寝起きと徹夜明け【半田side.】
「な、なぁ、半田。その…」
いつもの様に、ロナルドの事務所へセロリトラップで襲撃をし一悶着した後、ロナルドがソワソワと顔を赤らめながら言った。
「何だ。言いたい事があるならハッキリ言え」
「えっと…は、恥ずかしいんだけどよ…俺たち、つ、つ、付き合う事になったから! だから、今までみたいにいきなり事務所に押し掛けてくるのは止めて欲しいっていうか」
目の前で、モジモジと両の指を絡ませながら言う言葉を咀嚼しようとするが、上手くいかない。
「……付き合うとは、誰と誰が……」
「俺とドラルクに決まってんだろ! 言わせんな恥ずかしい」
どこに? と続けようとした所で間髪入れずに返された言葉。ちょっとそこまで付き合えとか、そう言うニュアンスではないと悟った。恥ずかしがる態度からして察してはいたが、理解が追いついていなかった。
「決まってるのか。それは初めて知ったな……」
ロナルドとドラルクの間に恋愛的な感情が芽生えるとは考えもしなかった。そう、今の今まで……そんな事、当然あり得る話ではあるというのに……。
一つ屋根の下で一緒に暮らしていて、言いたい事を遠慮なく言い合い、喧嘩しつつも、何だかんだと甘やかして世話を焼いてくれる年上の人(吸血鬼だが)に靡かない訳がなかったのだ。特にこの、馬鹿でお人好しでチョロさに定評のあるアホルドが。
「とにかく! そういう事だから! 急に来るの止めろ! なっ!」
別にロナルドが誰と付き合おうが自分には関係ない。関係ないはずなのに何故かモヤモヤして仕方がない……。
「…………貴様はドラルクが好きなのか?」
肝心な事を聞いたつもりだった。それならそれで納得できた。それなのに。
「だってアイツ、俺の事が好きだって言ってくれたんだ」
なんだそれは。それではまるで……。
「好きだと言われたから好きになったのか?」
「嬉しかったから」
なんだそれは。貴様はいつもそうだ。初めて彼女が出来た時だって、それで1時間後にフラれた癖に。
「なら、俺がドラルクより先にお前が好きだと言ってたら、俺の事を好きになったのか」
俺は何を言っているんだと、声に出して気付いた。
まさか、俺はロナルドが好きなのか……?
そんな困惑を他所にロナルドが言い放つ。
「それは分かんねぇよ。俺、お前に好きだなんて言われた事ないもん」
分からないってなんだ。ロナルドの中には俺に対する好意がないということか。初対面じゃあるまいし、好きだと言われて初めて芽生えるものではないだろ?
高校で出会ってから、これまで一緒に過ごした年月は、貴様にとってはそんな程度のものなのか? 〝友達として好き〟すらないと言うのか?
クソッ!
小首を傾げて何の感情も乗せずに見つめてくるロナルドの両肩を己の両手が掴んだ。
「ロナルド!」
叫んだと同時に目に飛び込んで来たのは、平面的なロナルドだった。掴んだ筈の肩もない。
何を伝えようとしたのか、開いた口のまま呆然と物言わぬロナルドの笑顔を暫く凝視していた。
段々と目の前にあるのは自分が部屋に貼ったポスターだと理解していく。
上半身を起こすと、そこは自室のベッドの上で、今まで夢を見ていたのだと自分に言い聞かせた。
「……夢か……」
グルリと、部屋中に視線を巡らせると、心臓が痛くて胸を掻き毟りたい衝動に駆られた。
治らない動悸に心臓の辺りの部屋着をギュッと掴む。
あれは夢だ。
夢だが……現実でいつか起こるかもしれないと思うと苦しかった。
正夢にはしたくなかった。
それなら、行動を起こすしかない。そうだ、こうしてる間にもいつ掻っ攫われかもしれないのだ。ドラルクに限らず、老若男女を惹き付けてやまない、あの赤い退治人を。
一刻も早く奴に伝えなければと、部屋着から着替えて玄関へ向かった。
ロナルドが流されやすい性格なのは事実だ。きっと告白されれば、それが全く知らない相手であってもロナルドは好意を芽生えさせるだろう。無自覚で愛されたがりの寂しがりなのだ。
誰かがそこに付け込む前に、半田桃という存在を刻みつけておかなければ。
【ロナルドside.】
「ロナルドー!!」
「は!? 何田!? どうした!?」
前髪をヘアバンドで上げ、机上のノートPCに向かっていたロナルドは、突然の訪問者に驚き椅子から勢い良く立ち上がった。
いつも窓から勝手に侵入する半田が、事務所の玄関から入って来た上に、真剣な顔付きでこちらに向かってくる。
私服だが、ただ遊びに来た訳ではなさそうだ。これはもしかして、緊急の退治要請だろうか?
