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    sirokuma594

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    sirokuma594

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    自称桜のように儚い吸血鬼が、同居人を攫うまでの話。付き合っていないしCP要素は薄め。

    #ドラロナ
    drarona

    花の色は移りけり吸血鬼は桜の花も食べられる。
    薔薇と同じでろくな栄養も味もないが、一応は食べ物の分類だ。
    だからもし人里離れた山奥で桜を食んでいる空腹の吸血鬼がいたら、人ひとりくらいはペロリと食べてしまうだろう。桜の下には魔物が棲む、桜が人を惑わせ攫うといったイメージは、そこから来たのではないかというのがドラルクの考えだ。
    幽霊の正体見たり枯れ尾花。桜の持つ神秘的なイメージも、元をたどればその程度のタネなのだろう。




    「我が名は吸血鬼『お前が桜に攫われそうで……』! かつて鉄板だったシチュエーションよ、今一度復権を」
    「ラァ!」

    鶴見川 夜空に桜花と吸血鬼。
    川の向こうへと吹き飛んでいく高等吸血鬼を眺めてから、ドラルクはそれを吹き飛ばした男へ視線を戻す。
    赤い退治人衣装は、夜の河川敷にもよく目立つ。ロナルドは拳を振り抜いた姿勢のまま止まっていた。良く言えば投球後のピッチャー。悪く言えば威嚇のために動き出したマウンテンゴリラの体勢だ。不機嫌にしかめられた顔も合わせれば、ややゴリラに軍配が上がる。
    ロナルドがそんな威嚇姿勢のまま止まっている理由は明白だ。彼の周りにだけ、桜の花びらが纏わりつくように吹き荒れているからだった。

    「どう?攫われそうか?」
    「んな訳ねぇだろタコ。ああクソ、これ全然取れねぇな」
    「能力だけ後に引くタイプだったのかもな」

    まっすぐ姿勢を戻したロナルドは、鬱陶しげに顔の前を手で払う。しかし花びらが減ることはない。ピシピシと手袋に当たる音を聞いていると、それなりの勢いの花嵐になっているようだ。

    「なあロナルド君、ちょっとその中に手突っ込んでみていい?」
    「やめとけよ、それで死んだら俺が砂つぶて喰らうことになるだろ」
    「だからやってみたいんだけど」
    「クソ砂ァ!!」
    「ハハーン、その手で殴らないくらいの知性はあるみたいだなロナゴリ君。次は台の上に乗ってバナナ取る実験でもしまちょうか~?」
    「ォボォオオ!!!!」
    「やだぁ、何してるのかしらあのゴリラ。床を叩いてもエサは出てンギャーーッ!!!」
    「ーーー!!!!!」
    「ウホッ!!」

    四つ足で這いつくばったロナルドは河川敷の脇に生えた雑草をちぎり、ドラルクに投げつけた。理性を失ったゴリラに似合わぬ筋のいい投球だった。吸血鬼とアルマジロの悲鳴が夜空に吸い込まれる。

    「ペッペッ。あー、ちょっと土入った。若造はまだ花纏ってんのか。いつまで少女漫画気取ってんだ」
    「好きで花吹雪吹かしてねぇよ!……しょうがねぇ、このままVRCかな」

    ロナルドが立ち上がると、先ほどまでしゃがみ込んでいた所には桜が降り積もっている。文字通りの花道がVRCまで引かれることを考えて、ドラルクは少し愉快な気持ちになった。

    「ドラ公、電話しといてくんねぇ?」
    「サプライズの方がインパクトあるよ。下道通ってVRCでお披露目しよ」
    「欲しいのはアポイントじゃ馬鹿」

    疲弊しているのか、そう言いながらもロナルドは重ねて電話をかけるようには頼まなかった。夜の河川敷には二人の他に誰もいない。ダチョウや辻斬りも現れず、静かな夜だった。腕の中でジョンが身じろぎするのを撫でながら、ドラルクは隣を歩く男を見遣る。

