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    kana_coco

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    kana_coco

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    雇デビオク
    ファジーお迎え前のおはなし

    セコムスーツ組はじめて見た時驚いた。だってよ、つい数時間前にいってきますのハグをしてきたばっかりなんだぜ?そいつと瓜二つの姿形をして、おまけに声までそっくりときたもんだ。言葉を失って眼が離せないでいる俺に男が怪訝な顔を作るまで、たっぷり数秒時間はかかった。この俺様がこんなに長く止まっているなんておかしいよな。隣にいたアネキに声をかけられて、フリーズしてた脳みそがやっと動き出した。


    「どうしたのシルバ?」
    「…んや、わりーな!ちょっとぼーっとしちまった!」


    努めて明るく、いつものオクタンの調子でカラカラと笑って返す。探るような表情をした目の前の男にも軽く謝ってから、よろしくな!と肩を叩くと眉間のしわはさらに深まった。どうやらスキンシップはお好みではないらしい。
    シップ内のアナウンスによって他のレジェンドたちも集まってきた。気になることはたくさんあるがとりあえずはほおっておこうと切り替えて、カラダを投げ出すように空へ飛び出した。





    はじめてのチームにしてはなかなか良かったのではないか。満足とはいかないが及第点だろう。戻ってきたシップ内の自分のブースでキャップを外しマスクをずり下げる。暑さから解放された体にエナジードリンクを流し込んで、アドレナリンで高めた熱を内側から潤していく。コンコン、と控えめにブースの壁を叩く音が背後からして、缶に口をつけたまま俺は振り返った。そこには少し前にハジメマシテをしてから一緒に戦場を駆け回った男がいた。クリプトは「少しいいか」と言いながら俺の返事も待たずにブース内に入ってくる。ぐびっと飲み干したエナドリの空缶をデスクに置き、おろされていたマスクをあげた。そのままくるりと反転し、後ろ手でデスクに寄りかかり体を向かい合わせる。


    「どうしたアミーゴ?初めてのチームにしては中々だったが、反省会が必要か?」




    「お前は、俺の何を知っている」


    おちゃらけた俺の言葉は無視され鋭い視線を向けてくる。疑うような探るようなその瞳はかつてのあいつらにそっくりだ。んなこと俺だって聞きてーよ。とは言わずに肩をすくめるジェスチャーと共に首を振った。


    「さっきのことを言ってるんだよな?悪かったよ、知り合いに似ていたもんだから思わず凝視しちまった」


    そいつとは今朝会ったばっかりだったしな。アンタ血のつながった兄弟はいるか?いない?JAJAJA、だったら完璧に人違いだな!変な気を揉ませて悪かった!改めてよろしく頼むぜクリプト。アンタとのゲームはなかなか刺激的だったぜ?

    人気ストリーマーでありレジェンドであるオクタンの快活な勢いでまくしたてれば、僅かに戸惑いながらもそれ以上追及できる要素はなく。納得のいった顔ではなかったが、「いや、邪魔したな」と残して去っていった。奴のブースは俺の隣で、すぐに椅子に腰を下ろした音が聞こえた。


    さて、さっさと帰ってあいつらに聞いてみるか。嫌がられるだろうか。はたまた悲しむか。いやさすがにそれはない、全く想像できない。数年前に拾った番犬達は過去のことを話したがらない。というか、俺も知りたかったわけじゃないから特別聞いていないだけなんだが、あいつらからは如何にも聞くなといった雰囲気が出ている。
    そもそもあの二人がそっくり通り越して同一人物の(中身は全然違ったが外見だけで言えば寸分違わず同じ作りをしている)ように見える時点で、何となく”普通じゃない”ことは薄々感づいてはいた。
    俺にだって触れられたくない部分はある。何でもかんでもさらけ出して秘密を共有することがイコール信頼にはならない。雇い主とその従者。それ以上でもそれ以下でもない。

