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    kanaria_niji

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    kanaria_niji

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    甜々ハングリー後の燐ニキ

    甜い日常「しばらく燐音くんとは口聞かないっす!」
     からかうために伸ばした手を呆気なく振り払って、膨れっ面で怒るニキを燐音はニヤけた顔で見ていた。
    「ニキきゅんったらまだご機嫌ナナメなワケ?」
    「そっすよ。今回という今回は許せないっす!」
     幻のスイーツを巡るドッキリ。事の顛末を知ったニキはいつも以上にご立腹であった。食への愛情を侮辱された恨みと、ついでに燐音への日頃の積もり積もった恨みを燃料に、ニキの怒りの炎は轟々と燃え盛っているのだ。
    「そんなわけで、燐音くんが謝るまでは口も聞かないしご飯も作らないから。僕のありがたみを思い知れっす〜!」
     ニキは考案中のレシピらしきものが書かれているノートをしまうと、燐音を一睨みして星奏館の共有ルームを後にしてしまった。
    「あ〜あ、燐音くんったら振られちまったなァ」
     ニキが去って1人になった空間で独りごちる。ソファに座りながら、ニキのご機嫌取りのために買ってきたコンビニスイーツをテーブルに並べた。どうせ数日もすればケロッと忘れていつも通りのニキになるだろう。一人分には多い量のスイーツを前に食いきれるかなァなんてぼやきながら、燐音はそう信じてやまなかった。

     燐音の予想に反して、ニキは本気だった。徹底的に燐音との関わりを拒絶し続けたのだ。
     燐音が話しかけても頑なに無視するし、露骨に目を合わせようとしない。焦れた燐音がいつものように触れようとしても持ち前の瞬発力でするりと避けられてしまう。
     シナモンに会いに行っても狙ったように厨房に引っ込んでしまうし、ニキが出てくるまでいつものようにお冷だけで居座ってみたが、時計の長針が2周したところで他の店員の困ったような視線をヒシヒシと感じ、流石の燐音も空気を読んで退店した。
     共有ルームに出向いてみても、夜食を作る頃を見計らって共有キッチンに出向いてみてもニキには会えなかった。
     あ、これ本格的に避けられてンな。
     気づいたところで燐音にはどうしようもなかった。なんだかんだで、こんなに長い間ニキに避けられたのは初めてだ。近々のスケジュールではユニット単位の仕事もレッスンの予定も入っていないから、ニキとしても燐音を避けるのにうってつけだったのだろう。こうして約1ヶ月もの間、燐音はニキと会えない日々が続いてしまった。

     初めのうち、燐音は「ニキのくせに生意気だなァ」なんて余裕ぶっこいてたけど、次第にニキに無視されることにストレスを覚えていく。何を隠そう燐音はニキのことが大好きなのだ(隠しきれてはいないが)。毎日のように軽口を言い合ってはじゃれ合い、一緒にご飯を食べるのが4年来の習慣だった。

     燐音は元々食が細いので、ニキが食事を作ってくれないと必要最低限のものしか食べない。仕事に支障がない程度に自己管理はしているけれど、数値の面からは確実に体重が落ちているし、見る人が見れば痩せたと分かるくらいになってしまった。

    (ニキィ……)
     圧倒的ニキ不足だ。
     久しぶりにニキに会いたいし喋りたいし触りたい。ニキの栄養スマイルを浴びてニキの軽口や悲鳴を聞いて「燐音くん」とニキの口から名を呼ばれたい。自分はこんなにニキに依存していたのか。……うん、否定できねェ。「俺っちはニキがいねェと駄目」とBeehiveで本人に伝えたこともあった。本人は全く意に介していなかったけれど、これは偽りもない燐音の本音だ。
     けれど自分から折れるのも癪だし、上京するまでは君主として人に謝る機会など皆無だった燐音はプライドが邪魔して素直になれなかった。

     そんなことを思いながら、今日も未練たらしくニキを想う。共有スペースのソファでゴロゴロしながら、夜食目的でニキがやって来ないかと期待を寄せていた。
     仕事終わりの深夜。とうに日付は超えていて、ほとんどのアイドルは眠りについている頃。一日の疲労感から、うっすらとした眠気が燐音を襲ってくる。他のアイドルもいないのでゴロンとソファを独占して横たわり、瞳を閉じた。
     今日もニキと会えなかった。ニキのことを考えていたら目蓋の裏にもニキの笑顔が浮かんできた。あぁ、会いてェな。
     ぼんやりと夢と現実の間に意識を漂わせていると、キィと共有スペースの扉が空いた音がした。誰だろう。確認したいけれど、沈みゆく意識が来訪者を確認する気力を奪っていく。しばらく眠ったフリをしてやり過ごそうか。
     自然と人の気配を探ってしまうのは幼少の頃からの癖で、こちらに近づいてくる来訪者に意識が向く。ピタリ、と燐音の前に来たところで来訪者は止まった。こちらの様子を窺っているようだ。尚も燐音は規則正しい寝息を立てる、フリをする。来訪者は燐音がすっかり寝入っていると思ったのか、距離を詰めてきた。燐音の顔に来訪者の影がかかって目蓋の裏が暗くなる。
     全身に視線が注がれているのを感じる。まるで観察されているよう。危害を加えてくる気配はないが、Crazy:Bは各方面に喧嘩を売っていた時期もあるため燐音に悪意を抱いている連中もこの星奏館にはいるだろう。万が一に備え、燐音はいつでも動けるよう徐々に意識を浮上させる。
     やがて来訪者が膝を折ってしゃがんだのか、燐音との距離が近くなった気配がする。それに伴ってふわりと空気が動き、燐音の鼻を擽る匂い。
    (……これは)
     この匂いは。間違えるはずもない、4年間嗅ぎ慣れた、落ち着く匂い。

