夏五版ワンドロワンライ第68回お題「奇特」 つい最近、他人に指摘されて初めて知ったのだが、何気なく使っていた「奇特」とは、非常に珍しい、という意味の他に、特別に優れていること、というものがあるらしい。
こんな私をあれこれ気にかけてくれて、積極的に話しかけてきて、どんなに邪険にしても挫けない。まったく彼は奇特な男だ――話の流れでそんなことを口にしたときだったと思う。
ま、あいつならそっちの意味でもなんら違和感はないけどね、とその知人は付け加えた。
出会ったときからの大きな謎だ。なぜ彼はこんなにも、私に心を砕いてくれるのだろうかと。
物心ついたときから、ヒトというものが苦手だった。話すことはもちろん、大勢の中に佇むだけでも苦痛に感じた。
これといって明言できる理由はない。
ただ、そういうふうに出来ているとしか言いようがなかった。
それでも、部屋の中でずっと永遠に引きこもって、何とも関わらずに生きてはいける仕組みに世界はなっていないのだということは早々にわかっていたので、適当な愛想笑いと社交辞令を身につけて、誰とも一定の距離を保ったまま10数年のときを過ごした。
挨拶は返すが、それだけ。答えはYesかNoのみ。愛想笑いのひとつもしない。誰にも――両親にすら必要以上に踏み込ませることはなかった。そうして生きてきた。
あの日、彼と出会うまでは。
幸いにも勉強はそこそこできたので、中学校卒業後は地元からそこそこ離れた私立の全寮制高校に進学を決めた。
無事に迎えた新たな一歩の日。勝手に決められていた2人部屋でも、必要最低限以外は話さなければいいのだと開き直って踏み込んだ、広くはない寮に先に着いていた同級生の、同室の少年。
最初に目を引いたのは他の大勢がそうであるように白銀に輝く髪だった。次いで、少しズレたサングラスから覗いた青い双眸。
「す、ぐる?げとう、すぐる?」
高くもなく低くもない、よく通る声に名前を呼ばれたとき、生まれて初めて、心が震えた。
そんなものが私にも存在していたのだと初めて知った。
「君は、奇特な存在だ、悟」
ベッドの上、小さな寝息をたてる白銀を、起こさないようにそっと撫でる。うつ伏せの顔の前には、この前他のクラスメイトに借りたと言っていた漫画が開きっぱなしになっていた。
入学してから数ヶ月、私は基本的には何も変わっていない。
相変わらず、同級生とも、先輩とも、教師とも、一定の距離を置いて過ごしている。会話はする。話しかけられれば応える。でも、それだけだ。踏み込むことも踏み込ませることもしない。
一方の彼は、まるで私とは正反対の存在だった。
目立つのは外見だけでない。賑やかな言動や誰であっても物怖じしない態度に、反感と同じだけ好意も寄せられている。今ではクラスのムードメーカーで人気者だ。
本来なら絶対に、私とは相容れない種類の人間だ。それなのに、ただひとり、そんな彼だけが例外になった。
ひとりで居ようとする私に、ウザいくらいに絡んでくる。鬱陶しいと突き放そうとしながらも、心の底から嫌がっていないことに私自身が1番驚いた。
「なぜだろうね」
考えても、答えはわからない。それでもやっぱり今共にあるこの時間が、悪くはないと思うのだった。