職人とチャグチャグ馬コ2016年6月11日
「そいつ」は俺の営む土産屋の工房内に突如顕現した。
誰もいない工房の作業台に突っ伏すように眠っていたのを発見した。しっかり施錠していた部屋にいきなり現れたんだ、流石に恐怖を感じたね。
おそるおそる近づいて、半ば捕獲するように持ち上げると、そいつはようやく目を覚まして呑気に大あくびをしてこう言った。
「…おはよう、いい馬コだな」
それが最初の出会いだった。
岩手県某所 擬人化の研究所にて
「その子は擬人化ですね。チャグチャグ馬コの」
「はあ、やっぱり。チャグチャグ馬コの」
「しかも民芸品の方です。岩手らしいですねぇ」
研究所の職員がすぐに教えてくれた。
俺は傍らに立つ小さな子ども…チャグチャグ馬コに改めて目をやった。馬の耳としっぽが生えていて、頭には色鮮やかな装飾がついている。納得だ。それにしてもマジで擬人化って何でもなるんだな。
「知人から擬人化専門の研究所があるって聞いて来たんです。役所のようなものだって…」
「ええ。戸籍の登録も行っています。基本的にはこちらでお預かりして、ある程度人間社会で生きていけるように教育やサポートをしています」
研究所の職員はそう説明してくれた。
本来ならチャグチャグ馬コとはここでお別れだったのだろう。だが俺は当時何を思ったのか「…あの、この子ウチで面倒みることってできるんですか?」
そう問うていた。
何とも不思議な縁だ。チャグチャグ馬コ職人の家にチャグチャグ馬コの擬人化が現れるなんてな。ただの偶然では無い気がしたんだ。
しばらくは定期的に研究所で検査や生活するための訓練に協力することを条件とし、俺はチャグチャグ馬コを家族として迎え入れることにした。
終始大人しくしていたチャグチャグ馬コに目線を合わせ、「…お前さえよければ、うちに来ないか?」と尋ねた。
「うん、あすこさ居心地よがったからなぁ」
驚くほどあっさりした二つ返事だったのを覚えている。しかも見事に訛っていた。
「今日から家族の一員になるチャグチャグ馬コだ。お前の弟だ」
家に戻ると留守番をさせてた俺の長男坊に早速チャグチャグ馬コを会わせた。
「おとうと?ぼくの?」
ありがたいことに長男坊は好意的だった。お互い興味津々といった感じで観察しあっていた。
「え?まさかとーちゃんが作ってるやつ?」
「んだ、民芸品の馬コだ。世話になるべ、よろしくなぁ」
「よろしく~!ねぇとーちゃん、チャグチャグ馬コっていっぱいあるじゃん?この子だけの名前あった方がよくない?」
と我が息子ながらやけに気の利いたことを提案してきた。
それなりに悩み、後にチャグチャグ馬コを「癒駒 鈴鳴(いこま すずなり)」と命名した。癒駒は俺の姓。チャグチャグ馬コのチャグチャグは鈴の音を表すので鈴鳴、といった具合だ。
鈴鳴は「いこますずなり…名前、ありがとうな、大切にする」と笑って喜んでくれた。
長男坊も「鈴鳴…スズ!」と早速愛称で呼んでいる。
長男坊には訳あって母親のいない家庭で、オレが仕事してる間は寂しい思いをさせてしまっていた。鈴鳴がいれば少しでもそんな思いをしなくて済むのではないか…とも考えたんだ。
鈴鳴は俺たちをそれこそ馬のような優しい眼差しで見つめていた。
それから色々あって野球選手になった訳だがその経緯はまたの機会に。「選手の怪我をその場で治したいから野球選手になる」…訳分からんだろう?
うちのスズはとにかく人間くさくて優しい大切な俺の息子だ。どこかで見かけたらよろしくな。話、聞いてくれてありがとう。うちの店、「まほろば」っていうんだ。シーズンオフ中は鈴鳴も店にいること多いからよかったら会いに来てくれよな。
~おわり~