死の盗賊団主催・チキチキ★サウナ耐久戦! 「「…………」」
蒸気で白む室内に籠もる熱気。シンプルな木造の小屋に残ったのは2人の男だった。
片や、死の盗賊団首領―ブラッドリー・ベイン。
片や、死の盗賊団副首領―ネロ・ターナー。
絶対に負けられない戦いが今、始まる―――!
「いや~、やっぱボスとネロさんには敵わねえわ」
死の盗賊団の恒例行事・サウナ我慢比べにおいて3番手にまで上り詰めた男は、赤らんだ顔で小屋から出てきた。
この我慢比べはこれまで年数回不定期で行われてきたが、ブラッドリーとネロの一騎打ちの構図が崩れたことは―――、少なくとも死の盗賊団がこの体制になってからは無い。
アジトの中では子分たちによる今回の勝敗の賭けが行われている。
「戦績は」
「ボスが249勝237敗184分だとよ」
「それボスじゃなくてネロさんだってこないだ聞いたぜ」
「ばか言え、ネロさんのあの悔しそうな顔は逆だなっつう話になっただろうが」
「じゃあ合ってんのか」
「際どいなぁ…。よし、ボスにマナ石10個」
「ヒヨってんじゃねえぞ若造! 俺はネロにマナ石100だ」
「先に涼んできて良いんだぜ、ネロ」
「そういうてめえこそどうなんだよ、ブラッド」
最後に残った子分が部屋を去り、広くなったサウナ内で互いに煽り合う。双方とも既に汗だくで、全身をぬめりタコのように真っ赤にしていた。
好戦的で団を挙げて盛り上がる行事が大好きなブラッドリーはともかく、普段は進んで争わないネロまでもサウナ対決に興じるのには理由があった。
「俺様が勝ったら1週間肉料理な」
「上等だ。俺が勝ったら1週間、盛った分の野菜全部食えよ」
残しやがったら……、と続けたネロの目が鋭く光る。
そう、これは野菜嫌いのブラッドリーに苦心するネロにとっても負けられない戦いなのである。
2人はしばらく無言のまま、むわっとした熱気の中で腿に手を添えてじっとしていた。壁では振り子時計の振り子が揺れる。これはある貴族の屋敷で盗んだ品の中にあった、からくりの本場・東の国の逸品だ。装飾や意匠だけでも美しいが時計としても非常に優秀で、北の国の極寒やこの熱気の中でもほぼ狂いなく時を刻んでいる。
チッチッと細かい音とカチッと針が進む音。サウナは自分との戦いだが、他の奴がいるならまだしも相棒と2人きりなのにお互い一言も交わさないというのも不自然だ。何より、
「「…………暇だ」」
ブラッドリーとネロは同時に同じ言葉を発した。2人ともじっとしていられない質ではないし、子分の生き残りがまだいたときは次の盗みの段取りだの食料の買い出しだの頭の中で考えることくらいいくらでもあって集中していた。しかし、いざ2人だけになるとお互いのことを気にしてそぞろになってしまうのである。
ブラッドリーはネロを盗み見た。全身から汗が吹き出ていて、真っ赤で、まるで――
「何だよ」
ネロが視線を鬱陶しがるようにブラッドリーを睨む。隠すのも野暮なので正直に伝えてやった。
「ヤってるときのてめえみてえだなって思っただけだ」
「…………な、~~~~!!」
ネロが赤い顔をさらに上気させて何かわからないことをもにょもにょ言いながらブラッドリーの頭をべしっと叩いた。痛いけど可愛くておっかねえ、とブラッドリーは思う。そのまま隣のネロの方へ1人分座る場所をずらすと、ネロも逃げるように座る場所をずらした。ブラッドリーの思惑を察したようだ。
「やらねえ、絶対やらねえ」
「落ちたら外まで運んでやるよ」
「そういう問題じゃねえ!」
そんな会話をしながらブラッドリーが追い、ネロが逃げる攻防が続いたが、いよいよネロがサウナの隅に追いやられてしまった。壁に手をついたブラッドリーに囲われながらも低い声で警告する。
「…無理やりやったら一生肉は出ねえと思え」
ブラッドリーはおっかねえな、と言いながら、ネロの手に軽く指を絡めてから上腕までをするりと撫でる。ブラッドリーとて無理やり犯して男性としての欲を満たしたいわけではないのだ。うまくやれば絆されてくれるかもしれない。
「おいっ」
「触れてるだけなんだから文句ねえだろ?」
「っ、」
ネロは言い返さずにただ顔を背ける。
ネロはネロで、この状況に、というか今のブラッドリーを見て思うところがないこともない。ネロが隅でへたり込んだまま囲い込まれている今の態勢だと尚更、情事のときの視界が脳裏をちらついて居たたまれなくなってしまうのだ。
ブラッドリーの手が腹筋をたどって中心に手を伸ばそうとしたそのとき、ネロはブラッドリーの手首をガシッと掴んだ。
「………たら」
「ん?」
「…抱きたかったら、勝てよ」
ネロはブラッドリーを上目遣いに、しかし挑戦的に見る。その瞳がサウナの熱と思い出させた欲で揺らいでいるだけでも、湧いた欲を刺激された。
「上等だ」
ブラッドリーはそう答えてやっと元の態勢に戻った。
………ネロが勝っても負けても結局抱かれるハメになるのは別の話。
◇
サウナ我慢比べが始まってから3時間後。
小屋の扉がばんっ!!と開き、出てきたのは――白黒のツートンカラーだった。
「ボスだ! …ネロが勝ったぞ!」
扉の音に外を覗いた子分がアジトの中へ向かって声を上げた。喜びと悲嘆が混じった歓声がアジトを満たす。賭けの会場となった大部屋ではマナ石やら金銀財宝やらがあちらこちらへ飛び交った。
「チッ……クソ」
ブラッドリーは舌打ちして悪態をつくと、そのまま雪上へ倒れ込んだ。アジトから走ってきた子分――救護班がブラッドリーに獣皮製の水筒とタオルと毛布を手渡し、小屋から少し離れた場所にブラッドリーを誘導する。
「………勝った…」
程なくして出てきたネロは先程までブラッドリーが埋まっていた場所へ、ブラッドリーと全く同じ体勢で雪に埋もれた。
◇
「救護班ナイス」
腕だけ伸ばして物資を受け取る盗賊団のツートップをアジトの窓から見ていた子分はつぶやいた。
救護班は行事に参加しない団員を中心にくじ引きで編成される行事の日だけの組織で、普段の仕事での怪我を癒す医療班とは全く別の組織である。主な仕事はサウナから出てきた者の保護、移動、水分補給だ。数年前の夏のサウナ我慢比べで白熱しすぎた首領と副首領がサウナの外で力尽きて折り重なる事故が発生し、さらに2人ともが脱水症状で軽く石になりかけてからは、他の行事でも開催前に必ず組織されるようになった。
あのときほどではないにしろ、限界まで粘った彼らは溶け落ちたアイスクリームのように汗にまみれてどろどろだ。いつも気高いボスと優しくてつまみ食いに厳しいネロさんのあんな姿を見られる機会はそう多くはない。
「はは! 何度見ても酷え光景!」
一緒にいた幹部の一人は心底楽しげに豪快に笑った。
「倒れるまでやるもんじゃねえな…」
「違いねえ」
ネロの呟きにブラッドリーが同意し、雪上で力なく笑い合う。アジトの外まで響く子分どもの悲喜こもごもな阿鼻叫喚を聞きながら火照った身体を冷やした。
次の食事から、ブラッドリーの前には皿に山盛りの野菜があったとか。