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    海乃くま

    @kumasea777

    好きな物をかいています。

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    海乃くま

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    展示作品ふたつめ。

    フィガ晶♂【あまやかなひ】手を繋いでもいいですか、と勇気を出して声にしてみた。
    多分俺の顔は頭のてっぺんまで真っ赤になっていたし、なんなら短いその誘いの言葉の中でも少し噛んだ。

    魔法舎の中庭で過ごす穏やかな昼下がり。今日は依頼もなくて朝からゆったりとした雰囲気が魔法舎の中でも漂っていた。いいお天気にぽかぽかの陽気、これは散歩日和だと閃いてふらふらと外を歩き回ってたどり着いたのが噴水の傍だった。歩いて少し火照った頬に噴水からひんやりとした空気が漂ってくるのが心地良くて、端に腰かけて思いっきり伸びをした。ここのところ依頼と事務作業の繰り返しでどうにも肩や腕当たりが凝り固まっている気がしていたので丁度良かった。歩いて気分転換にもなったし、腕をぶんぶん振って歩いたのもあってごりごりと鳴っていた背中や肩の関節も緩んでくれたようだった。

    そうしてのんびり午後の日差しを受けている所へやってきたのがフィガロだった。
    「お疲れさま、なんだか昨日よりすっきりした顔してるね」
    なんて笑いながら白衣を翻してやってきたフィガロは、隣に腰を下ろすと指先をぱちんと鳴らして目の前にテーブルとティーカップを出現させた。
    「お茶でもどう? 賢者様」
    「ありがたくいただきます」
    歩いて喉が渇いた所だったので、と素直にカップを受け取るとさらにもう一度指先を鳴らしたフィガロの手に紅茶のポットが現れる。そつのない仕草でカップに紅茶が注がれていくのを眺めていると、ぽんと小さな音がして何もなかったカップの上にシュガーが二粒現れて吸い込まれるように液体の中に沈んでいった。欠片すら残さず消えたシュガーはほんのりと甘くて美味しい。紅茶を淹れるのが得意な魔法使いたちに負けず劣らず、フィガロの淹れてくれる紅茶もとても美味しいのだ。
    「はい、どうぞ。ミルクは必要?」
    「大丈夫です、いただきます」
    火傷しないようにそっと口元に運ぶ。ふんわりと花のような香りが立ち昇り、自分好みの優しい匂いの紅茶をチョイスしてくれた事に嬉しくなった。気付かぬうちにフィガロもカップを手に優雅に紅茶に口を付けている。優しい甘さとすっきりしたのど越し、鼻から抜けていく香りの良さどれをとっても良い品なのだろうとすぐにわかった。こくこく、と二口ほど呑み込んで温度も丁度よく保たれている事に思わず頬を緩めた。
    「とても美味しいですフィガロ、香りもすごく好きな感じで」
    「前に香りが強すぎるのはちょっと、なんて言ってたからね。気に入ってもらえてよかったよ」
    ぽつぽつ会話をしながら噴水に腰かけ、ティータイムを楽しむ。こんな穏やかで優しい時間を過ごせる日がくるなんて、この世界に突如投げ込まれた時には考えもしなかった。それもフィガロと。
    ちらりと視線を向ければ、フィガロはずっとこちらを見ていたらしく「なあに?」と綺麗な笑顔で返される。
    「いえ……その……フィガロとこうしてお茶が出来て嬉しいなって思って」
    「俺も嬉しいよ、賢者様を独り占めできるんだから」
    夜の仕事も何時だって素敵で嬉しいけどね、とウインクを飛ばして微笑む表情にどきりと心臓が揺れる。

    何がどうしてそうなったのか、良く分からないまま俺とフィガロは曖昧に二人の時間を重ねていた。不安だったり寂しかったり、そう言う時にどちらかともなく抱きしめ合ってみたり、軽いキスをしてみたりする。そのことに改めて言及するのも明確な言葉で示すのも何だか酷く子どもっぽく感じて言い出せないまま、ずるずると毎日を繰り返している。フィガロからすれば人間の成人男性なんて言っても赤ちゃんとそう変わらない感覚だろうし、愚図る子供もなだめている程度の認識かもしれない。それでも、と俺はカップの中身を飲み下して空いている手をぎゅっと握りしめた。
    曖昧でも特別な時間を共有している間柄、もしかするといつかその関係にも名前がつく日がくるかもしれない。それに少なくとも俺は、毎日の触れ合いを通して明確に彼に対する慕情が生まれていた。

    身もふたもない事を言えば、好きな相手なので俺はフィガロに触れたい。夜、二人きりの部屋の中でならなんとなく察して手を広げてくれる事もあるが、今こうして二人きり穏やかなお茶回の最中でそういった雰囲気に持ち込もう、なんて今の俺にはハードルが高すぎるのだ。
    テーブルの上にカップを戻せば「お替りはどう?」と問われるので、俺はありがたく二杯目の紅茶を淹れてもらった。今度はシュガーとミルクで。適温のミルクティーに口を付けながら、さてどのように切り出すべきかと言う事を悶々と考えていたら、心ここにあらずな俺の様子などフィガロには筒抜けだったようで、カップから口を離したタイミングで「何か悩み事?」と問いかけられた。

    言うなら今しかない、どう伝えよう。どういえば上手く通じるだろうか。短い数秒の間に脳はフル回転して色々な思考が入り混じり、結局はじき出された言葉はちょっと噛んでしまったし何なら声も震えていたかもしれない。

