【K暁】花束連絡がつかない。
KKは返信の帰ってこないスマホを見つめて眉を顰めた。
今日は出かけようと約束していたというのに。
仕事上の相棒で、つい最近想いも体も通わせて恋人と呼べるような関係になった相手は、メッセージを返してこない。
今日こちらの住む部屋に来ると言っていた。だが、時間になっても現れず、メッセージもない。
これは何かあったと考えた方がよさそうだ。
相棒、伊月暁人とはなんとも奇妙な出会い方をした。
元刑事のKKが霧が出ると行方不明になるという事件を扱った。その後、超常現象などを研究している八雲凛子やエドと出会う。
最初は気にもかけなかったが、調べていくうちに凛子たちの元同僚へとたどり着いた。その男は家族を失う悲しみから狂っていき、とうとう死の世界とこの世を繋ぐことを考えだした。禁忌の力に手を出して、大規模な儀式を行おうとした。人々から肉体を奪い、魂の状態にして集めてその質量で境界を抉じ開ける恐ろしい儀式。
阻止する段階で、KKは男に捕まり、おかしな力を埋め込まれた。気分は最悪、見たくもないものも見えながら、力を自分のものにしてなんとか男を追った。
儀式完成間近で、男を倒そうとしたが失敗。殺されたが諦めきれず魂だけの存在となり、さまよっていたところに事故で倒れていた暁人の体に入り込んだ。
瀕死状態だったから、まさか意識があるとは思わなかった。焦っていたKKは体を奪おうとしたが、暁人の方も必死に抵抗。仕方なく一つの体に二つの魂がある状態で行動することになった。
火事で意識のなかった暁人の妹が男に連れ去られてからは目的は男を追って倒すことになった。
化け物や妖怪たちしかいない街を二人で駆け抜けた。
その過程で、暁人が純粋で素直な優しい青年だと思い知り、信頼を寄せていった。
お互いの弱い部分、情けない部分も見せあうことになって、時に叱咤し、時に寄り添い支えあった。
気付けば年齢も立場もまるで違うのに、相棒と呼べる間柄になっていた。
何とか儀式を阻止し、男を倒すことが出来た。
目的を達して、世界は元通り。
それでKKはあの世へと旅立てると思っていた。暁人との別れは寂しいと思ったが仕方ない。これでようやく眠りに着けると覚悟した。
だが、予想は大きく裏切られる。
気が付いたらこちらの世界へと戻ってきていたのだ。もちろん体がある状態で、だ。
アジトで目が覚めた時には、凛子や絵梨佳もそこにいた。
どういうことだと混乱しつつもエドたちと合流。
あーでもないこうでもないと話していたら、暁人もアジトへとやってきてまた混乱していたのが懐かしい。
答えはいまだに出ていない。暁人の妹の麻里までも今は元気でやっている。
力は残っていたから、妖怪や猫又に今でも会う。その時にあの夜あった奴らは決まって含みのある笑いをした。だから、何か知っているのだろう。明確なことは言わないが。
妖怪やら精霊やら神様やら。この世には色んなものがいる。どうやらそこら辺りの力だろう、というのが現在の見解であり、まだまだ研究の余地あり。
結局、暁人や麻里もアジトメンバーに加わった。適合者は多いほどいい、というのが凛子やエドの言い分だ。
あの夜の影響か、暁人も色々見ることが出来るし、霊視くらいなら出来る。天狗ともいつの間にか仲良くなっていて、グラップルも短い距離なら可能だ。あとは弓と御札があれば、一緒に戦うことはできる。体は別々だが、暁人と一緒だと戦いやすい。勘も動きもいい優秀な相棒だ。
そこから一緒に過ごす時間が増えて、なんとなく相棒以上の感情をお互いに抱えていることが見えてきて。
年齢やらなんやらと悩んだが、紆余曲折を経て最近一緒に生きることを覚悟した。
そうなってから初めての春。はじめてのデートだったのだが。
まさか連絡がつかないなんて。
あまりいい予感はしない。