    「燐音くん」 

     ぽつりと小さく落とされた呟きを、燐音は確かに耳にした。燐音をそう呼ぶのは、たった1人しかいない。
     逸る気持ちを抑えて、燐音は目を開けた。そこには燐音に触れようとしていたのか、中途半端な位置で腕を伸ばし固まるニキがいた。久しぶりに見たニキの瞳を焼き付ける。渇望していた青色。驚きによってまん丸に見開かれたかたちまで愛おしい。
    「わっ!?」
     どうしようもない衝動に駆られて、燐音は素早く起き上がるとニキの手首を掴み引き寄せた。咄嗟に逃げを打とうとするニキの肩にすかさず腕を回し、閉じ込めるように抱きしめた。
    「は……っ、はなせぇ〜!」
    「ニキ」
     突然の奇襲にじたばたと身をひねるニキの耳元に唇を寄せ、そっと声を落とし込む。
    「ごめん」
     その痛切な、掠れた声で落とされた謝罪に、ニキはぴたりと動きを止めた。燐音はニキを逃がすつもりはないと主張するかのように抱きしめる力を強める。しばらくニキは抱きしめられたままの状態でじっと黙り込んでいたが、やがて肩の力を抜くとそっと燐音にもたれかかってくる。
    「やっと謝ってくれたっすね」
    「……」
    「まったく、謝るのが遅いっすよ」
     ゆるゆると燐音の背に腕を回すとぎゅ、と抱き締め返した。
    「で? 僕とお話できなくて燐音くんはどうでした?」
    「……」
    「僕のありがたみは思い知ったっすか?」
    「……痛いほどになァ」
     燐音は拗ねるようにニキの肩口にぐりぐりと頭を擦り付けた。
    「おめェは……ニキは俺っちのモンなんだから……、俺の元から離れるとかありえねンだよ」
     駄々をこねる子供のように、じっとりと恨み言を吐く燐音。そんな不器用な甘え方をする燐音を見てニキはふ、と表情を和らげる。
    「なはは。反省してるみたいだし、ちょっとくらいは許してやるっす」
    「……ドーモ」
    「ねぇ、燐音くん。僕、あの後たくさんスイーツ作ったんすよ」
    「スイーツ?」
    「うん。『甜々』を超える最高のスイーツっす!」
    「へェ」
    「みんなにはもう食べてもらったんすけど、口を揃えて美味しいって言ってくれたんす」
    「……俺っち食べてないンですけどォ」
    「分かってるって。だから、仲直り記念に今から作ってあげる」
    「今から?」
    「うん。シナモンでも出そうって試作してたものがあるんす。仕上げだけだから10分もしないうちに完成っすよ」
    「嬉しいけど今ド深夜だぜ? 俺っち太っちゃう〜」
    「大丈夫っすよ、燐音くん痩せちゃったみたいだし。それに僕、あんたに今すぐ食べてほしい気分なんすよ」
     ニキはそう言うと燐音の胸板を緩く押して拘束から抜け出した。愛おしい存在が離れてしまい名残惜しい気もするが、ニキの花が綻ぶような、楽しげな笑顔を見てじんわりと胸が暖かくなる。エプロンを身につけ、後ろ手にリボンを結んだニキは待っててね、と燐音に笑顔を向けると手際良く調理を始めてしまった。そんなニキをカウンター越しに見つめながら、やっぱり好きだなァ、と燐音はしみじみ思う。
     やがて出されたスイーツは今までに見たこと無いものだった。誘われるままにスプーンを入れて、口に入れる。ふんわりしっとりとした食感の生地にじゅんわりと広がるコクの深い甘さ。ほのかに擽るバニラの香りと、隠し味は蜂蜜だろうか。舌で転がしながら黙々と食べ進めていると、
    「美味しい?」
     ニキが首を傾げながら、穏やかな表情で聞いてくる。
    「美味い。やっぱりニキは天才だなァ」
    「ふふ、良かった」
     ニキは満足そうに微笑むとパクパクと食べ進める燐音を愛おしげに見つめていた。
     スイーツ単体も絶品だけれど、それ以上に燐音の舌を喜ばせてやまないのは、きっと傍にニキがいるから。燐音は戻ってきた日常を心に刻み付けながら、スプーンで掬う幸せを舌の上で溶かした。
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