    どんなにふざけたことでも命令だと言えば最終的には従う、案外仕事熱心な二人を俺は次第に好ましく思っていった。面白半分で掃除や料理などを任せてみればはじめは苦戦していたようだがみるみるうちに上達していき、週に一度呼んでいたメイドは徐々に必要なくなって今じゃ家のことはもっぱら彼らの仕事だ。
    黒いほうなんかは食事をおざなりにしていた俺を見かねて、頼んでもいないのに朝昼晩3食きっちり用意するようになった。もとはと言えば主人の俺が家事を任せたわけで、作ったやつが席についているのにいらないとは何となく言えず、まあ美味いし、と毎日食事を摂っていれば、「アンタ最近顔色いいわね」とアネキに喜ばれた。(その時従者を二人拾ったという話を少しだけしたら物珍し気にしていたっけか。)
    赤いやつはいかにも噛みつきそうな見た目のくせにーーまあ、実際はじめのころ本当に噛みつかれたことはあるがーー意外と甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。やたらとスキンシップが多いが悪い気はしない。若干の気分屋なところもあるが(俺に比べりゃ全然だ)、あれが欲しいと言えば買いに行くし、これが食べたいと言えばこっそり俺を連れ出す。効いているかどうかは別として彼の片割れに「甘やかすな」と小言を言われるまでがセットだ。お前は俺のママかよ、と思わないでもない。ママがどんなのかは知らないのであっているかは不明だが。

    後はまあ、俺の知らないところで色々とやってくれているらしい。らしいと言うのは、「お前は知らなくていい」とのことなので、多分”そういうこと”なんだろうなと察しているぐらいに留めている。20年以上、伊達に大企業の御曹司やってねーからな。
    はじめは単なる興味から拾ってみたが、まあそれはもういろいろあって早数年。あいつらの出自は知らない。飼い主である俺への忠誠心が感じられればそれでじゅうぶんだ。もし裏切られたとして、…まあ、そん時はそん時だな。


    隣のブースがあるほうの壁を見る。一枚隔てた向こうから、カチャカチャと機械をいじるような音がする。恐らくあのドローンだろうと、ゲーム中ふわふわと浮かんでいた白いやつを思い出す。クリプトと俺は初対面だったが、あのドローンのことは良く知っていた。似たようなやつが家にいるからだ。


    「(そんなとこまで同じって、ありえねーだろ)」


    口の中で呟いてから着替えるために更衣室へ向かった。考えても仕方がない、無駄なことはやめだ。さっさと帰りたい気持ちで、シャワーは帰ってからにしようと決めてからの行動は早かった。端末で「風呂」とだけ送って顔を覆うすべてを外した。更衣室につくなり手にしていたものを軽く放り投げ、血と土とで汚れた体をタオルで簡単に拭えば、素肌にそのまま大きめのジップラインパーカーを着る。汗だくになった下半身は下着ごと履き替えて、プライベート用のラフなデザインマスクに色付きグラスをかければハイ完成、残念だなアミーゴ、レジェンドのオクタンは今日は店じまいだ。フードを被って自分のブースに寄り念のため忘れ物がないか確認する。隣のブースから視線を感じたが気が付かないふり無視したまま、シップの裏口から出ると少し離れたところに迎えの車が停まっていた。近づいていけば運転席から降りた赤い男が後部座席のドアを開けてくれる。


    「おかえりオクタビオ」
    「ん」
    「アイツがお風呂準備してるよ」


    柔らかく笑んだデビルに軽く返事をして車に乗り込む。俺がシートに体を沈めたのを確認してからぱたんと優しく閉じられたドア。ポッケから端末を取り出してみれば、画面には「了解」とだけの短い返信が来ていた。運転席に戻ってシートベルトをしめたデビルが「シャワー浴びてないのか?」と嬉しそうに尋ねてくるもんだから、思わず嫌な顔をしてしまった。


    「そんな顔しなくてもいいだろう」
    「だってアンタ触り方エロいんだよ」
    「わざとに決まってる」
    「だからだっつーの」


    この男は俺と風呂に入りたがる。今日みたいにシャワーを浴びずに帰った日の、ゲームで疲れた俺の体を隅々まで洗うのもこいつらの仕事だ。正確には”こいつら”じゃなくて”あいつ”の仕事なんだが。夕方ほとんど家にいないデビルが何故かこうやってたまに(俺にとっては運悪く)タイミングがあうと、率先して洗いたがる。事務的なヤトと違ってデビルの手つきはどこか艶めかしい。優しく素肌を撫でる感覚と、俺の反応を楽しそうに追う視線はくすぐったくて、洗い終わって湯につかる頃には疲れてぐったりしてしまう。彼曰く「すべすべで気持ちいいからつい」とのこと。ついじゃねーよ。


    「オクタビオが敏感なのが悪い」
    「げえっ、気色悪い言い方すんな」
    「酷いな、こんなにご主人が好きで尽くしているのに」
    「調子のんなよ駄犬」
    「飼い犬に噛まれるのもたまにはいいだろう?」
    「甘噛みなら許してやらないこともねーけどアンタのは嫌だね」