    桜吹雪の中に居るのは、少し倦んだ顔をした人間だ。派手な赤いケープコートに負けない立派な体躯と、さらに華のある顔立ちを持っている。華美な男だ。本人の性質に反して。ドラルクは絵画を鑑賞するような気分でロナルドの横顔をまじまじと見つめた。
    すらりと整った鼻筋から厚めの唇までの輪郭は、どこか硬質で男性的な印象を与える。しかし意思の強そうな眉の下には、甘く目尻の垂れた青い瞳が据えられている。長く厚く生えそろった銀色の睫毛と合わせると、全体の印象の中でその目だけがアンバランスで柔らかな色気を放つのだ。平行に伸びた二重と、ふっくらと浮かぶ涙袋。瞬きをすれば睫毛の音が鳴るようだ。そんな男が桜の嵐を吹かせながら歩いていると、彼こそ人心を惑わす桜の魔物のようにも見える。
    あまりに見つめすぎたのか、桜の中の魔性がドラルクに流し目を寄越した。

    「見物料取んぞ、クソ砂」
    「入園料ってこと? バナナケーキの現物支給でいい?」
    「ケーキは要る。テメェは殺す」

    オムファタールに似つかわしくない汚言に、ドラルクは笑いながら今夜のデザートを提案した。自然に聞こえるよう、雑談に混ぜて誤魔化しをする。

    「562から623」
    「あ?」
    「君の周りの花びらの数だ。数は変わるけど全体としては減ってない。どこから湧いてるんだろうねこれ」
    「どっからって……いやひょっとしてどこかの桜の木からむしり取ってんの?」
    「まあ同胞臭いし生花じゃなかろうが」
    「一瞬罪悪感抱いちゃっただろうが死ね」
    「ヌー」

    ドラルクの腕の中でジョンが前を指差した。つられて二人が前を見る。ポツリポツリと等間隔に街灯の並ぶ河川敷。その乏しい明かりに照らされて、数十メートルの夜桜の列が道端を飾っているのが見えた。

    「おー! まだ綺麗に咲いてるねージョン」

    壮観と呼んでいい桜並木を見て、ロナルドは小走りになった。木々の下までたどり着くと、赤い外套を翻して振り返る。ドラルクは目を細め、いつも通りの歩幅でロナルドを追いかけた。

    「雨もあった割に残ってるな。今年の開花は早かった気がするけど」
    「ヌヌイヌヌー」
    「なー。今年はギルドの花見も行けなかったし。丁度見られてラッキーだったなぁ」

    風が吹いた。波が寄せるように木々がざわめき、桜吹雪は二人と一匹を巻き込む大きなうねりになった。ロナルドは帽子を抑えながら月を見上げ、おかしそうに笑った。

    「すげぇ、映画みてぇじゃん」

    桜の海の中、笑うロナルドは絵になった。絵になるのでドラルクは面白くなかった。



    「もし桜が喋れたら、人間に向けてなんて言うかな」

    作り物の花びらに囲まれた退治人を見て、吸血鬼は零れるように呟いた。

    「あ?」
    「私は真っ先にブチ切れると思うね。お前らの自己憐憫の出汁にすんなってさ。桜が咲くのも散るのも単なる生まれつきのシステムだ。それを人攫い呼ばわりしたり、人生に重ねて自分を憐れんだり。趣味悪いじゃないか」
    「捻くれおじさん、素直に花見もできねぇのかよ」

    ロナルドは片眉を上げてドラルクを見た。いかにも呆れた様子だ。浴びるように桜を纏うロナルドを見ていると、言わなくてもいいと思っていたはずの鬱屈がこみ上げてくるのを感じる。

    「私は素直に桜を見てるよ。花は春に咲いてすぐ散る。確かに美しいが梅もコブシもそれは同じ。下を通れば毛虫だって落ちてくる普通の木だ。それを素直に見ていないのは他の大多数の連中だろう」

    桜が美しいのは人間のためではない。吸血鬼の為でもない。桜は最初からそういうのもだっただけだ。それに儚さを見出し、あるいは魔性を投影した連中が、勝手な付加価値を付けていった。

    「桜は人を攫わない。人が攫われたがってるだけだ。桜のように美しいものには、人を攫うような魔性でいてほしいと願っているんだろうよ」
    「何に怒ってんの、お前」

