おはようをもう一度「……さ〜ん」
声が聞こえる。
「……さ〜ん! お〜い! …………て……」
声変わり前のどこかあどけない、まろやかな声。
「おにいさ〜ん! 起きて〜!!」
ゆるやかな振動に引き上げられるように、燐音はゆっくりとまぶたを開いた。
「あ、やっと起きた」
「ん〜……?」
こちらを見下ろすまんまるのどんぐりまなこ。それと目が合うと、こどもは少し眉を下げてふにゃりと微笑み、穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「おはよっす、おにいさん」
「ニキきゅんじゃ〜ん……おはよ」
燐音の天色の瞳は愛おしい存在を捉えるとゆったりと細められる。頬を緩ませながら幸せを噛み締めるように、覗き込んでくるニキの腰へと腕を回す。
「目覚め一番に可愛い可愛いニキきゅんのお顔が眺められるなんてなァ〜……最高すぎっしょ……」
「も〜寝ぼけてるんすか? 朝ごはんできてるっすよ! ほら、一緒に食べましょ〜」
ニキは燐音の腕を優しく解くとほらほら、とポンポン布団を叩いてくる。
「おにいさん、昨日も夜遅くまでお酒飲んできたんでしょ? 今朝は玄米にしじみのお味噌汁に、揚げ出し豆腐も作ってみたっすよ。おにいさんのために、ふつかよいとお腹に優しいメニューっす!」
「……幼妻だよなァ」
「んぃ? なんか言ったっすか?」
「んーん。なんでも」
「そっすか。……ってお布団潜らないで〜! もうっ、ほら、起きるっすよ!」
そう言ってニキは布団を捲りあげ、丸くなってる燐音へと手を差し出す。燐音はその手を見つめるとにたりと悪戯っぽく笑い、ニキの手を掴んで勢いよく自身へと引き寄せた。不意打ちを食らったニキは体勢を崩し、燐音の胸に飛び込むような形で倒れ込む。すかさずぎゅうと抱きしめられ、気づいたらニキは布団の中へと引きずり込まれていた。
「可愛い可愛い俺っちのニキきゅん? おにーさんとお寝坊さんしようぜェ♪」
「わわっ!? なんすかなんすか! 離してぇ〜!」
「やだ、ぜってェ離してやんねェ〜」
燐音の腕から逃れようと身じろぐものの、思いのほか強い力で拘束されており抜け出せない。ニキの抵抗など物ともせず、燐音は腕の中の小さな温もりを堪能するかのようにその身をすり寄せる。
「だめっす〜! ごはん、冷めちゃうっす!!」
「ちょっとだけだから、な? ほら、5分だけ。アラーム掛けっから」
「んぃ〜……」
宥めるようによしよしと優しく背中をさすってやると、ニキは可愛らしい鳴き声を発しながらもぞもぞと動く。しばらくうーうー唸っていたが、徐々に動きは少なくなっていき、やがて。
「おにいさん、あったかいっすね……」
ちょうど良い位置を見つけたのか、燐音に抱きつくように身体を寄せ静かになった。この子も、ささやかな微睡みを受け入れてくれたらしい。
しばらくそうやってくっついて、お互いの熱を分け合う。
「なァ、ニキきゅん。俺っち二日酔いで動けないからあーんして食べさせてほしいなァ」
「ええっ、さっきのはふつかよいのひとの動きじゃなかったっすよ?」
「気のせい気のせい。な、いいだろ?」
囁くようにひそひそと密談を重ねるふたり。燐音は甘えるようにニキのふわふわの髪の毛を撫でまわす。気持ちよかったのか、ニキは猫のようにふにゃりと目を細めると、その大きな手に擦り寄ってきた。
「も〜しょうがないっすね。とくべつ、っすよ」
「きゃは。さすが俺っちのニキきゅん。愛してるぜェ」
うららかな日差しと優しいご飯の匂い、そして腕の中の愛おしい存在。燐音の幸せを構成するもので囲まれたこの空間は何ものにも変え難い。もう一度ニキを抱き寄せて、祈るように縹色の髪の毛へと口付けを送る。
アラームが鳴るまであと少し。穏やかな休日は始まったばかり。