僕と暮らすようになってから望海さんには驚かされてばかりだ。
学園にいた頃はこの人以外に頼れるものはないと思っていたのに、日常生活では驚くほど何も出来ない。
僕だってこうやって暮らすのは初めてなのに、夕食の炊飯をお願いしたら見事にふやふやのお粥が炊き上がっていた。今までどうやって暮らしてたの、と尋ねようとして聞くのはやめた。今度いっしょにご飯作りましょうって言ったらちょっとだけ驚いた顔をしてから楽しみだな、と言ってくれた。
そういえば学園にいた頃は繁さんがよく食事に誘っていた。あの時は見せ付けがましくて凄く嫌だったけど、アレはこの人の心配をしてくれていたのだと考えれば納得だ。許しはしないけど、それまで面倒を見ていてくれたのならば仕方ない。
今日も家に帰ったら望海さんは何をするでもなくベランダの外を見て煙草を吸っていた。洗濯物はもう乾いているんだから、取り込んでおいてほしかったし、煙草の匂いも付くからやめてほしいんだけど、それよりも言いたいことがある。
「望海さん、ただいま」
「おかえりなさい」
振り返って望海さんが微笑む。西陽が眩しい。こんなふうに笑いかけてくれるから、何でも出来る気がするのは出逢った頃から変わらない。
「お洗濯もの、乾いてますか?」
「ああ、いい天気だったからね」
「よかった。タオル乾いてるの無いんですよ」
ピンチを外せば、ふかふかのタオルからはやっぱり煙たいにおいと洗剤の花のかおりがする。これが、望海さんの今の匂い。
「ねぇ望海さん、タオル気持ちいいですよ、ギュッてしてください?」