指先に氷菓 人間界、というか、日本の平均的な気候に比べて、魔界は比較的、一年中気候が安定している。が、それでも、月越しの時期には外套が欲しくなる程度には気温が下がるし、終末日の頃には半袖を着たくなる。
つまり、間もなく終末テストの声が聞こえてくるこの季節は、そろそろ長袖の制服が鬱陶しく感じられる気候、というわけだ。
「暑いねぇ」
「そうですね」
汗が吹き出すほどではないし、制服の上着を着ていられないということもない、けれど、冷たいジュースの一本でも欲しくなる、それくらいの気温。暑い、という入間の言葉もそれほど切迫した感想ではなくて、それに答えるアリスの声も、暑さに茹だるような気配ではない。
「冷たいものが食べたいねぇ」
ただ、その会話に繋げるための前振りで。
「購買でアイスでも買っていきましょうか」
アリスの提案に、入間は笑顔で「そうしよう」と答える。
最初から全て予定調和だ。
購買の冷凍ケースには、色とりどりのアイスが詰まっている。コーンの上にスクープが乗っているタイプ、ソフトクリームを模したもの、カップのもの、等々――
その中に、珍しいものを見つけた。長細いチューブ状の容器に入った氷菓子。容器の真ん中が括れていて、そこから二つに割って食べられるようになっている。自宅で食べるのならば、半分食べて残りは冷凍しておくことも出来るだろうが、校内では、半分に割ったらその場で両方を一気に食べきるほかないだろうに。
「……また、いたく不便な形状のアイスですね……」
入間がそれを物珍しげに見ているのに気づいたアリスが、入間と同じように怪訝な顔でそれを見つめる。
一本はそれほど長いものではないので、一人一本を食べること自体に苦労はないだろうが、ただ、割ってしまえば、片方を食べている間、もう片方は手に持っているくらいしかできない。なにせ、チューブの片方の先端は丸くなっていて、もう片方の先端は注入口だったらしく尖っており、どこかに置いておくことすら難しそうなのだ。しかも、割ってしまう訳だから、二つに分けたチューブの両方の口から、氷菓が露出しているわけで、急いで食べなければ溶けてこぼれてしまうかもしれない。
チューブを両手に持って慌てて食べるなど、想像するだに間抜けな様子になってしまう。
せめて、どこかに置いておくとか、誰かに渡すとか――と、そこまで考えた入間はぱっと表情を輝かせる。
「あっ……そうか、半分こして食べればいいんだ!」
「半分こ……?」
入間の提案に、アリスは首を傾げる。
決して大きくない氷菓だ。一本買って二人で分けたら、少々物足りないだろう。特に、育ち盛りの男子学生たちには。
それをいともあっさりと、「半分こにする」と言った入間の発想が、アリスにはすぐには飲み込めなかったらしい。
けれど入間はもうすっかりそのつもりで、冷凍ケースからチューブアイスを取り出して、カムカムさんに会計を頼んだ。ほかのアイスよりも少しばかりお手頃価格だった。
それから、アリスを引っ張るようにして手近な椅子に並んで腰を落ち着ける。
「ほらアズくん、半分こ」
入間はニコニコと楽しそうに口元を緩ませて、手にしたチューブをぽきんと二つに分けた。そして、その片方をアリスへと差し出す。
「あ、りがとう……ございます……」
アリスは戸惑いながらもその半分を受け取った。
「んー、美味しい!」
一方で入間は、アリスが差し出されたチューブの半分を受け取るか受け取らないかのうちに、自分の分の氷菓に齧りついていた。
入間の体温で少しばかり溶けた氷菓が、ジュースとなってチューブの口から零れそうになるのを慌てて唇に受け止めて、チューブの中の氷菓をがりがりと歯で解し、押し出すようにしながら口へと運ぶ。キンキンに冷えた氷菓が、ほんのり火照った身体に心地良い。
「冷たくて美味しいよ、食べないの?」
「あ……はい、頂きます」
アリスはまだ戸惑いを拭えないような表情で、分け与えられた氷菓に視線を落とした。
渡されたチューブの口からは、透き通った紫色のジュースが、今にも溢れんばかりに湧き出している。
アリスが慌てて口を付けようと、チューブを口に運ぶべく持ち上げたとたん、その振動で表面張力が破られ、つ、とジュースが溢れて、アリスの指を汚した。
「あっあっ!」
それを目にした入間は咄嗟に――勿体ない、という本能が働いて――アリスの手をぐいと掴み、その指に纏わりついている紫色の液体を、ぺろりと舌で舐めとった。
「……いっ……!」
アリスの喉から、悲鳴に近い声。「入間様」と驚き、窘めることすら出来なかったのだろう。
その声に、入間はハッと我に返る。
「――――ッ、ごっ、ごめんっ! ついっ、ももももっ、勿体なくて! それだけ! それだけだから!」
自分がしでかしたことを理解して、慌ててアリスの手を放し、必死に謝罪と言い訳を並べ立てる。それから、懐からハンカチを取り出して差し出した。
「……」
しかしアリスはといえば、ぼんやりと自分の指先を見つめるばかりで微動だにしない。入間が差し出したハンカチすらも目に入っていない様子で。
ただ――そんな風にぼーっとしていては。
「あっあっ、アズくん、また零れる、零れる!」
「あっ――!」
入間は、今度はきちんと口頭で忠告した。その声の大きさにはさすがにアリスも気が付いて、慌てて零れ掛けたジュースを口に含む。それから、既に零れてチューブの外側を流れているジュースを何かで拭こうとして、懐からティッシュを取り出すにしても手が汚れてすぎていることに気づいたという様子で、仕方がないと言いたげな表情を浮かべてから、舌を伸ばして拭う。
「――」
いつも礼節を大切にし、折り目正しい仕草をするアリスが、突然見せたその、大胆な行為に、今度は入間が呆然とする番だった。
赤く、長い舌が、入念に動いて、零れた液体を舐めとっていく。
その様子がなんだか、見てはいけないもののような気がして、入間は慌てて視線を落とした。
二人が手にしたチューブの中で、氷菓は少しずつ液体へと姿を変えて行った。