シルクスの塔を踏破してからずっと、調査隊のキャンプ地は昼夜問わず足音が止まない。少しでもドーガとウネに繋がる手掛かりを探すために何度も塔や迷宮に行って、少しの痕跡でも全部集めてシドやラムブルースさんに届ける。僕はこういうのは向いてないから、中で痕跡を集めるのは他の冒険者に任せきりにして、代わりに色々な国に依頼した調査結果や必要物資を受け取りに毎日エオルゼアを駆け回っている。
「エニさん、今日はリムサ・ロミンサとウルダハへ行ってください。リムサ・ロミンサでは鍛冶師ギルドに依頼していた道具の受け取りを、ウルダハは呪術師ギルドに頼んだ資料が揃ったそうなのでこちらも受け取りをお願いします」
それにしても今日は随分重くなりそうだな...、もさちゃんだけで運べるといいのだけれど。立派な成チョコボって言ったって、他所じゃ見ないぐらい小さな体躯だから心配だ。
...うん、チョコボキャリッジの定期便に運良く乗れる事を信じよう。
「任せてラムブルースさん。じゃあ...」
「あぁそうだ、グ・ラハを連れて行くといい。ここのところ徹夜ばかりしていたものですから、今日一日調査への参加を禁止させているんですよ」
「...それなら、休ませてあげた方がいいんじゃ?」
「彼がじっとしていられる性分でないのは貴方も知っているでしょう。荷物持ちでもなんでもいい、付き合わせてやってください」
彼は集中すると長いのは、短い付き合いの僕でもわかる。だからこそ休める日には寝るなり好きな事をするなり休んで欲しいのだけれど、すぐそこのテントに隠れて聞いてる本人は嬉しそうだからまぁ、いいか。
「ここが海都リムサ・ロミンサ...!!」
「鍛冶師ギルドは上層にあって、酒場から行くよりエーテライトプラザから南に行く方が近いの。でも...」
「でも?」
「ちょっと治安が良くなくて。グ・ラハ、財布とか大事なものは靴の中とかお腹の辺りに隠すといいよ」
「げぇ、スリがいるのか。わかった」
冒険者の風体ってだけで狙われやすいのは困りものだよね。装備が多いから小さな小物は盗んでも気づかれにくいから、って理由らしいけれど、そもそも盗まれるぐらい気配に疎い冒険者ってどうなの?
グ・ラハが財布をブーツの隙間に押し込んだのを見て、エーテライトプラザから南に向かって歩きだす。道中海賊っぽい足音のルガディン族とかお金の音のしない商人とぶつかりそうになったけれど、僕の腰に提げられた双剣を見て離れていった。
この街のアングラ達は双剣を見るだけで警戒するから、手っ取り早い自衛策になっていい。...双剣士的には、警戒されちゃ困るのだけれど。
魚商ハイアラインの前を通って、さぁ鍛冶師ギルドまであと少しって所で聞き慣れた足音。...どうしたんだろう、いつもより歩調が早いし、呼吸が変に乱れてる。
「はぁ...、はぁぁ......。エニニ、やっと見つけた!」
「姉さん、どうしたの?そんなに焦って...」
「聖コイナク財団に、依頼されてた品、盗まれちゃったのよ!」
「マジかよ!?盗まれたって、誰に!?」
「それが、私たちじゃ見つけられなくて...」
夜が明けるより少し前、ナルディク&ヴィメリー社に海賊らしき集団が盗みに入った。高く売れそうなものばかり根こそぎ持っていかれて、特に僕たちが依頼した宝石を使ったエーテル増幅器はご丁寧に宝石だけ外されていたらしい。
「イエロージャケットは?」
