「隊長は、みんなを守りたいって言ってましたよね?」
「……ああ、うん、言ったね」
キラがヤマト隊の執務室で特に急ぎでもない書類仕事を片付けていると、同じく報告を仕上げていたシンに話しかけられる。そういえば何かの折にそんな話したなぁと思い出しながら呑気に答えた。
「それって、俺も入ってます?」
「もちろんだよ」
身近な人間、それも可愛い直属の部下達はキラの守りたいものの筆頭だ。自分はともかく、彼らにはあまり危険な任務はさせたくないと常々思っている。
「じゃあ、隊長は?」
「え?」
「隊長が守りたいものの中に、隊長自身は入っているんですか?」
「それは……」
まっすぐなシンの眼差しに、後ろめたさを覚えたキラはそっと目を逸らす。わざわざ自分から死のうとはしないものの、自分が死ぬことでみんなが守れるならそれで良いとは思っているからだ。
「入ってませんよね?見てたらわかります」
自分の席から立ち上がり、シンはキラの前に立つ。
眼前のうっすらとクマのある目元や、パイロットにしては細すぎる体躯がキラの不摂生を物語っている。それは自分の体や命なんてどうでもいいと言っているようなものだ。
「でも、それじゃダメなんです。俺のこと守ってくれるって言うなら、隊長は隊長のことも守らないと」
「えっと、どういう意味?」
方々から散々言われているような、説教臭い話なら聞きたくないなぁと思うキラに、シンが言いづらそうにぽつりぽつりと語り出す。
「……俺、今でも、時々夢を見るんです。前ほどじゃないけど。マユが、ステラが、レイが、死んだみんなが出てきて、俺に言うんです」
「……なんて?」
死んでしまった人と、夢でも良いから会いたい。そう言う話はよく聞くが、シンの話はあまり良い話では無さそうだ。絞り出すような語り口からそれがわかった。
「……お前だけ幸せになるなんてずるい。守ってくれなかった癖にって」
「っ!?シン、それは!」
それはシン自身が抱えている罪悪感が見せる幻だ。キラは思わず立ち上がり、うつむき加減のシンの背に手を当てて寄り添う。
「わかってます!あいつらが本当にそんなこと言うわけないって!俺だって頭ではわかってるんです!!……でも」
吐き捨てるように叫んだシンは悔しそうに拳を握り、背を丸めて下を向く。
シンの大切な人達はみんな優しかった。自分の不幸を望むわけが無いと、シンも頭では理解していた。
それでも、腕をなくした血塗れの妹に、生気をなくして衰弱した少女に、いつも自分を支えてくれていた親友に、お前の所為だと責められるのは嘘でも堪える。
「でも、夢の中の俺は、……何も言えなくて、……あいつらの言う通りにどんどん暗くて、寒くて、寂しい方に歩いて行っちゃうんです。……そしたら、隊長が」
「僕が?」
そっちには行ってはいけない。何となくそう思った。言われるがままに着いて行けば、戻れなくなってしまいそうで怖かった。なのに彼らを助けられなかった後ろめたさに引っ張られて、自ら破滅へと歩を進めていると、ふと、優しい気配がした。
「隊長が、キラさんが、俺の手を掴んで『こっちだよ』って俺の手を引いてくれるんです。『みんなにはまた会えるけど、それは今じゃないから』って、『だからそれまでは僕と一緒に行こう』って、俺を明るくて、あったかい方へ連れ戻してくれるんです」
シンの強ばってかじかんだ指をあたたかで優しい手が守るように包んでくれた。柔らかな笑顔で導いてくれた。
それは人の形をした救いだった。
「……シン」
「だから、隊長まであっち側に行っちゃたら、俺、こっちに戻れなくなっちゃいます。……だから!俺のこと守ってくれるって言うんなら!あんたは死んじゃっダメなんだっ!!」
強くつぶったまぶたから、涙の球が宙に舞う。
怒りよりも悔しさで歪むシンの表情は迷子の子犬のように頼りなかった。
「あなたが暗い方に行きそうになったら、今度は俺が連れ戻します。キラさんが言ったんですよ?一緒に戦おうって!だったら一緒に戦ってください!敵を倒すためじゃなくて、花を植えるために!幸せになるために戦ってください!俺と一緒に!」
シンは自分が弱くて、頼りなくて、キラの力になれないことが悔しかった。子供のように駄々をこねることしか出来ない自分が情けなかった。
キラを独りで戦わせてはならないと、シンなりに頑張ってはいる。それでも憧れる背中は遠すぎて、その翼は誰にも届かない場所に飛んでいってしまう。
言葉にならない悔しさが涙となってポロポロとこぼれる。
「……シン。ごめんね、シン。……わかったから、ちゃんと戦うから、だから泣かないで。シン」
シンに泣かないでと言いながら、キラの目にも涙が浮かぶ。オーブの慰霊碑でシンに声をかけた時、キラは正直深く考えていなかった。ただ目の前の少年があまりに寂しそうで、思わず手を差し出してしまっただけだった。
「……ヒクッ、ただ戦うだけじゃ、ダメなんですよ?……一緒に戦うんです。グスッ。……俺と、俺達と。……隊長だけで戦っちゃ、ダメですよ?」
「……うん、わかったから。……ごめんね、シン。……ごめんね、ありがとう。……ありがとう、シン」
ああ、そうか。この子は僕に救われてくれたんだ。誰も助けられないと思っていたのに、僕はこの子を助けることが出来ていたんだ。そう思うと、涙が次々とあふれて止まらなかった。
結局、ルナマリアが部屋に入ってきて、「何事!?」と困惑するまで、シンとキラはしがみつくように抱き合って、二人揃って散々泣いた。
一緒に泣ける人がいることは幸せだった。