【K暁】さくら「そういえばさ、すごく綺麗な桜が咲いている場所見つけたんだ。今度一緒に行こうよ」
「へぇ、いいな」
「うん。住宅街から少し離れたところでね。木自体は高さがないんだけど、こう……横にすごく広がっててね。あの下でお花見したらすごく綺麗だろうなって」
風の冷たさが和らぎだし、色んなものが芽吹く季節だ。
桜も来週あたりには満開になるだろう。
お気に入りの酒でも持っていって堪能したいところだ。隣で楽しそうに話してくる相棒には、満足するだけの食べ物を持って行ってやろう。
「昨日、傍までいこうとしたら木霊が用があるっていって行けなくて。その後、行こうとしても今度は天狗が探し物手伝ってくれっていってね。結構時間がかかったから行けなかったんだ」
その発言に、KKは眉を顰めた。
「木霊の用はなんだった?」
「え? 仲間の木霊のところに行って様子を見たいって」
「天狗の探しもんはなかなか見つからなかったか?」
「う、うん。すごく探したんだけどね。色々探して……それで結局、最初に探したところにあって笑い合ったんだよね」
「なるほどな」
ため息一つ。
相棒である伊月暁人は不思議そうな顔でこちらを見ている。
KKは現在、探偵として働いている。普通の探偵業ではない。その大半は超常現象だの、怪異だのといったものだ。普通の仕事は二割あるかないか。
科学で証明できないものを研究しているメンバーと協力しつつ、普通の人では理解できないモノのあれこれを追いかけている。
マレビトという人々の負の感情を集まってできた化け物だとか、穢れと呼ばれるものが見えるから、それらを中心に倒したり祓ったりしていた。
この力を手にした切っ掛けの事件があり、その渦中で暁人にも出会った。
元々研究メンバーだった男が関係しているその事件は渋谷を中心に大規模な事件を起こした。
そこでKKやメンバーも一度は死んでしまったのだが、どういう訳がこうして生き返っている。
いまだに理由は不明だが、相棒である暁人が頑張ってくれたおかげだと感謝している。
その事件以来、暁人にも僅かにKKと同じような力が残っていて、こうして一緒に仕事をしているわけだ。
力を持てる可能性がある者は「適合者」と呼んでいる。この中でも個人差が色々とあるらしい。
暁人は、よく怪異に気に入られる。本人の性格もあるだろう。困ったものは怪異でも放っておけず、素直でまっすぐ、真面目で優しい。だから、よく魅入られる。
KKだってその人生経験から頑固で雑、一匹狼として生きてきたが、この青年と過ごす中で割とすぐに絆されてしまった。そういう不思議な魅力のあるやつだ。
それに加えて、両親を亡くしていて寂しさや孤独に敏感だ。
たった一人の肉親である妹に寂しい思いをさせない為、それまでの生活を送らせるためにも気丈に振る舞い、自分の感情をしまい込んだ末に表にだせずに妹とすれ違った過去もある。
その妹も長く意識不明になり、辛さを押し殺して生きていた時もある。
今は事件の後、妹も回復。色々と話して、今はいい関係を築けているようだ。妹、麻里も「適合者」としてたまに顔を出している。
怪異に気に入られやすい性質を持ち、悲しみや寂しさを抱えたことのある暁人は魅入られやすい。色んな意味で目が離せない相棒だ。
「おい、そこまで案内しろ」
KKは愛用の煙草をボディバッグから取り出して、一本口に咥えた。
「え、今から?」
「そうだ。そう遠くはないんだろ?」
「でも、もう日が暮れるよ」
「夜桜ってのもいいもんだろ」
「満開って訳じゃないけどいいの? お花見なら来週くらいが見頃だよ」
「五分咲きってのもいいもんだろ」
不思議そうにしながらも、暁人は「わかったよ」と頷いて歩きだした。
「歩きたばこはやめなよね」という小言付き。仕方なくKKは加えた一本を元に戻した。
暁人が案内してくれた場所は、やはり思いの外近くにあった。
言われた通り、低く横に広がる桜の木。確かに木陰で過ごすのは心地よいだろう。
日が落ちたばかりの薄暗がりに、淡く光るように咲いている。満開になったらそれはもう見事だろう。
「ほら、すごいだろ」
「あぁ、こりゃ見事だ」
KKは言いながら、暁人の横に立った。腕を後ろからのばして、彼の目元を手で覆う。
「え? なに……」
「いいか、見るな。あれは普通の桜じゃねぇからな」
「え よくないものなの」
「よくないと言えばよくない。あれに悪意はないけどな」
「悪意はないけど、よくないもの……」
「あれはふらっとどこにでも現れる。こいつは桜だから、この季節にな。春は気持ちが揺らぐ。焦燥、孤独感。そういうのを抱えるやつらを誘いこんで、自分の下で癒すんだ。幸せな夢をみせてな」
「……それって悪いこと?」
「いーや、それ自体は悪くない。我に返って普段の生活に戻るやつはいい。一夜の夢としてもとに戻れる。だがな、中にはここから抜け出したくないと思うやつもいるのさ。あいつの中には、そういう魂が眠ってる。こういうやつは浄化の力があるから取り込んで眠らせておくだけだろうが、何かの切っ掛けがあって穢れることもある。不安定なやつらだ」
「僕が誘われたと思ってる?」
「事実、お前は見つけただろ。お前のそういう気持ちに響いてるってこった。だから、見るな」
目元を隠す手に、暁人が触れた。
「ねぇ、大丈夫だよ」
「……」
「確かにそういう気持ち持ってることは否定はしない。でも、大丈夫。だって、こっちにはKKがいるからね。そう簡単には連れていかれないよ」
力強い声だ。
少し躊躇したが、声音の強さと手に触れてくるぬくもりにKKは手をゆっくりと離した。暁人はKKの手に触れたままだ。腰を抱くような形になる。
暁人が首を傾けて、KKの顔を覗き込んできた。
「KKこそ、大丈夫? あっちに行っちゃわない?」
琥珀色の瞳が悪戯っぽく笑っている。
絶対に大丈夫だと思っている顔だ。KKは小さく笑った。
「オレか? オレは大丈夫だよ。お前が、いるからな」
暁人と同じような答えを返す。
握られている手に力が入る。暁人も同じように強く握り返してきた。
「そう、大丈夫だよ。僕たち」
「あぁ、そうだな」
「綺麗だね」
「あぁ」
「祓うとかはできないんだよね」
「そうだ。せいぜいあまり人が寄り付かないようにするしかない。ここら辺にいる妖怪たちや周りの神社に頼むしかねぇな」
「そっか。木霊と天狗は僕を心配してくれたんだね。あとでお礼しなきゃ」
「ま、今回はいい働きしてくれたな。でも、あまり仲良くしすぎるな。あいつらお前を気に入ってるが、妖であることに変わりねぇからな」
「ヤキモチだ」
「……違う。線引きしとけって言ってんだ」
「ふふ、わかってるよ」
強く風が吹いて、少しばかり花びらが舞った。
日が落ちた後の風はやはりまだまだ冷たい。
「さ、帰ろっか」
「そうだな。帰って飯食おうぜ」
「春キャベツ買ったからスープ作るよ」
「お、そりゃいいな」
「で、来週はみんなでお花見に行こう。大勢のお花見もきっと楽しいよ」
楽しそうに笑う暁人に、KKも口元を緩めた。
繋がれたままの手をしっかりと繋ぎ直して。
END