    ロナルドは少し困ったように首を傾けた。まるで他人事だ。他人事だと思っているのだ。
    ドラルクは牙を剥いて怒鳴りたくなった。
    なぜあの同胞は、こんな通行人もいない夜道でわざわざお前に術をかけたと思う。
    なぜお前は今年、ギルドの花見を申し訳なさそうな顔で断る羽目になったのだと思う。

    「さあ? わかんないならいいよ。これも勝手な押し付けだ。先月包丁と一緒にお届けされた呪詛とおんなじ、君になーんにも責任のない独り言だから」




    オータムはファンレターを選別する。
    ロナ戦のツイッターは編集部運営で、ロナルドはエゴサーチを禁止されている。だから事務所に包丁を持った男が訪れるまで、ロナルドは自分に狂信的なアンチが居ることを知らなかったのだという。

    『ろ、ロナルド様はさぁ、そんなんじゃなかったじゃん』

    二十代の男だったらしい。猫背でよれた赤いシャツを着ていた。日に当たらないだろう肌は生白く、もつれて伸びた髪の間から見える目はロナルドの腹のあたりを彷徨っていた。男が事務所に入ってきた時、ドラルクは死ぬことも忘れて硬直し息を呑んだ。

    『かえっ、かえせよぉ……!楽しかったのに! ロナルド様のファンやってるの、あんなに楽しかったのに!』

    チープな包丁が大げさに震える手でロナルドの腹に突きつけられている。大声を出し慣れていない人間の、裏返った声が耳をつんざいた。
    彼はロナ戦の古いファンだったそうだ。ツイッターや掲示板、ディスコードでのファンコミュニティの立ち上げ運営にも関わっていた。彼のツイッターには、ロナルドの真似をして吸い始めた煙草の写真があった。自己とロナルドを重ねるような発言をしていたが、徐々にロナルドに対して失望や苦言をこぼすことが増えたという。
    そんな背景を知ったのは全てが終わった後のことだ。その瞬間のドラルクは、ただ息を殺してロナルドの背中を見つめていた。

    『ブログっ、書いてたじゃん! 一人でっ、暗い部屋、服、赤い服のまま、ソファ、タバコの灰を缶に落としてっ……あんたはかっこよかったのに!』

    ドラルクは居住スペースから夜食を持ってきた所だった。トレイの上にはお茶と、中に一つだけセロリの佃煮が入ったおにぎりが乗っていた。今日の営業時間は終わっていて、珍しく計画的に執筆を始めたロナルドはいつも通りジャージ姿でパソコンに向かっていた。そんな時ドアを叩く音がして、ワーカホリックのロナルドは時間外だが緊急の依頼ならと扉を開けたのだ。

    帽子を被ったままのメビヤツが、キュウンと音を立てて侵入者を排除しようとする。それを手のひらで制したらしいロナルドは、明らかに正気ではない男にごく落ち着いた声で話しかけた。

    『そうか。辛いんだな』
    『辛い、つらいっ、おれは、自分がロナルドみたいならって、でも、お前が、ダサくなったら、おれっ、おれは!』

    男が感情を噴出させ、子供の癇癪のように手をぶんと振った。包丁が自分から離れた隙をロナルドは見逃さなかった。
    男の腕を掴み、外側に捻る。生理的な反射で男は包丁を取り落とす。カランと音を立てるや否や、ロナルドは刃物を後ろに蹴り飛ばし男を組み伏せた。

    『ドラ公! 110番!!』

    ドラルクは死んだ。緊張の糸がほどけたことと大声のせいだった。代わりにジョンが泣きながら砂山からスマホを取り出し、警察に通報した。男はろくに抵抗せず、うわごとを何度も呟きながら笑っていた。

