LOVE HOTEL 大きな勝負の前には、しばしば現場の下見を伴うことがある。南方恭次と門倉雄大が揃ってその任に就いたのは偶然だったが、帰り道に国道沿いのラブホテルに入ったのは2人合意のもとだった。古そうな造りと悪趣味な外観を、門倉がえらくお気に召したからだ。
「地元でもこんなァは今どきお目にかかれんの」
入り口からすぐの壁に並べられた、部屋のタイプ別パネルを眺めながら門倉がしみじみと言う。室内装飾が古代中華の宮殿風だったり、ベッドが宇宙船の形をしていたりと、バラエティに富んだラインナップだ。このような80年代風のラブホテルが現在まだ生き残っていることに驚きを禁じえない。
好きな部屋を選べと言われ、南方が選択したのは見た目が比較的シンプルな回転式丸ベッドの部屋だった。
「なんじゃ、意外と地味やのぉ」
もの珍しげに室内を見渡したあと、門倉は少し残念そうにしている。赤い壁紙が張られた壁の片面が鏡になっていて、南方の感想としては「他の部屋よりは比較的マシ」の域を出なかった。
「なんでわざわざこんなホテルで…」
「こんなホテルじゃけ、ワクワクせんか?」
ベッド周辺、コンセント、窓際をさりげなくチェックしながら、「見たところ盗聴器はないようじゃね」とその時だけ立会人の顔で門倉は言った。その横顔を、どこかぼんやりとした気持ちで南方は見上げた。
これまでに、門倉とは何度かセックスをしたことがある。ただし今よりもずっと若く、2人とも子供で、お互いに無敵だった頃の話だ。何ひとつ恐れるものがなく、道はどこまでも続いていると思っていた。
大抵がボロボロになるまで殴りあった後だったし、室内でセックスした記憶は一度もない。門倉とのキスはほとんど常に血の味がして、殺すぞと罵り合いながら獣のように盛ったことしか思い出せない。
誰が聞いても最低な思い出なのに、振り返るとどこかセンチメンタルになってしまう。南方は門倉のことが好きだった。
「そう言やわしらァの地元にも、堤防沿いにアホみたァなラブホがあったの。何十年も前じゃけ、さすがに潰れたか」
悪趣味なベッドに腰を下ろし、南方は煙草に火をつけた。禁煙は未だ上手くゆかない。
「憶えとるかよ南方。あの頃わしゃあ、お前とあれに入りとォてな」
「……はぁ?!」
思いがけないことをさらりと言われて、手の中の炎を取り落としそうになった。
「若かったけぇ盛れりゃどこでも良かったんじゃがの。ほいでも、いっぺんくらいはお城でやりとォてよ」
汗だくの高架下で、草いきれの蒸すような物陰で、泥だらけのままかき抱いた男が青年の顔で笑っている。
「……言えや。そんなァよ!」
「うん。じゃけえ、今日は言うてみた」
昭和の遺物のような古くさいラブホテル。門倉から「あれ、入らんか?」と提案された時には、何かしら別の意図でもあるのかと南方はどこか半信半疑だった。
お前と。お城で。セックスがしてみたい。
「はァ~~? 勘弁せえや。オッサンになってこんなァな。骨董品みとォな、場末の安っぽいラブホテルでお前と……」
言いながら、南方は自分が火のように欲情しているのがわかった。すぐそばで、門倉の体温と汗の匂いを感じる。
「御託はええわ。やろうで、なあ」
とても大人の口調ではなく、不良少年そのままの挑発が南方を煽る。
ほとんど吸っていない煙草を、そのまま灰皿にねじり潰して、南方は門倉に覆い被さった。胸が焼けるように熱い。愛なのか怒りなのかわからない激情に混乱しながら、「殺すぞ」と南方は毒づいた。少年の日が鮮やかに蘇る。
「おお、殺してみろや。あ?」
物騒な台詞とうらはらに、頬へ触れる門倉の手は穏やかだった。
「ゆうて、お前が優しいんはわしゃ知っとるけどの」
「もうええ。黙れ」
続く言葉を噛み付くようにキスで塞ぐ。かき抱いた首筋は、いつかの夏の匂いがした。
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