脱がすまでが醍醐味『やっぱり今日帰れねぇわ』
メッセージを送ったところでタクシーが到着した。体を滑り込ませるようにして乗り込み、行き先を告げる。
もう少しで終電がなくなりそうな頃。スタジオから遠ざかってちょっと経った頃、スマホが振動した。画面を見ればニキから『はーい』という一言と、少し間を開けてから『お疲れ様』のスタンプが送られてきた。丸々としたパンダがお茶を差し出してるやつ。ニキが仕事でパンダの格好をしてからお気に入りのように使ってくるやつ。このキャラクターにも愛着が湧くようになってきた。
続けて『明日には帰ってくる?』という可愛らしいメッセージの後に『ご飯作らないといけないから聞いてる』と言い訳じみたようなメッセージが立て続けに送られてくる。素直に寂しいって言えばいいのに。燐音は緩む頬を抑えきれなかった。
目的地に着いて下車する。時刻はもう日付を超えていた。目当ての場所はカーテンの隙間からぼんやりと光が零れていて、中にいる人物が起きていることを想起させた。好都合だ。ま、寝ていても起こすだけだったけど。
静かに外階段を上り、玄関に鍵を差し込む。すぅと息を吸い込んで勢いよく扉を開けた。
「たっだいまァ!」
築年数ウン十年のアパートは玄関から居間までが一直線で、目当ての人物が弾かれるように振り向く様が視認できた。
「きゃはは! 愛しの旦那様のお帰りだぜェ、良かったなァニキきゅん!」
「えっ、なんで!? 今日帰れないって……!?」
ドカドカと足音を立てて居間へとたどり着けば、目を丸くしたニキと目が合った。想像通りの反応に気分が満たされる。なんならニキと対峙できたことでどんどん疲れが解けてる心地がする。
もっとニキ補給をしようと、ニキの正面に回った燐音はそこでふとした違和感に気づいた。
「……ん? なァ、その服って……」
「服? ……あっ」
指摘されたニキは自身の服に目をやると、弾かれるように肩を震わせてみるみるうちに赤くなっていく。
「ち、違うんす!!!」
「……なァにが、違うんだ?」
真っ赤になりながら赤くなるニキと対照的に、燐音は口元がニヤけるのを抑えられない。だって、ニキが着ているその服は。
「……いやァ、まさか。あのニキきゅんが……彼シャツしてくれるなんてねェ……! ……誘ってンの?」
「彼……ッ! ち、違うんす〜!!」
燐音が普段愛用している黒無地にNYのシャツ。ニキはそれを着用していた。尋問してやろうとしゃがんでニキと目線を合わせると、ニキは居心地が悪そうについ、と視線を逸らす。
「あの、ええと……、シャワー浴びた後、僕の着替えが見当たらなくて……」
「ふーん? 着替えなら目の前に掛かってるように見えるけどなァ……」
「うっ……」
居間に干してある私服たち。昨日の夜洗濯をして一緒に干したのをニキも覚えているだろうに。
未だに言い訳を並べようと足りない頭を必死に回転させているニキ。素直になれない彼が可愛らしくて仕方なくて、たまらなくなって抱きしめた。
「なァ、寂しかった?」
耳元でそっと囁いてやればニキは分かりやすく肩を跳ねさせる。
「俺っちが帰って来れないって知って、寂しかった?」
「……うぅ〜」
「だからこんな可愛いカッコしてンだろ? ん?」
耳まで真っ赤にしたニキに気を良くして、燐音はニキの首元に頭を埋めてすぅと息を吸い込む。あぁ、ニキだ。全身でニキを感じ取って欠けていた何かが満たされていくようだった。
「……あの、ヤバいっす」
不意に小さな声で呟き、モゾモゾと身を捻るニキ。何事かと思い身体を少し離すと、
「燐音くんの匂いに囲まれすぎて、ヤバいっす」
火照った顔に、うるうると潤んだ瞳で燐音を見上げるニキと目が合った。
「……お前なァ」
今日はこのまま、ニキを抱きしめて穏やかに眠ろうかかと思ったのに。明日の2人揃ってのオフを、朝から満喫しようと思ってたのに。
縋るように瞳を揺らめかせるニキの瞳には確かに期待の色が混ざっていた。ガラガラと崩れていく理性の音を他人事のように聞きながら、とりあえずニキの無防備なシャツの隙間から手を差し混んだ。