    『やっぱりロナルド様はかっこいいんだ』

    パトカーが到着するまでの間、ロナルドは黙ってそれを聞いていた。



    本当に大変だったのはそれからだった。
    世間は過激なファンに襲撃された退治人をセンセーショナルに扱った。
    週バン以外の週刊誌にも事件は書かれた。週刊誌はファンに襲われた退治人への同情を枕に、ロナルドにはブロマイドなどのグッズがあること、著作のサイン会に多くの女性が並ぶことを書き立てた。紙面の上半分では美しい男が帽子の下から流し目を送っている。この容姿を売りに軟派な商売をしたから襲われたのだろうと言下に書かれていた。
    とびきり映りのいいロナルドのブロマイドは、画像掲示板に転載されて下世話な噂のネタにされた。スレッドに現れた『ロナルドに都合よくセフレにされた女子大生の元ファン』を名乗る人物が、釣りか否かで紛糾している。
    ドラルクの配信にもおかしなコメントが付くようになった。モデレーターが消してくれるとはいえ、時折目に入ることがある。最近の動画はコメント欄を非表示にしている。

    地に足のつかない熱は、当然日常にも侵食してくる。
    ロナルドがいつも通りパトロールに出れば、その顔に向けられるスマホのカメラが増えた。ロナルドと戦い注目を浴びようとする余所者の吸血鬼も現れた。事務所には各所から取材希望の電話がかかってくる。

    ポストを覗けば、オータムのチェックを通れないだろう『熱心な』ファンからの心配の手紙が入っていた。その中のいくつかには郵便局の消印がない。

    ロナルドはといえば、いつも通りのロナルドだった。申し訳なさそうにギルドへ電話をかけ、花見の欠席と、複数人でのパトロールを辞退する旨の連絡をしていた。フクマに対しても、オータムにまで迷惑をかけていると恐縮しきって頭を下げた。
    マスターもフクマも、ロナルドが謝ることではないときっぱり伝えたそうだ。それでもロナルドは気を使わせてすみませんと頭をかいたと言う。



    「君には喋るための口があるだろ。桜じゃないんだから黙ってキッッショイ妄言を受け止めなくていいんだよ。お前の外見だけ見てフラフラ寄ってきたポンチ性癖吸血鬼にだったら、お前は桜に攫われるわけねぇだろボケって殴り返せるだろうが。おんなじように、人間にだって勝手なこと抜かすなって怒れよ」

    頬が熱くなる。気道が狭くなり、怒りで舌の根が震える。なんで私が熱くなってるんだ、と冷静ぶる自我の部分を感じながらも、ドラルクの口からはつらつらと文句が流れていく。

    「変な理想こじらせた奴には、俺は元からこういう人間じゃ!って高校の時のバカエピソードでも突きつけてやれ。第一、ロナルド様ってなんだ。ロナルドってあだ名の由来すら間抜けじゃないか。それを神格化してアホくさい。あとな、一番外側の皮膚にへばりついてるだけのパーツを見てどうこう言う品性のない連中にも、言い返したくならないのかお前は。ツラだけでどうにかしてきたなんて、君の努力に対するとんでもない侮辱だぞ。思いつく限りのファックサインで返してやれ。君はそういう連中に怒っていいんだロナルド君」

    怒っていいんだ、と言われて、ロナルドは眉を下げた。
    ドラルクもわかっていた。怒っているのはドラルクだ。ロナルドに怒ってほしいと思っているのもドラルクだ。
    怒りを押し付けてはいけない。しかし同居人としてこんな状況に怒らない方がおかしいだろうともドラルクは考えていた。

    「怒るって言ってもさ」

    ロナルドは一度視線を彷徨わせ、言葉を選んで話し始めた。まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるようだ。

    「そりゃ貶されるのはムカつくけど、ああやっぱりそう見えるんだなって思う方が大きいんだよ。他の人がそんな風に言われてたら、俺だってふざけんなって怒る」

    ロナルドはそこで少し気まずそうに口の端を触った。

    「でも俺も自分がこの顔だから、『ロナルド様』とかってカッコつけたら退治人として箔が付くんじゃないかって思いついたんだ。見た目に見合うように背伸びしてみようって。自分じゃ気付かない所も含めて、この顔で得したり損したりしてるんだと思う」
    「だからと言って君が諦める必要はない。君が容姿で何かを得たからと言って、貶められたことが打ち消されるわけじゃないだろ。そんな単純なプラスマイナスじゃないんだから」

