレコレが得意という訳ではなかった。私が得意なのは、兄に頼まれたお使いのような頼まれ事を解決することだとか、ただひたすら敵と戦うことだとか、そういう部分で。仕掛けの解き方とか、工夫が必要な分野はこれまですべて、兄がどうにかしてくれていたのだ。
    3444

    Psich_y

    DOODLE自分の前世が要塞管理者だったと思い込んでいるやけに行動力のある少年と、前世の家族を今世でも探している手先の器用な少年と、前世で五百年以上水神役をしていた少女が、最悪な地獄を脱出し、子供たちだけの劇団を作る話です。
    ※無倫理系少年兵器開発施設への転生パロ
    ※フリリネリオ不健康共依存(CP未満)
    ※フリに対し過保護な水龍、に食らいつくセスリと弟妹以外わりとどうでも良いリn
    ※脱出まで。
    ※~4.2
    La nymphe et les bêtes Side: FSide: F

    「さあ! 僕についてきて。君たちがまだ見ぬ世界を見せてあげよう!」
     フリーナ、と。かつて歩んだ永い永い孤独な神生と、その後の自由な人生を通し、唯一変わらず己と共にあった響きにより己を再定義した少女は、指先まで魂を込めた右手をネズミ色の天井へ真っ直ぐピンと伸ばし、高らかに宣言した。
    「君たちはただ、僕という神を信じればいい」
     すべての意識を周囲へと傾ければ、ほら。息を呑む音まで聞こえる。フリーナは思い通りの反応に、少し大袈裟に、笑みを深めてみせた。
     目の前の小さな観客たちは、フリーナの燃えるような瞳の中にある青の雫しか知らない。いくら多くの言葉をかき集めて自然を賛美してみせたところで、生まれた頃から薄汚れた白灰色の壁に囲まれながら育ち、冷たく固い床の上で寝ることしか知らない、哀れな子供たちには想像すらできないことだろう。
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    Psich_y

    PROGRESS刑期延長病み囚人セスリが支配するBADifメロ要(洪水前)と正規パレメルのトイレの扉が繋がってしまったので、少し様子のおかしい通常セスリの勧めの下囚人セスリを七日間(中週休二日)で攻略する通常ヌヴィの話(予定)……の二日目。よしよし不穏シグリオ回。
    ※囚人リの世界はシグ→←←リオ( )ヌヴィ
    ※通常世界はヌヴィ→リオ
    ※旅人はsr
    ※~4.1
    ※呼び名捏造あり
     Day 2

    「公爵? そっちのリオセスリくんは、公爵なの?」
    「ああ」
     次に訪問したとき。ヌヴィレットを出迎えたのは、主不在の執務室でティーセットを広げ、お茶会を嗜んでいたシグウィンだった。
     彼女にねだられるまま用件を話せば、彼女は人のそれによく似た手で、彼女に合わせられたのだろう小さく可愛らしい柄のカップと小麦色の焼菓子を差し出してきた。
    「ごめんね、これしか用意がなくて」
    「こちらこそ、連絡もなく訪ねて申し訳ない」
    「謝らなくていいのよ。ウチ、ヌヴィレットさんの顔が久し振りに見られてとっても嬉しく思っているの」
     そう言って微笑むシグウィンの表情には、どこか翳りのようなものが見られる。ヌヴィレットとメリュジーヌの間の距離は、ヌヴィレットと普通の人間との間の距離よりもずっと近いから。彼女もまたこのヌヴィレットが彼女たちの“ヌヴィレット”ではないことを、よく理解しているのだろう。
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    Psich_y

    PROGRESS審判に失望しシグしか信用できなくなっている刑期延長病み囚人セスリが支配するBADifメロ要(洪水前)と正規パレメルのトイレの扉が繋がってしまったので、パレメルを洪水の巻き添えから守るため、少し様子のおかしい通常セスリの勧めの下囚人セスリを七日間(中週休二日)で攻略する通常ヌヴィの話(予定)……の一日目。
    ※囚人リの世界はシグ→←←リオ( )ヌヴィ
    ※通常世界はヌヴィ→リオ
    ※旅人はsr
    ※~4.1
    「ヌ、ヌヌヌ、ヌヴィレット様、大変ですっ!!」
     慌てた様子のセドナが執務室の扉を叩いた時。丁度数分前に決済書類の山を一つ崩し終え小休憩を取っていたヌヴィレットは、先日旅人を訪ね彼の所有する塵歌壺で邂逅した際受け取ったモンドの清泉町で取れたらしい“聖水”を口にしながら、これは普通の水と何処が違うのだろうか、と、時に触角と揶揄される一房の髪の先がパッド入りの肩にベッタリつく程大きく首を傾げていた。
     しかし、日頃から礼節を重んじるしっかり者の彼女がこれ程までに慌てて自身の元へやって来る程の報告となれば、再度首を傾げることもあるだろう。丁度傾げていた首の角度をわざわざ戻すこともない、と判断したヌヴィレットは顔を少々傾けたまま、扉の前で律儀に自身の答えを待つメリュジーヌに入室許可を与えた。
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