「...特徴がわからないなら、今日中に捕まえるのは無理だろうって言われちゃった。マスターは胃痛が悪化して倒れちゃうし、ハ・ナンザ社長は今日グリダニアに出張で帰ってこないのよ」
「トップ不在の隙を突かれたのか...」
「......姉さん、そいつら、わたしが捕まえるよ」
よりにもよってこのリムサ・ロミンサで略奪するなんて。許せない、許しちゃいけない。イエロージャケットに引き渡して法で裁くなんて生温い罰じゃダメ、僕がこの手でわからせてあげなきゃ。
「ならオレはマーケット辺りで商人達から話を聞いて回る。エニは...多分お前だけができる方法があるんだろ?」
「なっ、いいよ!グ・ラハは先にウルダハへ向かって!」
「2人で探せばもっと早く見つかるかもしれねーじゃん?大丈夫、エニの邪魔はしないから!」
「...わかった。じゃあ次のオーシャンフィッシングの鐘が鳴ったら冒険者ギルドで落ち合おう」
グ・ラハに見られる前に全部終わらせちゃえばいいよね。小さな海賊団は総じてリムサ・ロミンサに居たがらないものだけれど、今朝盗みに入ったなら船も下層のどこかにあるはず。
と言っても、隠れて船を着けられる場所なんてあの場所しか無い。国際街広場から南にずっと降りた先、漁師ギルドのすぐ横ならマーケットからも見え辛くて意外と人通りが少ないから、正式な手順で入国できない海賊達は本体の船を沖合に置いて、小さなボードでこうやってリムサ・ロミンサを訪れる。
案の定道に隠すようにボードが横付けされてた。積荷は無し、人も居ない、つまりここで待っていれば必ず奴らは戻ってくるはずだ。真上から飛びかかれる位置に移動して、呼吸を波の音に合わせて気配を消す。
隠れ始めて10分と少しが経った頃、酒瓶のぶつかるガチャガチャした音と一緒に、ヒューラン族が2、ルガディン族が2、合計4人分の足音がボードのある方向へ真っ直ぐ向かってきた。
「しかし宝石ってのは高く売れるもんだなぁ!かち割った小せぇカケラだけでも見ろ!こんなに酒が買えちまう!!」
「この袋にまだあれの数倍は残ってるって思うと、笑いが止まらないね!」
下品な笑い声を上げるこいつらでビンゴだ。すぐに双剣を抜いて、一番後ろを歩くヒューラン族の首を掻き切る。派手に血を吹いて倒れる、その音で他の3人が異変に気づく。
「なっ...!?」
「どこ見てるの?ふっ!」
2人目、背中を蹴り上がって脳天に双剣をブッ刺す。そいつが倒れる前に3人目に飛び乗って、首の両側を同時に切る。
3人目が持っていた木箱が落ちて、辺り一面に濃いアルコールの匂いが充満する。派手なガラスの音は多分漁師ギルド辺りまで聞こえただろうから、ここからは時間勝負。4人目は両脚の腱を切って、崩れ落ちた所を背中に乗って酒の水溜りに足で顔を押し付けてやる。
「ごぼっ、なん、なんだよ!!やめろ、がぼ、殺すな!!殺さないでくれ!!!」
「お前らの本体はどこにある?」
「っ、それ、は」
「そう、言えないんだ」
右腕を地面に縫い留める。随分大きな声で騒ぐなぁ、こいつ。せっかくアルコールで麻酔も消毒もしてあげたのに。
「ヒッ、あ、西ラノシアの沖!!入植地のすぐ裏だ!!」
「盗みは誰の指示?」
「副船長の野郎だ!!俺たちは指示されて、やらされてただけなんだよ!!」
「そっか。情報提供ありがとうお兄さん。じゃあ死のっか?」
「なんでだ!?!?許してくれ!!!死にたくない!!!