    軽口を叩きながら絶対にデビルにはやらせないと心の中で決めて窓枠に頬杖をつく。外の流れる景色を眺めていると、ぼーっとして疲れからか瞼が重くなる。「寝ていていいよ」それに返事をしたかどうか、俺の記憶では定かではない。





    「んあッ、ふ、ふふ」

    意識がゆっくりと浮上してきて、なんだかむずむずとこそばゆい感覚に、くふくふと声が漏れ、徐々に覚醒していく。あーそうだ、ゲームの後迎えに来たデビルの車でそのまま寝ちまったんだっけか。微睡の中、ふわふわとした頭で思い返してみれば、家について起こされて、でも動きたくなくて、そのまま風呂に入るからってデビルにだっこしてもらって、と、少しずつ今の状況を理解しようと脳を起こす。それからどうしたんだっけと途切れた記憶を辿っていたところで、つぅっとバルブをさけて腹筋をなぞる感覚にぴくりと腰が浮く。泡を塗りたくるように広げながら往復する手のひらがくすぐったい。逃げるように腰を引けば、包むように後ろから抱きしめていた男にぶつかる。


    「っは、でび、んふっ、くふふ」
    「おはよう」
    「はよ、じゃなくて、ハハッ、やめろってくすぐってぇ!」
    「こんな可愛い反応されたら止められないなぁ…」
    「もっ、まじ、やめろ、ふはっ」


    濡れるのもお構いなしに服を着たまま俺の体を隈なく洗うデビル。こめかみにキスを落としながら腰と腹を撫でまわすデビルから逃げようにも、当然義足は外されており体を捩ったが短い腿ではじたばたと暴れただけでは効果はない。そんな俺を逃がさないよう、心底愉快だと言わんばかりにデビルは俺を抱く腕に力をこめる。いい加減笑い死ぬ。ゲームでぐったりとした疲労感の中、車の中で眠り少しだけ回復した僅かな体力を何とかかき集めて抵抗する。


    「オクタビオ…」


    俺の耳元に唇を寄せ艶っぽい溜息とともに名前を呼ぶデビルに、堪忍袋の緒が切れた。後頭部での頭突きという渾身の一撃を食らわす。情けも容赦ももちろん躊躇もない。ゴッと鈍い音と同時に「ぐっ」と苦痛から漏れる声を合図に、緩んだ両腕から這い出す。振り返れば顔面を抑えた指の隙間から覗く恨めしそうな瞳と視線がかちあった。ベッと舌を出し中指をたて勝利宣言を送りさっさと仕事しろと促せば、さすがに少し遊びすぎたと思ったのか、素直にシャワーを掴みコックを捻る。噴き出る柔らかな湯を自身の手で確認した後、丁寧に体の泡を流していった。濡れた髪とさっぱりした頭皮から俺が寝ている間にほとんど終わっており、これを流せば湯に浸かれる。ボディーソープのバニラが香り、あの血と土と硝煙の匂いが肺いっぱいに広がる戦場とは違う場所に自分がいるのだと、流され消えていく泡を見ながらぼんやりと思った。二人の従者がいる俺の家、柄にもなく心が落ち着くだなんて考えてデビルを見やると、手際よくシャワーを操っていた彼は満足げに頷き湯を止めノズルを定位置に戻した。早くしろと急かすように視線をよこせば、すぐさま抱き上げられそのままいっしょにバスタブ内へ腰を下ろされる。じんわりと広がる温かさに思わずほうっ息をつく。くつろぐように背中の男に体重を預け短い腿を伸ばすと「…っあ~―……」と疲れが口から抜けていったたような何とも間抜けな声が出ていき、目をつむり天を仰いだ。

    今日のゲームは参加したばかりの男とのチームだったため、普段よりも気疲れした。細かに敵の位置を報告し、有利不利の状況判断も早かった。無茶な戦いには挑まないが、決して日和ったりなどせずEMPを発動するクリプトは案外好戦的だった。そのおかげかいいところまでいったもののやはり初対面での連携には隙があり、シェが落とされたのをきっかけに一気にダウンした。正直言ってあいつの後方支援はやりやすかったし相性がいいと思った。だが俺としては次回以降同じチームは極力遠慮したい。数回だけだがふとした瞬間に「オクタン」が剥がれそうになったからだ。

