世界で一番かわいいよ!ドラルクは自分のことを世界一かわいいと思っている。客観的に見ても。
想像の中のゴリラが目ン玉腐ってんのか自意識過剰おじさん視神経まで腐り落ちて死ねとドン引き面をしたので、まあ早まるなと想像上で手を上げる。
ドラルクは自分がわかっている。ドラルクは確かにハンサムだが、痩せぎすの体や眠たげで不健康に見える顔立ちは世間一般のキュートからは離れている。それでも世界一のかわいいに名乗りを上げられるのは、ドラルクの立ち居振る舞いに並外れた愛嬌があるからだと自負している。
ドラルクは相手の目をじっと見て話すのが苦ではない。おしゃべりは好きだし、よく笑う方だと思う。ニコリと上品に微笑むのから、砕けた調子で大きく笑い声を上げるのまで好きだ。楽しいことが好きだし、それを他のものと共有するのも好き。パーソナルスペースは狭いから、肩が触れるほど近づいてもまったく気にしない。しかしジェントルなので、それを嫌がる相手にはしっかり距離を置いて接することもできる。
二百年生きているだけあって博識だから、大抵の話題には乗ることが出来る。しかも年だけ重ねた石頭とは違って、柔軟に流行や人間社会の変化に適応できている。なんて知的でキュートなのだ! 残念ながら吸血鬼らしいパワーとは縁遠いが、だからなんだ。ドラルクは料理が上手いし、ゲームが上手いし、歌も絵もピアノも個性的で上手い。宝くじレベルの成功率しかない変身が唯一の能力だって、ドラルクはドラルクであるだけで愛されて然るべきだ。
そう、長々と話したが本題はそこだ。ドラルクはドラルクであるだけで愛されて然るべき。確かににじみ出る愛嬌は周囲の者を魅了して止まないが、たとえクソゲーの苦行にキレ散らかしておファックですわと中指を立てていようがドラルクはかわいい。
「つまりねぇ、君がそうしてかわいい私のことを好きになっちゃうのも自然の摂理。当然の帰結。当たり前のことなんだよ。だからそんなこの世の終わりみたいに泣かないで」
何がつまりなんだよバカ、としゃくり泣きをするかわいい人間を正面から抱きしめて頭を撫でる。途端にかわいい人間はひゅぐ、と息を呑んで頬をリンゴのようにした。おやまあ、ひょっとしたら、万が一だが。ドラルクの胸に浮足立つような危惧が宿る。もしかしたら生まれてこの方世界のかわいいチャート一位を独占してきたドラルクの座は、今まさにこの人間におびやかされているのかもしれない。
「受けて立とうではないか!」
「だから何の話だよお」
ドラルクは上機嫌に銀の髪に指を通した。するとロナルドは益々顔を赤くして縮こまり、唸り声を上げる。なるほど強敵だ。しかしドラルクもこのかわいいバトルに負けるわけにはいかない。今まさにできたかわいい恋人のためにも、正々堂々世界一かわいい吸血鬼でありつづける所存である。
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ロナルドの目玉はたぶん腐っている。同居人のすぐ死ぬクソザコおじさんがかわいく見えるからだ。
想像の中のドラルクがプーッ若造そんなにドラちゃんのことが好きなんでちゅかぁ?と煽り出したので、想像上で一度殺した。真実がいつも吸血鬼を救うとは限らない。
そう、ドラルクはただのガリガリのおじさんだ。古臭い黒装束も三下の悪役みたいな人相も、かわいいという言葉にはまるっきり見合わない。でもドラルクは、エプロンをつけたままダイニングテーブルの向こうに座って、美味い飯にがっついてるロナルドに「そんなに急がなくてもご飯は逃げないよ」なんて優しく、からかうみたいに、目をまっすぐ見て笑ったりするのだ。そんなのもう、ずるい。恋愛経験ゼロの童貞が即落ちするのは仕方ないことだった。
ついにロナルドは気持ちに耐えられなくなって告白した。すぐに言ってしまったと後悔し泣き出したロナルドをなだめ、泣かないでと言った甘い声もドラルクはかわいかった。初めてキスした日の、動揺するロナルドをからかいながら宥める姿もかわいかった。
そして今日、初めて体を重ねた夜。オレンジ色に絞られた照明を背負い、珍しく頬を上気させまぶしげに「ロナルド君、好きだよ」と囁く顔もとびきりかわいかった。
ロナルドは飛び出るんじゃないかと心配な心臓を胸に押し込めるためにも、必死でドラルクの背中に腕を回していたのだ。合わせた胸の向こう側でもトクトク心臓が早鐘を打っていてたまらなくなったロナルドが泣き出すと、「痛い? 大丈夫?」と勘違いして身を離そうとしたので、慌てて「お前がかわいすぎるから」と答えた。ドラルクは噴き出して「なにそれ、今気づいたの?」と子供のように笑った。それがロナルド記録史上、一番攻撃力の高かったドラルクのかわいい瞬間である。
「ロナルド君、起きてる?」
言葉に従い薄目を開ける。間接照明だけの薄暗い部屋だ。だだっ広いベッドで、ペラペラのバスローブ姿のドラルクが上体を起こしている。降りた前髪の間から、まどろみを帯びた目がやわらかくロナルドを見ていた。
「そろそろ夜明けだ。いっそ次の夜まで延長しちゃうか?」
「……だめだ。事務所、休業、今日だけ」
「あと一時間ないぞ。あ、」
ドラルクは声を上げると、ふっと目を細めた。枕に伏せていた方のロナルドの頬を、マニキュアを落とした指先でちょんとつつく。
「痕ついてる。ふふ、かわいい」
記録更新すんな、と枕に顔を埋めて絞り出すように抗議したロナルドを見て、世界一かわいい恋人は何の話だよと眠たげに笑っていた。