KKは急いで着替えてから、部屋を飛び出した。とりあえずは暁人と麻里の住むマンションまで、と思ったところで、何かが足元にいるのに気づく。
見ると、木霊が三体ほどぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「あ? なんだ?」
何かを伝えようとするように、飛び跳ねる。
霊視すると『案内するからついてきて』と言葉が解った。
こっちこっちと言うように木霊は走り出した。
結構機敏だ。小さいから見失わないようについていく。
KKがグラップルを使えるのをわかっているらしく、到底人が行けないような道を通っていく。
そこで気づいた。どうやら天狗も同じように一緒についてきているらしい。天狗だけじゃない。狸やら猫又やらも同じようについてくる。
「おい、こりゃなんだ?」
『ふふふ、ついたらわかるよぉ』
なんだかんだ馴染みになったアジト近くにいる猫又が肩に乗ってくる。
どうやら都内の端にある森に向かってるようだ。
どういうことだと思いつつ、森へと一歩足を踏み入れると空気が変わった。
明らかに現世のものではない。
だが、穢れや嫌なものの気配もない。どちらかというと清浄な気が流れている。
「なんだよ。ここは」
『そうだねぇ。人が訪れることのない場所ってことには間違いない。ささ、こっちだよ。もうお連れさんが待っている』
「おい、お前らの仕業か。暁人と連絡がつかねぇのは」
『そうカッカするなよぉ。悪いようにはしないからさ』
「何も言わずに連れ去ったのにか?」
『連れ去りなんて人聞きの悪い。ご招待しただけさぁ』
くるくる回りながら、まるで言葉遊びをするように返事をする猫又に、KKはため息を吐き出した。これ以上は埒が明かない。
足元では木霊たちが早く早くと急かしてくる。これはついていくしか他にない。どうやらこの先に暁人がいることは間違いなさそうだ。
森の中の道を歩くこと数分。
また空気がザッと変わった。強い風が吹き抜けて、思わず目を閉じる。
再び瞼を開いた先には、神秘的な光景が広がっていた。
咲き乱れる桜や梅、菜の花たち。春の花とされているものが一斉に咲き乱れている。その中に色んな妖怪やらなにやらがいて、楽しそうにしていた。
中心にある桜の大木。これがこの空間の主のようだ。
『ほぉらほら、早く早く。こっちだよぉ』
猫又に背中を押されて、大木の根本まで行く。
そこにいたのは暁人だった。何やら白い布を被せられている。
「あ、KK」
「KKじゃねぇよ。どうしてこんなことになってんだ?」
「さぁ、僕もよくわからなくて。何か用事があるっていうからついてきたら、ここに通されたんだよね」
「簡単についていくんじゃねぇよ」
「でも、木霊たちだよ。ほっとけないじゃないか」
暁人は人にも妖怪たちにも優しい。困っていたら見過ごせない。美徳ではあるが、利用されやすいことにもなるから、気を付けてほしいところだ。
「しっかし不思議なところだな。気の流れもいいし、なんとなく体も軽くなる気がする」
『それはそうだ。ここはそういう癒しの場所。春は特に効果がある。人は気軽にはいってこれないがね。万物を癒す神域にも似た場所さ』
「そんな場所に連れてきた理由は? 何かしてほしいことでもあんのか?」
『ふふふ、まぁね。さぁて、持っておいで~』
猫又がぽんぽんと肉球を鳴らすと、色んな妖怪や幽霊たちが酒や食事、果物なんかを持ってきた。
『今日は祝いの日だ。人間たちはこうやって白い布みたいなのを被せるんだろぉ? みんなの前で祝いの宴をするそうじゃないか。これはそれの真似事さ』
「祝いの宴? 白い布……。それって結婚式みたいなこと?」
「結婚だぁ」
『そうそう。それだよぉ。花を纏めたものも使うんだろ? それならこの場所がぴったりだと思ってね。これは我々からの花束の贈り物さ。想いを通わせた二人へのね!』