    ちらりと後ろを伺うように首を傾けると、びしょびしょになった黒いTシャツが頬に当たる。たっぷりと湯を吸い上げて彼の体に張り付いているがまるで気にしたそぶりのないデビルは「なんだ?」と俺の瞳をのぞき込んで緩やかに口角を上げた。ヤトとは違う意地の悪い笑み。「腹減った」とだけ告げれば「了解」と俺を抱えて立ち上がる。全身ずぶ濡れで重たい服をまとったまま丁寧に運んだ俺を、浴室のドアを開けたすぐ先にあるバスマットの上へ、これまた丁寧に降ろす。俺が地面に着くよりわずかに早く、背後の扉が開いてヤトが洗面所へ入ってきた気配を背中で感じていると、聞きなれたため息が降ってきた。


    「デビル、お前まで入る必要はないだろう…」
    「溺れでもしたら大変だろう?」
    「そのために浅いつくりになっているのだが?」


    あきれ顔でバスタオルを手にとるヤトにクツクツと笑うデビル。ああやっぱり。同じ顔の男二人は全く別の人物の顔をしていた。そしてそれは今日戦場にいたやつとも違う。会話もそこそこにバスタオルで俺の水分を吸っていくヤトにされるがまま、やわやわと髪を拭かれるのが心地よくて目を細めると、さっきまでの上機嫌な表情はどこへ、デビルがむすっとしてこっちを見ていることに気が付く。


    「俺の時はあんなに抵抗していたのに、コイツにはそんな顔するんだな」
    「はあ?んな馬鹿な事言ってないでさっさと着替えろよ」
    「オクタビオ、腿あげるぞ」


    我関せずと隅々まで拭き取っていくヤトに体を預け、拗ねたように俺を見つめるデビルに呆れた視線を向ける。今ここで淡々と事務的にだが優しく水気を拭うコイツの手と、浴室で執拗に這わされたアンタの手、比べるほうがおかしいだろ。

    てきぱきと慣れた手つきでヤトが俺に服を着せドライヤーを終えると、あっという間に抱きかかえられてリビングへ移動する。後ろからデビルの恨めしそうな静止が聞こえたがヤトが気にすることはなく、着いた先料理の並べられたテーブルの前に優しく降ろされた。

    こんがりと色づく魚は確かサンマだったか。香ばしい香りが鼻孔を抜け腹の虫が鳴いた。右隣にヤトが座るとほぼ同時に洗面所のドアが開いた。遅れて席に着いたデビルはもうびしょ濡れではなかったが、僅かに髪が水分をまとっている。先程までの光景を考えるとあまりにも早すぎる男の登場に、向かいに座るヤトの眉間に皺が寄る。「服はどうした」「後で片付ける」短い会話はヤトのため息で終了した。
    そうすればじっと俺をみつめてくる従者二人。左右から視線を受けて口角が弧を描く。何も言わずとも、「待て」を命じられている飼い犬のように、俺を待つ大の大人が何ともかわいく見える。

    「腹減ったから、食おうぜ」

    主人の合図に食事が始まる。今日は珍しくデビルもいて少しだけ気分がいい。ヤトはそんな俺に気が付いたのか数秒無言で見つめてきたが、本日3度目のため息を押し戻すようにサラダを口に運んだ。何もアンタ一人だとつまらないって言ってるわけじゃないのにな、と澄ました顔のくせに隠せていない俺への好意にたまらなくなる。
    俺もこいつらも特別食事にこだわりはないが、こうやってテーブルを囲う時間が俺は好きだ。決して会話は多くはないが、かといって気まずい雰囲気は感じない。今日のゲームのことだとか、次の動画についてだとか、思いついたままを口にすれば、デビルが反応し、ヤトが静かに笑む。穏やかでゆったりとした時間はオクタンには不要なものだが、マスクもゴーグルも取っ払った今の俺にとってはそこそこの比重で重要なものだった。

    大根おろしと魚の身を適量箸で口に運ぶと、染みこんだポン酢が口の中で広がりうま味を倍増させる。ゲームの後の疲れ切った体には肉にビールが最高だが、健康を考え週に数回用意される和食も悪くない。何よりヤトの料理の腕はメキメキ上がり、今では今日の夕飯は何だろうな、なんて考えるようになったほど楽しみの一つだ。エナドリとサプリで8割済ませていた昔の俺じゃ考えられない。