そう緊張して半田の次の言葉を待っていると、机を挟んですぐ目の前までやってきた彼に両手を取られた。
「ロナルド! 俺と付き合え!」
「おう! いいぜ!」
よしきた、退治依頼だな! と、返事をしたら半田がキョトンとなってヘニャリと笑った。何だお前、そんな可愛い顔も出来たのかよと、物珍しく眺めてしまう。
「……良かった」
「で? どこまで付き合えば良いんだ?」
「勿論、結婚までだ」
「けっこん???」
そんな地名あったか? まさか血痕か? 血痕までって何だ? 決闘の聞き間違い? あれ? 退治ではなくて決闘の申込みだったのか?
などと悩んでいたら、半田が握ってる俺の両手を持ち上げ、半田の額にくっ付けた。
「結婚して欲しい」
「……はい……」
あまりに真摯に、まるで懇願するかのように言われて、思わず返事をしてしまった。
二度目もケッコンって聞こえたけど何だろう……持ち上げられた手を見詰めながら考える。ぎゅっと握られた両手がただ熱くて、心臓がドキドキと早鐘を打った。机越しなのが少しもどかしかった。
脳内で、最初に変換される〝結婚〟という文字が踊ってる。なんならもうリンゴーンと鐘の音も鳴り響いている。
半田の額まで持ち上げられたままの両手が少し下げられ、半田の金眼が見詰めてくる。何か言って欲しいのに、ただ見詰めてくる瞳にソワソワとむず痒くなってきて口を開いた。
「あのさ、付き合うとか、ケッコン? とかさ……その……恋愛的な意味のあれなんでしょうか……」
最後は消え入りそうな声になってしまったが、確認は大事だ。半田の顔を見ていられなくて逸らしてしまった。顔が熱い。やっぱり決闘だったら恥ずかしい。
「そうだが」
「そうなの!? え!? マジで!?」
うそ、ちょっと待って、と静止を掛けると、半田の眉間に皺が寄ったがそれどころではない。
〝そう〟と明言されてしまった! ど、どうしよう! 嬉しい……嬉しい? ……そうか、嬉しいのか俺……。
「貴様、俺を弄んだのか」
「なんて?」
「遊びだったのか」
「待って待って」
「付き合って8分でフるとは良い度胸だな」
「つき? つきあってたの? 痛ぇっ!!」
まだ握られたままだった両手の骨が軋んだ。
「付き合う事と結婚する事に了承しただろうが!!」
「した! しました! ちょっと手離して!」
ギリギリと締め上げられる手が痛くてブンブンと振るが、半田は締め付けを全く緩めない。ガタンガタンと間の机が振動している。やはり決闘の間違いでは……?
「俺は」
「ん?」
ウェーン怖いよー! と泣いていたら半田が静かに口を開いた。グスッと鼻を鳴らして耳を傾ける。
「お前を誰にも渡したくない……」
「……っ!」
ボボボボッと顔が一気に火照った。半田の口から、そんな熱烈な言葉が出てくるとは想像もしてなかったというのに……どうしちゃったの!?
「もう、あんな思いはしたくない……」
「……半田?」
どんな思いをいつしたんだ? っていう疑問を他所に、半田は続ける。
「ロナルド。もう一度付き合ってくれ」
もう一度も何もと思ったが、そういや8分付き合って別れたんだっけ? 忙しないな……おかしくなってきて、思わず笑ってしまった。
いつの間にか緩んだ両手を、今度は俺が握り返す。
「フハッ……いいぜ、半田。付き合ってやるよ。……その、結婚まで」
プククと堪えきれない笑いが溢れてしまった。顔が真っ赤になった半田が、ワナワナと震えているのは気分を害したのか、それとも喜んでるのか……。
後はそうだな……決定的な一言が欲しいな。
寧ろ、何よりもまず先に言われるべき言葉なのではないだろうか? それなくして、お付き合いも結婚もないだろう。なんてったって既に恋愛的な意味との言質は取ってある。うん。よし。俺は自分を奮い立たせると、おずおずと口を開いた。
「なぁ、半田……まだ好きって言われてないんだけど」
俺のこと、どう思ってんの……?
「…………好きだ」
寝起きと徹夜明け
ロナルドは次の日、半田はもしかしてポンチ吸血鬼の催眠に掛かってたのでは? と、冷静になったら不安になったという。