誘い ドラルクは性欲が薄い。AVとか持ってるし、ないわけではないんだろうけどあまり発散している姿も見ることはなく。付き合い始めてから、何度か、こう……えっちはするようになった。けど、けれど、誘うのは、俺からばっかで……。
「(正直、誘うの苦手なんだよな……)」
気持ちいいことは好きだ。ドラ公と一緒に、するのも。ヒトの体温よりも低めなアイツに触れられて、心地いいし、一緒に居るだけで満たされるものはある。キスだって、その先だって、それは変わらない。でも、それを思ってるのが俺だけだったら? ドラ公は別に拒みはしない。拒まないけど、求めても来ないのだ。そこが少し不安というかなんというか。
「(あああもう女々しいな!?)」
パシャパシャと水面を叩く。揺らめく自分の顔が到底人に見せることが出来ないことを写していた。誘われたい。俺だけががっついていないってことを、知りたい。ドラルクに、求められたい。
どうすることもできないまま、いつでもできるように準備をするしか、俺には行動できないのだ。
*
風呂から上がって飯を食って。ジョンは眠いらしく早々に床についた。ドラルクは後片付けをしていて、俺はそれを眺めている。この空間に流れる音は、勢いのこもった水の音と、皿の交わる音。あとは下手くそな鼻歌くらい。音程もへったくれもない同じ音が、きっと曲を紡いでいるだろうリズムを繋いでいた。たとえ俺の知っている曲であったとしても何も伝わらないモールス信号。けれど、ドラルクは上機嫌だということは汲み取れた。
「ロナルドくん、どうしたの?」
「んあ、?」
「ずっとこっち見てるから。そんなに見つめられると穴開いちゃう」
「穴開く前に死んでんだろ」
「比喩も知らん5歳児〜〜」
「殺した」
手元にあったリモコンを投げて砂が宙に舞うのを見届ける。死ぬって分かってて煽ってくるやつが悪いだろ、俺は悪くない。ブツブツ文句言ってるのを横目に、何を悩んでいたんだとアホらしくなってくる。はあ、と熱い息を漏らして、熱を身体の外にと放出した。そんなのでは足りないと、わかっているのに。
「よいしょっと」
洗い物が終わったのか、エプロンを外して俺の隣に座る。なんの躊躇いもなく、くっ付いて座ってくるドラ公に胸が鳴る。触りたい。触ってほしい。ドッと鼓動が押し寄せ、汗が滲んだ。いつまでたっても慣れやしない、この距離。
「んふふ、ロナルドくん顔真っ赤」
「っ、るせ……!からかうなら寝るからな」
「えー?寝ちゃうの?せっかくふたりきりなのに」
ぎゅっと汗ばんだ手を握ってくる。体温の差に、ああドラルクに触れられてるんだと一発でわかる。それだけで脳は幸せ分子を生み出して、身体全体に送り出す。あつい。よけいに、触れる冷たさが際立つ。
これは、どうなんだろう。明確な言葉は存在していない。でも、これは、この雰囲気は、誘われてるのか? それとも、俺が誘うのを待ってるのか。やりたいのは、本心だ。そのために自分で準備も、したし。でも、わがままを言っていいなら、直接俺は、ドラルクに……。
「ドラ、る…く……っ」
「んー?」
「……ッ」
あくまで、俺から言わせたいみたいだ。こんなに、こんなに近くにいるんだから、少しくらい俺の心を読み取ってくれたっていいじゃん。そんな無茶を押し付けて、俺は何も言えなくなる。距離が近い。顔が近い。吐息のかかるほどに、そこに居る。なら、この鼓動の音も、思考も、なにもかも分かってくれよ。触れそうな唇を、追おうとはせずにただただ辛抱強く待つ。はやく、はやく。
「……ああもう、私の負けだ!」
そんな言葉と共にちゅ、という音が響き渡る。ぶわっと視界が明るくなって、赤い瞳孔が鮮明に映った。柔らかくて冷えた感触が、唇を挟み込んだ。負けた。勝った。勝負なんてしてないつもりだったけど、この目の前の男を負かして、行動させたことに胸が満たされる。唇をとんとん、と舌でノックされたから、仕方ないな、と迎え入れた。ぬる、と入ってくる予想よりも暖かなドラルクの舌。唾液が溢れでて、顎を伝う感覚すら気持ちいい。息を吸うのも忘れて、貪りつく。
「ん、ん…ふ、ぅ……ぅあ、んッ」
どこまでも伸びてくる温もりが、控えめに口蓋を突く。吸血鬼特有の長い舌が、俺の口の中をいっぱいに占領していて、けれど俺が嘔吐かないようにゆっくりと動き回った。酸欠でぼうっとしてくる脳。この時間が好きだ。
「ぁ…う…ッん!や、まっ…、ぁ!」
酸素を取り込む暇もないまま、ドラルクの指が俺の胸をまさぐった。かりかりとインナーの上からひっかくだけで快感を得れるくらいになってしまったのも、こいつのせいだと分からせてくるようで、顔が紅潮する。ピク、と腰が浮く。このままだと流されるように、きっと。
「な、まて…ッんぁ、ど、らこッ!」
「なに、いまさら、嫌なわけじゃ、無いでしょ……」
「や、じゃない…けど、嫌だ…ぁ!」
「……ん?」
どういう意味だろうという顔で見てくる。とりあえず手を止めてくれたのが幸いだった。息を整えて、脳に酸素を巡らせて、告げるかどうかを考えられるようにする。ドラルクは俺の言葉を待っているようだ。ここで逃げても、どうにもならなさそうなことを悟った。
「え……っと。俺と……やり、たい?」
「え、うん。当たり前だろう」
「じ、じゃあ、その……さ、……ッ」
「さ?」
「さ……そ、え…よ……」
「さそう」
不可解そうな顔で見んな。いちから説明するのも面倒くさいけど、これは伝わってない。でも言葉に表すのが恥ずかしくて、パクパクと口を開閉させることしかできなかった。音を取っても、意味の無い母音を伸ばしてその場しのぎにしてしまう。変だ。中断してまで言うことなんかじゃない。えっちする雰囲気もぶち壊してしまって、だんだん視界がぼやけてきた。何してんだ、俺。
「うー、ごめん、ごめん……おれ……その……っ」
「あーあー泣かないで…!こっちこそ不安にさせてしまってごめんよ……その、あまりにもかわいくて」
「かわ、いく……!?」
「君の言いたいこと、何となく分かったから……ちょっと待ってね」
んん、と咳払いをして座り直すドラルク。いや、改めてそんな今からやるぞ! を出されるとこっちも照れるというか。てか伝わってたのなら早くしろ、とか。色々言いたいことはあるのに、でも期待してお利口に待ってる自分がそこにいる。ふわ、と優しい笑顔を見せてくれたドラルク。手を取ってキスを……。
「痛ッ…!?なにし、て……」
「ん……はぁ、ねえ…ロナルドくん。今ね、私は空腹なんだ。食べられて、くれるよね?」
牙を立てられ、皮膚を裂かれて鮮血が流れる。赤い。赤い。血とおなじ瞳が、ギラリと光った。濡れきった舌で流れる赤をすくい取られる。血を、飲んでいる。ヒュ、と喉が鳴った。いや、怖くはない。俺は退治人だから、気圧されることはない。けれど、直感的に思ってしまった。
“食われる”。
「ああ、怯えないでくれ。愛しい子よ。しっかり愛して、溶かして、私しか見えないようにしてあげるから、こちらへおいで」
「ど、どら……るく……」
「んふふ、夜はまだまだ長いんだ、たっぷり楽しもうね……♡」