エヘンと胸を張る猫又たちと木霊たち。その周りには、もう宴会を始めた色んな妖怪たちがいる。
「ななななんで知ってるの」
暁人が真っ赤になっている。そんなことを言えば肯定しているのも同じだ。
やれやれとKKは暁人の隣へと腰かけた。
『そんなこと匂いでわかるよぉ』
「そ、そうなの」
「ちょっと落ち着け」
隣に座る暁人の背をぽんぽんと叩く。
KKの存在に、少しばかり暁人の緊張が解けた。
「理由は分かった。だが、いいのか。こんな場所に俺たちを招いて。何か代償は?」
『そう警戒しなくても大丈夫ぅ。おれたちは思いのほかあんたたちを気に入っている。あの夜から世話になっているしねぇ。ただ単にお祝いしたいってだけさ。この食事や酒もちゃぁんとあんたたちのは人間世界のものだよぉ。調達に頑張ったのさっ。特に若いのは、木霊たちも懐いてるしねぇ。おれたちが見えて、素直な「気」の人間は心地いい』
「なるほど。暁人の為にってやつか」
『まぁ、あんたも悪くない。人間らしいやつは愛しいもんだ。力を持つと歪むやつもいるからね』
「ふん。どうだかな。このままここに閉じ込められるんじゃねぇのか?」
「ま、妖を疑うのはいいことだ。だが、今日はただの祝いだよぉ。どうせあんたたちはこっちの世界寄りの人間だ。一日いただけじゃ、影響はない。楽しみな。ちゃぁんと帰してやるよ。現世で結構役にたつからね』
猫又はうっそりと笑って手にしていた酒をくいっと呑んだ。
『おめでとさん。人間世界じゃ知らないが、こっちじゃ体と心を繋げて、誓えば婚姻成立だ』
乾杯とばかりに盃を掲げれば、周りの妖怪たちが歓声を上げる。
よかったねよかったね、と木霊たちが暁人の周りをぴょんぴょん飛びまわっていた。
暁人は「いや、そういうわけでは……」とごにょごにょいいながらも、強く拒否もできずに固まっている。
大きなお世話な気もするが、怪異たちの気持ちを無下にするのも今更か。
近くにある酒は確かにみたことのあるラベル。こっそり霊視もしてみたが、怪しいところはない。
今日のところは祝われておくことにする。
置いてある盃に酒を注ぐ。もちろん暁人の分も。
「まさか春の花全部見ながら花見できるとは思わなかったな」
「そ、そうだね。すごい光景だ」
「ほら、これ」
「お酒? 大丈夫かな」
「ま、一応人間用ってのは嘘じゃなさそうだ。あいつらの花見に呼ばれんだろうな。婚姻だなんだは……まぁ、あいつらの酒のつまみだろ」
KKから盃を受け取って、暁人は小さく笑った。
「……少し恥ずかしいけど、でも祝ってもらうのは嬉しい、気もするね」
「なんだぁ? さっきまでは真っ赤になって慌ててた癖によ」
「だって急に婚姻だとか言うから……」
「嫌か?」
「嫌とは……言ってないだろ」
照れ隠しのように、暁人は盃の酒を煽った。
いつもの服装に、白い布を被せられているだけの簡単な装い。なのに、随分とかわいらしく見えるのは惚れた欲目だろうか。
KKはその布を軽く引っ張って、暁人の体を引き寄せた。
布で見えないようにして、薄く色づいている暁人の唇に自分のそれを重ねた。
「な、なに」
「何って、誓いのキスってやつだろ」
笑ってKKも酒を口にした。飲んだことのある銘柄なのに、随分と甘い気がした。
木霊たちは見えたらしい。キャーっと言いながら、桜の大木に上っていく。
しばらくすると、ぶわわと上から桜の花びらが降ってきた。それに倣うように、他の花も揺れて甘い甘い香りが流れていく。
これが花束だとすると、この花びらや香りはブーケトスのような幸せのお裾分けのようなものだろうか。
どうやらKKの思考もすっかり春めいているらしい。
柄にもなく浮かれているようだ。
何もかも普通じゃない自分たちには、お似合いな結婚式だなと小さく笑った。
END