    「て、手を繋いでも、いいですか」

    あまりにも情けなかった。さすがにそれはない、と気持ちが一気に海溝の底に沈むくらいの失態をどうにか誤魔化そうと口を開けようとして、どう足掻いても上手く言い訳出来ないだろうと頭を抱える。駄目過ぎた。格好悪い。ミルクティーにしておいてよかった、と思った。ストレートティーだったら俯いた俺の情けない顔が水面に映り込んでしまっていただろうから。
    どうにも情けない言葉を聞いてフィガロはどう思っただろうか。無言のままでいるところを見るに呆れられてしまったかもしれない、やらかしてしまったとしか思えず暫くそのまま固まっていたのだが、あまりに続く無言に耐えられなくなり、恐る恐る顔を上げた。
    そこにあったのは俺と負けず劣らず、真っ赤になったフィガロの顔。

    「え、えっと……フィガロ、その」
    「あー待って、本当にごめんね賢者様、数秒でいいから待って」

    慌てたように言葉を連ねて、そっぽを向いてしまったフィガロの耳たぶが赤くてそれに気づいた俺の体温は急上昇した気分だ。この反応は、そう悪い物ではない。それが分かっただけでも勇気がむくむくと湧いてくる。
    ここぞという時に覚悟を決める強さも度胸だって大切だ、とこの世界にきてから俺は学んだ。だからいまここぞ、というタイミングが来た瞬間を見逃すわけにいかないのだ。
    ごくり、と二杯目の紅茶を飲み干した。俺好みの俺の為に淹れてくれた紅茶が勇気をくれる。

    だらりと置かれているフィガロの手を、上からそっと握りしめる。
    びく、と揺れたものの逃げようとも振り払おうともされなかった。だから許されたのだと都合よく解釈する。そういう強引さも大事なのだ、と自分に言い訳して。

    「け、賢者様」
    「嫌だったら、振りほどいてくださいね」

    出来れば振りほどかないで、と願いを込めて柔らかく手に力を込めた。端から見れば俺がフィガロの手を掴んでいるだけの状況だったが、じわじわとフィガロの手が動いて俺たちは掌同士を重ねるようにして、いつの間にか所謂恋人繋ぎへと変わっていた。相変わらず俺もフィガロも、ぎこちなく真っ赤な状態で無言で手を握り合っていた。緊張から汗ばんでしまっても離されないのだからきっとこれは不快ではない。

    そうしていつの間にか俺たちの掌が同じ温度になって、まだ飲みかけだったフィガロのカップの紅茶が冷え切ってしまうまで。俺たちはただ隣り合って手を握りしめていた。それが酷く幸せで、優しい時間でまたこういう風に触れたいと強く思わせる体験になった。他人の温度が絡まって、お互いの間で同じ温度になる。少し温度の低いフィガロの肌が、ほんのりとあたたかくなっていく事になんだか感動してしまったのだ。

    「……そろそろ片付けて入らないと、風邪をひくかもね」
    「そう、ですね」

    片付けを合図にして掌は離れてしまう。だけど名残惜しいと思ったのはどうやら俺だけではなかったみたいで、離れかけた手をフィガロは一度強く握ってから離した。慌てて顔を上げた俺の瞳に穏やかな、少しだけ気の抜けたような優しい顔をしたフィガロが焼き付いて、それは記憶から無くなりそうもなかった。
    「あの、フィガロ」と思わず呼び止めた俺に、フィガロは吐息だけで笑った。

    「また、俺と手を繋いでくれる?」

    賢者様、と甘く囁かれた音が俺だけの特別な物のように感じられて、上手く返事ができないままこくこくと壊れた人形のように首を振って頷いてみせた。もうすっかり何時もの顔になってしまったフィガロは、始めた時と同じように指先一つで片付けて魔法舎の中へと足を向ける。

    その背中がなんだか少し、何時もよりも優しい雰囲気に見えたのは俺の欲目なのかもしれない。
    まだ感覚の残る繋がれていた掌の熱がとんでもなく愛おしくて、俺は長い長いため息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、遠のいていく後ろ姿を追いかけるのだった。


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    Replies from the creator

    海乃くま

    DONE晶くんオンリー「ひかる星々の名前を教えて4」展示作品です。
    冒頭に注意事項がありますので、目を通してから閲覧していただけますよう、よろしくお願いいたします。
    数日公開のち、後日pixivに掲載予定となります。
    フィガ晶♂【美しい事象】+都合よく色んな改変があります。
    +設定は自分に都合よく捻じ曲がっています。
    +不穏な空気になりますが、ハピエンです。
    +好きな物を詰め込んだものです。
    +何でも美味しく頂ける人向けです。




    俺が魔法使いだったなら、綺麗な石になった貴方を一欠片も残さず食べてあげられたのだろうか。



    【美しい事象】



    何度も夢を見る。
    巨大な月を抱く魔法と混沌の世界。壊れかけた世界の夢だ。
    白昼夢や幻覚と言われればそうかもしれない、と俺は笑うのだろう。だってあの世界の事は今はもう微かな夢としか思い出せないものだったから。確かに過ごした記憶はここにある。あるのに俺の手元にそれを証明するものは何一つ残されていない。慣れないペンを握って書き記した賢者の書も、そのために出来てしまった利き手のペンだこも綺麗さっぱり無くなっていた。身に付けていたものは愚か、記憶すらも日に日に少しずつ抜け落ちてしまう。記憶すらもお前のものでは無い、と言われているようで恐ろしくて悲しくて、悔しくて、寂しい。
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