炬燵 だだっ広い面堂邸のリビングに、これまた馬鹿みたいにでかい炬燵。長方形タイプの炬燵は特注で、優に二十人は入れそうだった。
「無駄に広い炬燵じゃな」
小さくぼやきつつ、端っこのスペースに座り込むと、およそ五メートルは離れた対面に座る面堂が勝ち誇ったように笑う。
「大は小を兼ねると言うだろ。ところで貴様は何しに来たんだ」
「何って、暖を取りにだよ」
寒いだろ、外。窓のほうを顎でしゃくり、また視線を戻す。炬燵の中は温かくて、冷えた足先に体温が沁みとおっていく感覚がした。今にも夢の世界に落ちてしまいそうだ。
「ったく、どこから入ったんだ」
今度は面堂がぼやく。
「門からに決まっとろ」
「門からぁ?」
「若のお友達じゃないですかあ、とそれはもうあっさりと」
これこそまさしく「正々堂々」。門での出来事を掻い摘んで話せば、面堂が目を吊り上げて怒ったので笑えた。主人が主人なら門番も抜けてるな、と言えば喧嘩に発展することは明白だったので、すんでのところで抑える。別に今日は、喧嘩がしたいわけではない。
「それにしても、きみは年の瀬まで神出鬼没なやつだな」
「そういうお前も、たいがいだぞ」
面堂邸のリビングは暖房が効いて快適だったが、足もとがぬくい分、むき出しの背中が寒い。愛用のどてらを持ってくれば良かった、などと臆面もなく思っていると、視線を感じた。真正面から、じっとりと射抜くようなやつ。
「なに見とるんじゃ」
「貴様、本当は何しに来たんだ?」
「だから、暖を取りにだって言ったろ」
こんなに寒いのだ。だから温めてくれよ。芯から。
そこまで思ってから、急に人肌が恋しくなった。広すぎるあまり、触れられない距離にいるのが憎い。しまった、なんて少し後悔するくらい。遠くに座りすぎたな、なんて存外素直に思うほど。二人以外誰もいないリビングで、わざわざこんなに離れた場所を選ぶ必要はなかったかもしれない。テーブルに突っ伏して右頬をつけながら「背中が寒い」と囁くと、面堂が眉を顰めた。
「ん? なんて言った?」
「………別に」
「別にって、いま確かに何かを言っただろ」
もう一度言え、と剣呑な態度で、とても的外れなことを言われているような気分になった。落胆と呼ぶには腑に落ちない複雑な感情を抱きつつ、同じ台詞を呟いたところで、この鈍感な男には伝わらないだろうと投げやりになる。
「…って、言ったんじゃ」
「ん?」
「…だから、背中が寒いって言ったんじゃ」
伝わらないとは分かっていても、暗に近くへ来いと言っている自覚はあるので、照れるには照れる。動揺を悟られたくなかったので顔を突っ伏したまま、炬燵のなかで足をばたばたとさせていると、面堂に名前を呼ばれた。
「諸星」
「なんだよ」
「貴様はほんとに、いちいち分かりにくい言い方をするな」
「なんの話じゃ」
「…だから、その…」
気恥ずかしそうに面堂の瞳があちらこちらへ泳いでいる。そういう顔もするんだなあ、と感心めいた気持ちのままに、切羽詰まっていく声と表情を満更でもない気持ちで盗み見る。面堂が唇を噛み締めて、それはそれは悔しそうな表情で意を決したように口を開く。
「…そっちへ行くから大人しく待っていろ」
有無を言わさぬ声色に、ちょっとだけどきっとした。
「なんで?」
「なんでって…」
貴様が言ったんだろ、背中が寒いって。面堂が頬を赤くしながら言う。そんな顔で近付かれたら、逃げたくなるって分からんかな。お前とおれの仲だろう?
「お前が炬燵から出たら、おれも出てやるからな」
「は?」
「お前が出たら、おれも出ちゃる」
「あほか、意地を張るな」
会話が途切れて、じりじりとした焦れったい睨み合いが続く。別に意地を張っているつもりは更々なかった。今日に限って言えば。
「…じゃあ、おれがそっちへ行ってやるって言ったらどうする?」
暫しの沈黙ののち、あたるが提案をすると、面堂の目がみるみるうちに見開いていった。失礼にも、熱でもあるんじゃないか、と心配もとい馬鹿にされた。
「安心しろ。いたって健康じゃ」
「では、にせものか?」
「あほ言え」
面堂は信じられないものでも見るような面持ちであたるを見ていた。そこまで信用がないのも考え物だな。来年は少しくらい素直になってやっても良いかもしれない。なんて、おそらくすぐには難しいけれど。
「…信じられないなら、触れて確かめれば良いだろ」
近くに来たら分かるんじゃないか、おれがほんものだって。ぺたぺたと素肌に触れてまわって。呼吸がくすぐったい距離で囁けば、きっと。突っ伏していた顔を起こし、テーブルに頬杖をつくと、赤面した面堂と目が合った。
「なんちゅう顔しとんじゃ」
「…いや、だって」
待ってて良いのか、と嬉しさを噛み締めるように尋ねてくるので、胸の奥がぼっと熱くなる。年末出血大サービスじゃ、と軽口で返して立ち上がった。
このまま逃げたらさすがに面堂は怒るだろうな、と思うと、それはそれで楽しそうだが、今日は芯から温めて欲しいので、仕方なくその長い腕に捕まってやる。