    そこでふと、今日のゲームのことを思い出す。と同時にチームメイトだった男の存在も。三人揃っての食事というせっかくのこの時間を壊すのは惜しいが、タイミング的には今だろうな、と口の中のものを飲み込んでから、はっきりと簡潔に言葉を落とす。その瞬間二人とも手を止め1秒、そうしてゆっくりと視線をこちらに向ける。緩く笑んだデビルと無表情のヤトは無言のまま俺を見つめている。表情はいつもと変わらないはずなのに、纏う空気は明らかにピリついていたものへと変わっていた。重たい空気にのまれないように、あくまで主人としての姿勢は崩さずに言い放つ。


    「聞こえてんだろ?もう一度言うぜ、アンタらとクリプト、どういう関係だ」


    同じ言葉、だが二度目は問いかけではない。
    無関係のはずがない。それは決定事項だと突き付けて二人の反応を待つ。
    しらばっくれるか?素直に吐くか?否定はしないが答えをくれなさそうにも思える。俺だってこんなこと聞きたくねーし興味もねーよ。ただあまりにも同じ姿のやつが急に目の前に現れ、しかも同僚ときた。今後どういった振る舞いをしたらいいのかを知りたいのは当然だろ?何かぽろっと漏らしちまったら大変だ、俺だって面倒事は避けたい。
    二人の黒い瞳を交互に覗きこむも読めない感情に、しびれを切らした俺がとんとんとテーブルを指で叩く。そうしてやっと視線がそらされ、デビルが肩をすくめ、ヤトが額に手を当て小さく息を吐いた。


    「いつか出会うだろうとは思っていたが、まさかこんな形とは…」


    ヤトが漏らした言葉からは心底困ったといった様子が伺える。
    デビルも同調するように「意外と頭が悪いのかもな」と冷めた言葉を吐き捨てる。
    どうやら俺たちの関係が変わることはなさそうだと少し安心すると、ヤトはもはや癖になってしまっている溜息と共に話し始めた。


    「俺たちもアイツを見たのは今日が初めてだ。一方的にだが存在自体は知っていた」
    「どういう関係か聞かれると難しいが、そうだな、生き別れの血縁者といったところか?」


    困ったようではあるが淡々と話すヤトに対し、デビルはクリプトに対して良い感情を抱いているようには感じられなかった。嘲笑をまじえた彼の瞳が物語っている。


    「クリプトは血のつながった兄弟はいないって言ってたぜ?」
    「……正確には兄弟ではないし、向こうは俺たちの存在も知らないからな」
    「あー、なんだ、さっきコイツが一方的にと言っただろう」
    「……ふーん、なるほどねぇ…」


    そこで会話は途切れた。やはり予想通り明確な答えは返ってこなかった。遠回しに回りくどい言い方でのらりくらりと躱されているようにも思えるものの、俺の質問にはちゃんと答えてくれた。はぐらかすことも知らないとシラをきることも、お前には関係ないと突き放すことだってできるのに。ただどう言葉にしたらいいのかわかりかねているのか、はたまた嘘は吐きたくないと思っているのか、こいつらは俺の問いに対し雇われた身としてだけでなく誠実に向き合おうとしている。大の男二人が、年下の同性に誤解を生まないよう言葉を選んでいる。その事実だけで支配欲が満たされたようで思わず笑みが浮かぶ。

    さっきまで別の男へ悪感情を向けていたデビルは、俺のゆるい笑みを見て何を勘違いしたのか、珍しく焦ったように口を開く。


    「オクタビオ、確かにアイツのことは好ましく思っていないこともあって話さなかったが、お前を騙すつもりはなかった」
    「騙すもなにも、話してないってだけで、嘘をもらった憶えはないぜ?それとも何か?気が付かなかっただけで俺は虚言を信じ込まされていたのか?」
    「違う、そうじゃない、俺はお前に嘘を吐いたことは一度もない、アイツのことだって、どう話したらいいのか、そもそも話すべきなのか、考えていたんだ」
    「オーケーデビル、落ち着け、俺はアンタらを責めちゃいないんだぜ」
    「…オクタビオ、俺もデビルも本心だ、信じてほしい」
    「はあー?あのなヤト、んなこたわかってんだよ」


    俺とデビルのやりとりをただ静かに聞いていただけだったヤトがひと段落したところで会話に参加してきたと思ったら、アンタまでそんなこと気にしてるのかよ、と少し呆れた。オクタビオ、と僅かに悲哀の籠った声で眉を下げるデビル。俺はアンタらからの好意を感じてニヤケが止まらなかったというのに、何をどう勘違いしたら俺が怒っているだなんて思って弁明が始まるのか。良い気分に浸っていたのが一変、眉間に皺がよる。
    勝手に空気を重くしたのはこの二人だ。確かに拒否権のない尋問のような上からの物言いだったが、主従関係である自分たちにはいつものことであり、常日頃行っている会話のスタイルとなんら変わりはない。やはり触れられたくない話題だったのだろうが、そんなこと俺には知ったこっちゃないし、このボディーガード兼お世話係りに気を遣うのは俺の仕事じゃない。


