現パロどっちも大学生時空「メリークリスマス!良い一日を」
本日、何十回と口にした言葉を唇にのせてウルフウッドはぺこりと頭を下げ、客を見送った。
良い一日をと言った後で夜も更けたことに気付く。今日もう終わるやんと心の中でツッコんだ。赤い袖をすこしめくって時計を見ればもうすぐ23時だ。
イルミネーション目当ての客でごったがえしていた大通りも今は静かで、時折家路へ急ぐサラリーマンやホテルへと向かうカップルがウルフウッドのバイト先であるコンビニの前を通り過ぎるだけだ。当たり前だがウルフウッドにはだれも目をくれていない。日付が変わる前には駐車場に設営している特設コーナーを撤去すると店長が話していたことを思い出す。ならば先ほどの客が本日最後になるだろう。
急に寒さを思い出してウルフウッドはぶるりと身体を震わせた。下に着込んでいるとはいえペラペラのサンタクロースの衣装では北風は防げない。お情けのように電気ストーブが足元に設置されているが、雪のちらつく中ではさほど役に立たたなかった。煌々と光るストーブに手をかざす。冷えてほとんど感覚がなくなった指先がじんわりと温まっていくのを感じた。
ふうと息を吐けば、真っ白い煙がキンと冷えた夜空へと溶けていく。雲の切れ目からいくつかの星が瞬いているのが見えた。施設の子供達もこうやって空を見上げてサンタクロースを探しているのだろうかともう長く帰っていない古巣に思いをはせた。
ウルフウッドにとってクリスマスは一大イベントである。ただ、それは稼ぐという意味でだ。バイトが解禁された高校生から大学生の今までクリスマスにシフトを入れなかったことはない。今日も朝早くから今までコンビニでケーキとチキンを売っている。そうやって稼いだいくばくかのお金で孤児院の妹や弟にプレゼントやお年玉を贈るのが楽しみなのだ。
今回も大きなイチゴが沢山のったケーキを贈ることができた。昔のように上に乗ったイチゴの譲り合いをする必要はないはずだ。
これでよかったはずなのにとウルフウッドは深い溜息をついた。先日ヴァッシュとのやり取りを思い出す。
「クリスマス、何する?」
「すまん。朝から晩まで全部バイトいれてもうた」
「そうなの? じゃあ次の日は?」
「次の日も。もっというなら年明けまでずっとや……」
恋人とのイベントを無視してクリスマス前から正月明けまで冬休みは全てバイトのシフトをぎゅうぎゅうに詰め込んでいたのだ。
「嘘、一日もお休みないの?」
「ないな・・・・・一番の稼ぎ時やし」
ウルフウッドの言葉にヴァッシュは「そう」と寂しそうに笑った。
特待生のおかげで学費は無償であるものの生活費と孤児院への仕送りのために日々稼いでいることを知っているからだろう。ヴァッシュはウルフウッドの酷い仕打ちに怒ることもなく頑張ってねと応援の言葉をくれた。
「すまん」もう一度謝って、それから一度も会っていない。
この時期は稼ぎ時だ。みんな大切な人と過ごしたいからシフトに入りたがらない。そんなわけでバイトに入ると喜ばれた。時給はあがるし、寒さもしのげる。パーティーも初詣もウルフウッドにとってはどこか別の世界のイベントだった。
年末年始、デートに誘われるかもしれない。そんな淡い予感はあったけれど、もし誘われなかったらと考える。クリスマスもお正月も家にいればひとりぼっちだと思い知るのが嫌だった。自分の弱さがヴァッシュを傷つけてしまったのだと反省する。
設営していたテントと机を片付けて、コンビニを出た。休みなく働くウルフウッドを不憫に思ったのか、バケツに入ったチキンと小さめのホールケーキを渡された。
レジ袋に入れたそれを片手に帰路につく。いつの間にか雪の粒が大きくなり、アスファルトを白く染めはじめている。これは明日の朝には積もっているかもしれない。半日ぶりにスマホを操作すれば大雪注意のポップアップが表示されている。その下には、臨時休業のため明日のバイトに来なくていいとのメッセージも。鉄道会社が計画運休を発表したらしく店を開けても客が来ないと判断したとのことだった。
急にできた真っ白な一日に頭をひねる。ケーキとチキン食べにこないかとヴァッシュへのメッセージを作成した後、これを送ってもよいものかと送信ボタンの上を指先が行ったり来たりを繰り返す。
バイトが休みになったから会いたいだなんて都合がよすぎる。しかも大雪の日にだ。とうとう連絡を諦めてスマホをポケットに押し込んだ。いつの間にか垂れてきた鼻を啜る。凍えそうな寒さだ。今日くらいはエアコンをつけても許されるかもしれない。
アパートの前に着くころにはもう日付が変わりそうだった。肩をすくめて足元ばかり見て歩く。家までもうあとわずかだ。
ポスンと雪玉が一歩先に落ちてきた。ウルフウッドに当たりそうで当たらない的確なスイングでもうひとつ。驚いて顔を上げればちょうど自宅の前の柵に凭れ掛かった赤いコートの男がひらひらと手を振っていた。
急いで雪の積もった階段を駆け上る。
「おどれ何しとんやこんな夜中に」
「何ってそりゃ恋人に会いに来たんだよ。きまってるでしょ」
おいでと手を広げられるのでふらふらと吸い寄せられるように飛び込んだ。
「一日お疲れ様」
長い指がいつの間にか頭に積もった雪を払い、そのまま流れるような動作で労わるように撫でてくれる。
「いつ来たん?」
「今さっきだよ。君、今日バイトてっぺん越えるかもって言ってただろ? だから逆に考えたらその時間に合わせて来たら会えるかなって思って。少しでも一緒に過ごしたかったから……」
「ワイも、そう思うとった」
もぞもぞと胸から抜け出して、送ることも消すこともできずに下書き状態だったトーク画面を見せれば、彼はワオと感嘆の声を上げた。
「同じ気持ちで嬉しい!」
ぎゅっと強く抱きしめられてそのまま胸の中へと逆戻りしてしまう。勢いでガザりと音を立てたレジ袋にごちそうの存在を思い出す。
「なぁ、チキンとケーキもろうてん。一緒に食べへん?」
「もちろん。あ、僕もおつまみとワイン買ってきたよ」
「パーティーやな」
「だね」
「おどれ、服が赤いからサンタみたいや」
「ほんと!? あ、プレゼント家に忘れてきた」
慌てるおっちょこちょいなサンタの腕を引っ張って玄関のかぎを開けた。
「おどれがおったらなにもいらへん。やからはよ入り」
あんなに帰りたくなかった部屋が恋しくて顔まで赤面した恋人を追い立てながら玄関に足を踏み入れた。