泡に消える。 案外、自分の終わりというのは早いものだった。
以前ならば歩けていた場所が歩けなくなったり身体が痛んだり。そんなこんなで調べてみたらあっさりと病に冒されていて生きているのが不思議なくらいの惨状だなどと言われた。
身体は痛いけれどまぁ、戦う時の方が痛いことは多いし些細なものだった。そのせいか発見も遅れていたようでいつ終わるかもわからない身体なのだと宣告される。
実感がないけれど何もしなくてもジワリジワリと痛む身体に少しだけ頭が追いついた。
「なにを、しよう」
終わりを知って、自分が何をした方がいいのか、何をすべきなのか、何がやりたかったのかを考える。
たくさんの行きたい場所が、会いたい人が、やりたい事が浮かんでは消えて、そうして最後に行き着く想い。
「…うん」
ありったけの物を集めて、私は其処へ行く事を決めた。
たくさんの人が行き交う道を小さくひっそりと歩く。自分という存在がどう思われているのかはわからないけれど、声を掛けられないのならば幸いだ。残された時間は短い。
第一世界の海底、冥き水底で訪れたことのあるその場所と全く変わらない、美しい都市だった。
「……カピトル、議事堂…」
最後の望み。自分の世界は救われたから、それならばここで別の分岐を作れたならば。叶うかもわからない願いを抱いて、持てるだけの物を、エーテルをかき集めて、終末が起きる前の1万2千年前に転移をした。場所はアーモロート。出会えるかもわからないけれど、ここで、誰かに出会えたならば、もしかしたら。
「、……、ぅ、……」
全身を刺すような痛みが襲う。ここに来るために色々無理をしたのが祟ったらしく、いよいよ残り時間が少ない。まだだ、まだ、誰にも、出会ってもいないで還るわけにはいかない。ずりずりと体を引きずるように足を持ち上げて、カピトル議事堂を目指して進む。以前エルピスを訪れた時の効力なのか、エメトセルクの補強が残ってくれているのかははわからないけれど、幸いにも自分の身体のサイズはエルピスと同じだった。はやく、はやく、消えて無くなる前に。一段一段、階段を登る。息が上る。苦しい。嫌だ、まだ死にたくない。
「全く、いい加減にしろ! なんだこの報告書は!!」
聞き覚えのある声に、心臓が高鳴った。手が、震える。
「ふ、ふふ、まぁ、そんなに怒らなくても…ふふっ」
必死に足を動かした。あの人達が、生きているあの人達がそこにいる。もしかしたら、話ができるかもしれない。
「ま、まぁ、大した事態にはならずに済んだから、この部分をもっと詳細に書けば」
「甘やかすなファダニエル!!」
その声を、呼ばれた名を聞いて足が止まった。頭が真っ白になる。いや、確かに、会う事を期待はしたのだ。でも、本当に会えるとは思っていなかった。そっとカピトル議事堂の入り口前、集まる四人を見つめる。赤い仮面と白い仮面が並び、仲が良さそうに会話をしている。
「やー割と今回真面目に書いた方なんだけどな。駄目?」
「ど・こ・が・だ!! それに一枚謎の走り書きが挟まっているじゃないか!! 提出前に整理すらしていないのか!」
「これは…この間魔法生物のイデア出しに来てた人と話した造名案のメモだわ」
「みせてみせ、っ、ひっ…!! なんだいこれっ、ふ、ふはははは」
「ヒュトロダエウス!!!」
「エメトセルク、どうか落ち着いて…アゼム、自分としてもこの辺りを詳しく知りたいので追記をしてもらえるだろうか?」
「そうか、ファダニエルに必要なら加筆してくるよ」
「…ありがとう」
「全く、いつになったら一人でまともな報告書を作成できるんだお前は…真面目にやればそれなりの物が仕上がるのにどうしてこう…」
「褒めてくれてありがとう〜」
「褒めてない!!」
ぼんやりと四人の会話を見守っているけれど、どうにも、苦しくて座り込む。
初めてアゼムを見た。なんとなく、どんな人なのかは話を聞いて想像していたけれど、こうしてほんの少し見るだけでよく理解できた。とても愛されている人なのだと。
会話の内容はほぼ叱責だが、エメトセルクもヒュロトダエウスもアゼムを大切に想っていることが理解できた。そして、ファダニエルも。ここでは皆がフードをかぶり仮面をつけているので詳細な表情はわからないけれど、それでも理解できた。その感情がどれほど深いかまではわからないけれど。
「…いたい……」
身体も胸の奥も何もかもが痛い。
それでも自分の痛みは殺して、せめて、少しだけでいい、話がしたい。
「まともな報告書が仕上がるまで議事堂に戻ってくるな」
