【夏五】結局は2人ならどこでもいいんだ「もう帰ろうか?」
5回目。
夏油は苦笑した。
「そんなにひどい顔してる?」
「そりゃもう。その辺の人今にも殺しそうな顔」
ぽんぽん戸惑いもなく出てくる冗談。以前は洒落にならない内容をあっさり口にする。それが許される関係だ。
大丈夫さ、と半歩前にある背中を叩く。
「ちょっと人に酔っただけだ。来たかったんだろう?初詣」
周囲には大勢の猿――もとい人間がひしめいていて、みんな同じ方向に流れている。夏油たちもその波に乗っていたのだが、あまりの人の多さに少々気持ちが悪くなって、無意識にスピードが緩んでいたらしい。
大勢の非術師たちを憎んでいたときがあった。けれどそれは、「今の」夏油には関係ない、はずなのだ。
この世界に呪霊はいないし、夏油は「呪術師」ではない。なのに、あの頃の記憶だけが鮮明で、だからときどき境界が曖昧になってこんなふうに混同する。
だから、言い聞かせるのだ。今のお前は違う。この世界は違う。
だって今の私には。
「あのなぁ、傑」
いつの間にか振り返って息が触れそうなくらい近くに、不満げな親友の顔があった。
「お前が僕の願いを叶えたいって思うように、僕だってお前が嫌なことはしてほしくないよ」
長い指が、夏油の額を弾いた。手加減なしなので、痛い。素直にそう伝えながら摩ると、不満顔は一転、柔らかな笑みに変わる。
それは――夏油にはあまり馴染みのない「大人」な表情で、仕草で、口調で。この世界で「再会」してからすでに5年以上経っているというのに未だに慣れない。
前の「夏油傑」が、知り得なかった時間がそこに存在する。
「アパートの近くにもさ、確か神社あったじゃん」
「ああ、あの。世が世なら絶対呪霊が沸いてる」
「そうそう。あそこなら誰も来ないっしょ」
ご利益があるどころか逆に災厄が降りかかりそうな神社である。確かに人は来ないだろう。
それでもいいのだと笑う。一緒に行くのが重要なのだから。
夏油の手首を掴んで、流れに逆らって歩き出す。人波の中で飛び出て大きく目立つ白い頭を見つめながら、抵抗することなく付いて行く。君が望むなら、と言いながら、ここから離れられることに内心ホッとしている。
そしてきっと、そんなことはお見通しなのだろう。
「大人になったねぇ、悟」
嫌味でもなんでもなく、ただ少しだけ悔しさを滲ませて口にする。つい言ってしまうあたり自分はどこか子供だとわかっていても、止められない。
でもこうして遠慮なく言い合えるのも、「今」だからなのだ。
「ガキの俺の方が好き?」
足は止めないまま、からかう声が答える。
夏油も笑う。
「いや―――どっちも好きだよ」