顔の隅々まで真っ赤になるぐらいアルコールが回ってるくせに、しぶとくてうざったい。
まだ許してもらえると思ってるんだね。馬鹿な奴。
「お兄さんさぁ、聞いたことある?表舞台に決して現れる事のない裏世界の番人。『掟』を破るものには容赦しない、」
「ぁ、あぁぁぁあああああ!!!!まさか!!!!」
「はは、気づくの遅すぎじゃない?僕最初から双剣使ってたじゃん、ねぇ?掟破り」
「っ掟を破ったのはあいつだ!!!!俺は、俺は!!!!」
「ま、精々地獄で呪ってなよ」
「いや、いややめろいやだあああああああっ........」
うなじから真っ直ぐ地面へ剣を振り下ろす。少しビクビクした後、これは酒に浸かったただの肉塊になった。
ちょっと返り血浴びすぎたかも?合流する前にギルドで着替えられないかな、...でもまたジャックが返り血浴びたまま帰ってくるなって怒りそう。それはやだなぁ、適当に海で水浴びて家で、
「エニ...?」
...そこにいるはずない人の声。
あーあ、見られちゃったなあ。グ・ラハの呼吸が乱れて、時折嗚咽も聞こえる。
「っ...!なぁ、これ、お前がやったのか?」
もう隠す必要も無いよね?だって軽蔑されるだろうし、こんなに人を殺して平気な顔してるんだもの。
「うん、僕が殺したよ」
「どうして...どうして、殺さなきゃいけなかった?」
「どうしてって、こいつらは掟破りだもの。掟破りを始末するのは僕らシーフの役目。リムサ・ロミンサじゃよくある話だよグ・ラハ」
「そんな.........そう、か」
...遠くから足音が3...5...、まずいな、イエロージャケットだ。
僕1人なら隠れてやり過ごせる。でもグ・ラハは?きっと捕まってしまう。それは、嫌だ。
「ごめんグ・ラハ、逃げるよ!」
血塗れの手でグ・ラハの綺麗な手を掴む。ごめんね、汚い手で。足音から逃げるように漁師ギルドの前を通って、エーテライトプラザに繋がる階段を一気に駆け上がる。足音が追ってくる様子は無かったけれど、返り血の始末が結局出来なかったから辿られるのは時間の問題。
「っなんだよ急に!」
「イエロージャケットがすぐ近くまで来てた。濡れ衣で投獄されたくは無いでしょ?」
「それはそうだけどさ...!」
「今だってまだ逃げ切れた訳じゃない。僕はなんとかして着替えてから知り合いに後始末を頼みに行くから、グ・ラハは先にウルダハに向かって?僕も後から向かう」
はいこれ注文票とお代ね、とグ・ラハに麻袋を放り投げて何か言われる前に隠れる。...あのまま話してて、"僕"に踏み込まれるのはなんか嫌だった。なんでかはよくわからないけれど、考えると胸がずきずき痛むんだ。
ジャックのお説教が始まる前にギルドから逃げて、姉さんに報告したり色々してたらすっかりお昼時を過ぎちゃった。やっとウルダハに着いたけどグ・ラハを見送ってから何時間も経っちゃってるし、とっくにモードゥナへ帰ってるかな?って思ってたのに、グ・ラハは律儀にエーテライトプラザ前のベンチで僕を待っていた。
なんか...そわそわしてる?背中に背負ってる弓がベンチに擦れて何度も音を鳴らしてて、探そうとしなくてもこれじゃ場所が丸わかりだ。
「大丈夫だオレ、さり気なく、さり気なく.......」
「お待たせ、どうしたの?」
「うわっ!?い、いいいつからそこに!?」
「今来たとこ。資料は受け取れた?」
「お、おう。思ったより重かったから、先にチョコボキャリッジで運んでもらってる」
「そっか。ありがとうグ・ラハ」
...やっぱり、怖がられてるよね。だって僕が一歩近づくたびに背負ってる弓が一際大きい音を立てるし。
「大丈夫、グ・ラハが僕の敵にならなかったら殺さない。だからそんなにビビらなくていいよ」
「ビ、ビっては、ない!」
「でも怖いのは仕方ないよね、こんな殺人鬼が平気で目の前にいるんだもの。嫌うなり遠ざけるなり好きに...」
「っ嫌いになんかなるもんかよ...!」
...何、言ってるんだろう。嘘なんか吐かなくても本当に殺したりしないのにね。
「無理しなくていいって。だって見たでしょう?」
「...エニがあれだけの人を殺したのは、わかってる。でもオレは...やっぱりあんたを、嫌ったりは出来ない」
「...グ・ラハって、もしかして命知らず?」
「そうじゃなくって!っ〜〜〜〜あぁもう!」
「??」
「帰るぞ!!とにかくオレはあんたを嫌ったり軽蔑したりはしないからな!!!」
...その言葉が本当だったらいいのにね。今はまだ信じるのは怖いけれど、もっと時間が経っても変わらなかったら、信じてみようかな。