「……はーい………」
一人が取り残されて三人が議事堂の中へと入っていった。残ったのはアゼムだと理解して急ぎ立ち上がる。
「……アゼム……」
議事堂を去ろうとした後ろ姿に声を掛けた。ゆっくりと振り返る赤い仮面の人。
「きみ、」
アゼムは背の低い自分を見下ろして首を傾げた。よかった、気づいてもらえたのだと理解する。
「もしかして、“アゼムの使い魔”?」
その言葉に胸が大きく音を鳴らした。それはかつてエルピスで動き回った際、自分が名乗った肩書きだったのだから。それを知っているということはもしかして彼女は。その問いかけに頷いて、言葉を返す。
「…ヴェーネスから聞いていますか?」
「そうか…君が……うん、師匠からはエルピスでの事を聞いている。でも、どうしてここに?」
話が早くて助かった。安心したら身体の痛みを思い出す。体が崩れる前に、エルピスから戻った後の話を伝え、終末を退けた話を彼女に伝える。
「私の世界は救われたから、この時代もできるのならば救われて別の分岐へと歩みだしてほしかった」
目を伏せてそう呟けばアゼムはそっと自分の頭を撫でた。
「…ありがとう。でも、それだけ? きみが良いのなら、君のここまでやってきた本当の願いを聞かせてほしい」
ああ、きっと彼女は、自分の時間がもう僅かな事を理解しているのだろう。まぁ、エーテルの量や質としてもボロボロなのだ。きっと彼女でなくても一目でわかってしまうのかもしれない。
「ヘルメスが、メーティオンに…花を届けて欲しかった」
私の心残りを吐き出した。
「二人が約束をしていて、それは、私じゃ駄目だった。ヘルメスが届けなきゃいけなかった。だから、私は」
それが叶うのかはわからないけれど、そして叶ったとしてもその様は私は見ることはできないけれど。
全てが終わってから理解してしまった愛情。どうにも自分は、あの人を愛していたようで、それを知ったのは旅を終えてからだった。
「そう、そうか…ファダニエルは……君を、」
何かを納得したように呟くアゼムに首を傾げる。けれども先ほどの彼らを見てわかったのだ。ファダニエル、ヘルメスは、アゼムを慕っているのだと。エルピスではどこか寂しそうな顔と声色で過ごしていた彼が、アゼムと話をしているときはとても嬉しそうだった。詰まる所、そういう事だ。
「どうか、この時代に訪れる終末を退けて。きっと、あなたなら、糸口を見つけられる」
アゼムの手を握り、そう伝える。私は伝えることしか、もうできないけれど、それでもこの出会いで何かが変わるのならば。
「君の願いも受け取ったから、絶対に成し遂げてみせる」
全く知らない、初対面の人なのに、どうにも私とこの人は似ているように思った。そう、アルバートと出会った時のような、安心するような、奇妙な気持ち。
「絶望に、負けないで」
アゼムと別れて、ふらふらと路をあるく。身体が痛い。もう目的も果たした。こんなに痛いのならいっそ早く終わってくれないだろうかと思うほど。マカレンサス広場なら寝転んで休んでも何も言われないだろうとそこを目指して足を進めるけれど、どうにも足が進まない。胸が痛い。
ほんの少しだけ見ることができたけれど、もう、あの人の中には自分はいない。あの日、花の色を変えてありがとうと笑ってくれたことも、全て、何もかも消え去って。
「………い、た………」
苦しくて、耐えきれなくて路の端に座り込んだ。寂しくて、虚しくて、せめて元の世界に戻る力や方法を残せばよかったと後悔する。それでも、元の世界で死んでも、下手に死体を悪用されたくなかったし、これでよかったのだと言い聞かせる。一人で死ぬのは、思っていたよりも、寂しい。
「……ぁー………つら………」
どくどくと音を立てる心臓。まだ動いている。いつ止まるかもわからないけれど、あと少し、広場にたどり着くまでは、動いて欲しかった。
「きみ、大丈夫だろうか?」
突然背後からかけられた声に耳を疑う。
「きみ、は、使い魔? 主人は近くにいるのかい?」
手が、震える。振り返りたくない。死の間際に見る夢かもしれない。自分に都合のいい夢。
「……いいん、です。もう、わたしは、還る、から…だから…」
話がしたい。ううん、話なんてしたくない。声が聞きたい、いやだ、苦しくなるだけだ。矛盾した想いが溢れていく。
「ごめん、なさ、広場まで…連れていって、くれますか」
振り返り、背後から声をかけてきた赤い仮面の人に懇願する。
最後くらい好きな人の傍で終わる事を許してほしい。