    「アンタたちがどこの誰で何なのかは今更どうでもいい」


    およそまともとは言えない出会いから紆余曲折あって、もうずいぶん一緒に過ごした。寝食を共にし、時には衝突もした。生まれも育ちも関係ない。興味もない。かかわりあっていた時間がアンタたちが何なのかを俺に説明してくれた。今目の前にいるアンタたちを知っている、それで十分だと思っている。


    「俺が聞きたいのは、クリプトとどう関わっていきたいか、だ。
    アンタたちがアイツに会いたいって言うなら間に入ってやれるし、逆に存在を知られたくないってなら、迎えとか考えなきゃなんねーだろ」


    いつどこでばったり会うかわかんねーしな。やっと本題に入れる、とわざとらしく少し疲れたように頬杖をついて言うと、二人がきょとんとした同じ顔で見つめてくる。ちょっとかわいいとか思って吹き出しそうになったがすんでのところで飲み込んだ。


    「アンタらは俺の犬だろ、それ以外他に必要か?」
    「だが……」
    「だー!!だがもくそもねーよ!わざわざご主人様がどうしてほしいか聞いてやってんだからさっさと答えろ!!」


    食事時を選んだのは自分だが、俺は早く食事に戻りたい。腹だってまだ満たされていないし、この後は編集作業にやりかけのゲームとやりたいことは山ほどある。明日はオフだから少しぐらい夜更かしするかとお菓子のストックも確認済みだ。
    ヤトとデビルはちらりと視線を交わらせた後、ふんぞり返る俺に向き直る。さっきまでの緊張は跡形もなく消え去り、俺を見つめる黒い瞳は穏やかに揺らぎ澄んでいる。


    「アイツには関わりたくない、というのが俺たちの総意だ」
    「だがまあ、お前のために必要なら、構わない、些細なことだよ」
    「俺たちのためにわざわざ何かを変える必要はない」
    「迎えも今まで通り、買い物にだって出かけよう」
    「俺たちはお前のボディーガードだからな」
    「主人の命令に比べれば、大事なことなんて何もないさ」


    かわりがわりに甘ったるい台詞を連ねていく黒と赤の雇われの男たち。向けられた好意が想像以上でくらくらと眩暈がする。
    かわいいかわいい俺の犬。愛なんてよくわかんねーけど、俺がコイツらに抱いているぞくぞくするほどの甘い感情は恐らくその一種だろう。俺のことだけを考えているという事実に胸の内が満たされて、背筋から脳へぴりぴりと痺れるような感覚が走る。


    「っ、たまんねーなアンタたち……」


    ニヤつく口元も隠さずに言えば、二人とも満足そうに俺を瞳に収めた。
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    kana_coco

    MEMO雇い主オクと従者3人。オリプトもぺくすも存在しているアース。
    ゆるゆるほんわかな世界線でただただオクが幸せになってほしい人間の都合の良い妄想。
    セコムスーツ組まだ外は薄暗く、日が昇る前の空気は汗ばんだ体にはひんやりとしていて気持ちがいい。欠かさず毎日行っている日課のランニングを終え、身体が冷えないうちにそそくさと家に帰った。
    マンションのエントランスには、いつものように緑のスーツを纏った男が一人、見慣れた光景。近づけば、俺の首にかかっていたタオルがするりと抜かれ、慣れた手つきで洗濯されたふわふわの白いものへと取り替えられた。

    「サンキュ」

    礼を口にすればふわりと優しく笑む男。そうしてタイミングよく開いたエレベーターに一緒に乗り込んだ。偶然ではなく必然だということにはもはや触れない。こんな早朝にエレベーターを使う人間だってそう多くないんだし、少しぐらい独占したって何の問題もないだろ。デバイスで覆われた指先で押された最上階のボタンが点灯する。彼は俺のほうへ向き直り、先ほど首にかけたタオルで優しく俺の首筋から顎、耳の後ろへとなぞるように汗を吸わせていく。そうしてたどり着いた後頭部全体を覆うようにして、わしゃわしゃと、だけど優しく、労るように拭った。
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