ある書店員のお話【モブ視点K暁】本屋でのバイトもそろそろ三年。
大学に行きながら、好きな本に囲まれる生活は悪くない。店舗もそこそこ大きいから、忙しくはあるが、好きなものに関われるのは幸せだ。
色んな人たちが来る本屋。
いい人も嫌な人もいっぱいる。
さて、そのお客様の中で気になる人物がいた。
涼しげな目元のえらく顔の綺麗なお兄さん。おそらくは近くの大学に通う大学生。つまり同じくらいの年だろう。
口角が上がっているからかクールな顔立ちなのに、近寄り難さがない。それに声と話し方が柔らかくて、そこにギャップがあって男の俺でもドキッとした。
前はたまに友人、時々妹さんらしき人と来ていた。だから、心の中で「お兄さん」と呼んでいる。同学年だとわかっているが、なんとなく「お兄さん」という言葉が似あう。
しばらく来ていなかったのだが、最近また来てくれている。どうしたのだろうと少し心配だったから、また顔を見れてホッとした。
そこで気付いた事がいくつかある。
以前は雑誌や授業に使うような専門書、参考書などを買っていた。だが、今は小説を中心に見ているようだ。
一緒に来るのも、年の離れた男性と共に来るようになった。
どうも彼の生活に変化があったらしい。
こういうことは、お客さんを見ているとよくある。交友関係の変化は意外と本屋でもわかるもんだ。
仕事関係の上司というには近しい気もするし、飲み友達というには健全な気がする。年の離れた友達、が一番いい気はするけれど、ちょっと違和感。
どういう関係? いや、本当に。
担当している棚ある本の補充。棚の下にある引き出しから出して並べる。足りなくなったら、裏から持ってくることも。在庫確認しておかないとな。
しゃがんで引き出しから取り出していると、積んである本がぐらりと傾いてしまった。慌てて支えるが、一冊だけ床へと落ちる。あーあ。
支えた方をとりあえず整えてから、落ちた本を取ろうとした時だった。
影が落ちる。
あ、と思った時には、落ちていた本が拾いあげられていた。
綺麗な形の長い指がそれを拾い上げる。
手から腕をなぞるように顔を上げた。そこにはあの「お兄さん」が立っている。
「あ」と思って固まっていると、「お兄さん」は不思議そうに首を傾げた。
「あの、落ちましたよ」
「あ、あ、すみません! ありがとうございます!」
慌てて受け取る。近くで見る「お兄さん」の手はしっかりとした青年のものだった。同性のものだというのに、どうも色気があるというか、ドキッとする。
受け取ってからも、つい「お兄さん」の手をジッと見てしまう。
「おい、どうした」
「お兄さん」の奥から低く渋い声が聞こえた。
あ、最近一緒の人だ。
ハッとして再度お礼を言うために立ち上がった。
「KK。本が落ちてたから拾ったんだよ」
「へぇ、そうか。大丈夫か?」
年上の男性は、「お兄さん」と慎重はそう変わらないのに、もう少しがっしりとしている。
たれ目っぽいのに、眼光が鋭い感じ。顔立ちは優しそうな気もするのに、全体的な印象が強面。眉間にある皺のせいだろうか。っていうか、この人堅気?そういう関係の方、じゃないよな。
「お兄さん」の周りの空気がふわっと柔らかいものになるし、にこにこしているから、多分怖い人ではないようだ。多分。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
もう一度お礼を言ってから頭を下げた。
顔を上げると、思ったより「お兄さん」が近くにいる。
やっぱり綺麗な顔だなぁ。でも、なんか可愛い。
思わず見つめていると、「お兄さん」の眉毛がきゅっと上がって小首を傾げた。えー、仕草かっわいい。
瞬間、首筋がぞわりとした。
目線をお隣の年上男性に持っていくと、物凄い怖い目でこっちを見ている。ひえぇ。
「おい、本は大丈夫なんだろ?」
「ひ、ひゃい!」
「じゃ、行くぞ。暁人、この間読んでた本の作者の新刊でたっつってたろ」
「あ、そうそう。前のはKKに紹介されて面白かったからさ。今度は僕が買おうと思って」
「いいって。俺が買う」
「えー、僕が先に読みたいから僕が買う」
「お兄さん」は一度、こちらに会釈してから男性の後をついていく。
並び立つ「お兄さん」の腰に男性の腕が巻き付いて、軽く引き寄せた。
あ、わかった。そういうご関係なんだ。
ドキッとする雰囲気というか、色気はそういうこと。誰かのものっていう独特の空気。
年上の男性がチラリとこっちを見る。多分、鼻で笑った。
「いいだろ、俺のもんだぞ」って。
こちらの気持ちに目敏く気づいたってことだ。こういうことが多いんだろうな。
気になる「お兄さん」のこと、結構好きだったんだと今更気づく。
もうちょっと前に声を掛けていたなら、何か変わっていただろうか。
仲良さそうな後姿を見送りながら、そんなことを考えていた。
END