浮奇ヴィオレタは猫だ。
室内で飼われているような従順な猫じゃない。
野良猫の方のな。
たまにいるだろ?野良猫でも甘えるのが上手い奴。自分の居心地の良い所を作っては、その中を転々として一定の場所にとどまろうとしない奴。
それが浮奇。
あの見た目にあの色気、優しい声で誉められて、上目遣いで甘えられてみろ。男はすぐに落ちる。俺もその一人だ。
あいつが俺以外の男とも寝ているのは知っている。俺にそれを咎める権利はない。あいつは俺だけのモノじゃないからな。
ファルガー・オーヴィドは俺の家だ。
寂しさを埋めて欲しくて、ふらっと立ち寄ったバーにたまたまいた男。話しかけた時は素っ気なくてそこが気に入った。そういう人を落とすのってゲームみたいで楽しくない?俺の視線や言動で相手の壁が崩れたら攻略成功。あとはどこでヤるかを決めるだけ。
ホテルに着いて、はじめに聞かれたのが「お前はどっちがしたいんだ?」だった。
あの容姿、全身でtopオーラ出してる男がbottomもするんだって!俺はこの人がどんなふうに乱れるのか想像しただけで勃った。童貞も処女もとっくに捨てたこの俺が。その時は有無を云わさず押し倒してた。
フォルガーを抱いた時は、澄ましていたあの顔がよがり狂う姿に高揚感が高まり、最高だった。
その後、連絡先を交換して何度か会うようにはなったけどお互い縛り合うことも無く自由に過ごしていた。
フォルガーの事も名前で呼ぶのが堅苦しくて、今では”ふーふーちゃん”呼びにしている。
ふーふーちゃんは寡黙で自分のテリトリーに人を寄せ付けないそんな雰囲気だったと思っていたら、よく喋りどんなジャンルの話を振っても話題がつきない。お酒も作れると知ってからは彼の家で飲む事が多くなった。それに伴い、酔ってそのまま潰れてもいいように俺の着替えや歯ブラシ、スキンケア用品も彼の部屋に置くようになった。
最近は自分の家より、彼の家のベッドで寝ている方が落ち着く事に気付いた。なのに彼は俺を自分のもののようには扱わない。前までは囲われるのなんて絶対無理だと思っていたのに、自由にさせてくれることが凄く歯痒い。
ーーーー
「チッ、いった…。思いっきり平手打ちしやがって、自分の男取られたくなかったらちゃんと縄つけとけよ」
触れるとヒリヒリと痛む頬を撫でながら先程の事を思い出す。
気になって声を掛けた男。初な反応が楽しくて何度か遊んでいるうちに部屋に呼ばれて遊びに行ったら恋人がいて修羅場になった。
前はよくあったけど何かこんなん久しぶり……………、はぁ、早く帰ろ。
ポケットに入っていたスマホを取り出しメッセージアプリを開くと、一番上にある名前の彼に”今から帰る”と書き込み送信した。
PCでいつものゲームをしている時にメッセージが届いた。”今から帰る”の短い文。
一緒に遊んでいた仲間に今のラウンドが終わったら
落ちる事を伝え猫の帰りを待つ。
”帰る”か……………。
ーーーーピンポーン
「おかえり、ってどうしたんだその顔」
玄関を開け浮奇を出迎えると、頬を腫らし不貞腐れた顔で立っていた。
「別に…………、」
そこから先は話す気が無いらしく口を開こうとはしなかった。
「はぁ〜、とりあえず入って座ってろ。冷やすもの持ってくる」
キッチンに向かい冷凍庫から氷を取り出し適当な袋に入れタオルに包む。
浮奇はリビングにあるソファにどかりと座り背もたれに頭を預けていた。
「ほら、これで冷やせ」
持っていた氷入りタオルを浮奇の頬に当て俺も隣に腰掛ける。
浮奇は視線を逸らしたままずっと黙り。
「なぁ、浮奇。あまり危なっかしい事はするな。あと、怪我と病気だけは気を付けろよ」
何かあった時に傷付くのはお前なんだぞ。自分を大事にしてくれ。
「怪我は気を付けるけど、病気は別にふーふーちゃんが持ってなきゃ問題ないんじゃない?」
「ん?」
「最近は他の人と遊ぶ事はあっても寝てはいないから」
浮奇はさらりと答えた。
「ねぇ、ふーふーちゃん?ここの部屋俺が暮らせるくらい俺のものあるんよね?」
そういえばいつからか浮奇が家に入り浸るようになっていた。クローゼットには浮奇の服、食器棚には浮奇の食器、洗面所には浮奇の歯ブラシに俺は使わないスキンケア用品、浴室には浮奇のお気に入りのシャンプーにトリートメント。
家中に溢れかえる浮奇のもの。
「俺はふーふーちゃんの腕の中で眠るのが一番落ち着くんだけど?」
俺も隣で寝ている浮奇の柔らかい髪を撫でていると安心する。
「ねぇ?この現状見て。もう俺ふーふーちゃんに飼われてると思わない?いつまで放し飼いにしているつもり?心配するくらいなら閉じ込めといてよ」
俺が浮奇をちゃんと見ていなかっただけで、浮奇は俺を寄り処にしてくれていたんだな。
「あぁそうだな。家の中に浮奇のものが多すぎて他の奴も連れ込めないし、…」
「はぁ?他に男を連れ込むつもりあったの?許さない」
そんな刃物でも持ち出して来そうな怖い顔で睨まないでくれ。
「今はお前で手一杯だからそんな余裕はない」
「そっか、物足りないようなら言ってね、他の男なんて目に入らないくらいに満たしてあげるから♪」
「程々で頼む」
俺はとんでもなく厄介な猫に気に入られてしまったようだ。