夏五版ワンドロワンライ第122回お題「接客」 うわ、やば。思わず、声に出ていた。頭の中で思い描いていたよりも何倍も怪しい雰囲気に、躊躇してしまう。稼いでいるらしい、と噂されていたが、こんなにも大規模な施設だとは思わなかったのだ。
一瞬、つい先日見た映画を思い出した。世界滅亡の危機に、いろんな能力を持つヤツラがチームを組んで、揉めたり喧嘩したり友情に目覚めたりしながら悪に立ち向かっていく、王道ストーリーだ。
確か、最終的に乗り込んでいく悪の本拠地が、こんな感じだった気がする。
ならばここでトップらしいアイツは、さしずめ悪の親玉か?やば、めっちゃ似合うかも。
鼻で笑いながら、堂々と真正面の階段を昇っていく。映画みたいに、こそこそ嗅ぎまわって侵入経路を探すとか、そんなめんどくさいことはしない。正面突破だ。
だって、なにも疚しいことはない。
五条はただ興味を持って、新興宗教の「教祖様」に会いに行くだけなのだ。
伊地知がその週刊誌を持ってきたとき、そしておどろおどろしい字体ででかでかと書かれた見出しを見たとき、大袈裟じゃなく呑んでいたカフェオレを噴き出した。危うく週刊誌を汚すところだった。いやあんなもの、別に汚れたってよかったんだけど、読みにくくなるのは困るので。
「ハ、ハハ――あいつ、なにやってんの」
笑い飛ばしてやろうと思ったのに、ついつい真顔になった。伊地知も、かなり困惑していた。
お笑いコンビ、祓ったれ本舗。人気絶頂の中――ってマスコミが言ってた――電撃解散してから7年。相方と一切連絡が取れなくなってから5年。
それでも、どこかで元気でいるのだろうとは思っていた。あいつは器用でなんでも上手くこなせるから、この業界じゃなくても上手に生きているのだろうと確信していた。
それが、まさか。
「教祖様、とはね」
――元祓ったれ本舗・夏油傑、第二の人生は教祖様!?
そんな文字が躍っている。明らかに、面白がっている。近頃は大したネタがないから、つなぎとしては最高の話題だろう。
解散したとはいえ、かつての「祓ったれ本舗」の人気は絶大だった。それに、相方の五条はまだソロでこの業界に残っている。お笑いだけじゃなく他のジャンルにも手を出しながらもまだこっちの道で十分すぎるほど食っていけてる。街を歩けば声を掛けられるくらいには顔も売れてる。
これは、明日から騒がしくなるぞ。
こういう場合、矛先は全部こっちに来る。書いてある内容が事実だったとして、記者がそう簡単に一介の教祖サマに取材に行けるはずもないのだ。たぶん。ならば手っ取り早く、マイクは五条に向けられるのだろう。
――ご存じでしたか?
――詐欺まがいのやり方で金を巻き上げてると噂されてますが、事実でしょうか。
――なにか知りませんか?
「いや、知らねぇよ」
脳内で想定した質問を、一刀両断する。知りたいのは、こっちの方だ。寝耳に水、なのである。事務所もきっと、今は無関係だからと知らぬ存ぜぬで押し通すはず。
記事には信者から金を巻き上げているようなことが書かれている。確かに、あいつならできそう――と考えてしまったことは秘密だ。
あいつは、夏油は、高校で出会ったときから人誑しだった。あの胡散臭い、仏のようなと言われてた笑顔に騙される男女は数知れず。来るもの拒まず去る者追わず。いつか刺されるんじゃないかって内心心配したこともある。
ただ、そんな性格だけででかい宗教のトップなんて務まるはずはない。きっと他に何かあるのだ。
気にはなったけれど、五条の職業は芸人で、警察でも探偵でも記者でもない。でも週刊誌でそのことを知ったというモヤモヤもあり――と、散々悩んだ結果。
今こうして「敵の本拠地」へと通じる階段を登っているのである。
ただ、堂々と「五条悟」として乗り込むのは気が引けた。それに新たなネタを探してるだろうマスコミにバレて、痛くもない腹を探られるのも嫌だ。
というわけで、妥協案として、白い髪を黒く染め、カラーコンタクトで青い目を覆い消した。五条悟としてのパーソナリティがなくなると、日本人にしてはでかい身長でも、意外とバレないのである。
階段を登り切るとすぐに、大層な門構えの入り口がある。客は五条以外にもそれなりにいた。
普段は予約制でものすごい確率を勝ち取った相手としか会わない教祖様が、月に一度だけ大勢の前に姿を現し、ありがたい講釈を垂れるのだという。
今日がその日だ。だから、チャンスも、今日だけなのだ。五条だって、暇ではないし。
訪ねてくる信者たちを迎えたのは、なかなか美人な若い女で、ニコニコ作り笑いを浮かべながら部屋へと案内してくれた。彼女はただの接客係のようで、そこそこ広い板張りの広間――道場と言った方がしっくりくる――に信者たちを押し込めると、すぐにまた居なくなった。
1番後ろ、出口に近い場所を確保しつつ、さりげなく周りを観察する。老若男女、性別も年齢も実に様々だ。
さて一体何を話すのかと、なんとなく緊張感が高まってきた頃。
襖が、開かれる。
そこから現れたのは、全身まるで坊さんのような格好をしながらも、髪型も――あの変な前髪も変わっていない、元相方の姿だった。