    ドラルクの口からは思ったよりも固い声が出た。そんな週刊誌が保身のために書くようなどっちもどっち論を聞きたかったわけではない。宥めるように声を上げたジョンの背を撫でる。

    「ううん……まあ……」
    「なんだ。言い淀むようなことはないだろう。君の不健全な自己肯定感が精神的自傷による痛みを求めているというのなら、私はいよいよ引きずってでもメンタルクリニックに連れていくしかないと決意するだけだが」
    「ちげぇよ!……ああもう、あんまり言いたくなかったけど」

    ロナルドはガシガシと後ろ頭を掻いて、ぐっと決意したように顔を上げた。

    「お前、最近俺より先に電話出んじゃん」
    「は?」
    「郵便受けも起きてすぐ確認に行くしさ、マスターとかフクマさんにも色々連絡してるだろ?」
    「なに?」
    「俺が変なもん見ないようにしてくれてんだって、勝手に思ってたんだけど。当たってたみたいだな」

    ドラルクは不意打ちを喰らって塵になった。地面に落ちたジョンが丸まって泣く。気付かれていないと思っていた。

    「俺一人で全部受け止めてたら、多分俺だって相当堪えてたよ。でもお前とか、ギルドの皆とか、オータムの人たちとかが助けてくれてるから、今普通に出来てんだ。……ありがとな」

    ロナルドは塵の山の前にしゃがみこみ、はにかんだように笑った。その後すぐ、ああでも、と苦い顔をする。

    「そのせいでお前の方がかえって悪意に当てられてんだろ。本末転倒だぞ。かかってくる電話とかはともかく、余計なエゴサして余計に傷つくなよ。お前だってクソザコメンタルなんだから無理すんなって」
    「グオオーッ! 若造に正当な忠告されるの屈辱的すぎる」

    図星を指されて再度死んだドラルクを見て、ロナルドはケラケラと笑った。ジョンも余計なエゴサには思う所があったのか、腕を組んで首をひねっている。重たかった空気が笑い声で吹き飛ばされたようだった。

    「つーか、営業妨害されてる分は普通にオータムのツテの弁護士さんと相談して対応することに決まったわ。過剰な取材お断りの声明はオータムと連名で出すし。作家としてオータムが干渉できる部分と、事業主として俺が対処しないといけない部分の線引きが難しくてちょっと時間かかっちまったけど」
    「ハァー? フクマさんそんなん言ってなかったんだが?」
    「社内で決定するまで外に洩らすわけねえだろ。フクマさんだぞ」

    取り越し苦労。ドラルクの想定よりも社会人としての立ち回りができたらしいロナルドは、ニヤニヤと肘をつきながらしゃがみ込んでいる。

    「なんだっけ、俺と桜を重ねてセンチメンタルになっちゃったのか。ロマンチストおじさん」
    「は? そんなこと一言も言ってないが? 国語読解ゼロ点ルド君~」
    「残念俺は現代文得意でした~」
    「代わりに古文漢文壊滅だっただろ」
    「なんで知ってんだよ」

    ドラルクが再生しつつあるのを見て、ロナルドも立ち上がる。作り物の花びらがロナルドを飾り立てている。他人の思い描く身勝手な儚さを押し付けられたロナルドは、それでも自分の足でドラルクの隣に立っている。
    ロナルドは塵から上半身を再生させかけたドラルクを見て、桜を見上げ、少し逡巡するように下唇に力を入れた。そして決まり悪そうに笑って、ドラルクを再び見下ろす。

    「なあドラ公、俺もロマンチックなこと言ってやろうか」

    柔らかい銀髪が桜色の風に遊ぶ。見上げた先のまぶしげな笑みに、ドラルクは時間が止まったような気すらした。
    美しい人間は帽子を抑える。満月と桜を背負い立っている。

    「お前の方が桜に似てるよ」

    恥ずかしそうに少し上擦る声で、ロナルドはいたずらを成功させた子供のように笑った。
    ドラルクの前に居る人間は、そんな三文小説のような殺し文句すらよく似合っていた。

    「あー、アレだ。俺の通ってた小学校、桜生えてたんだけどさぁ。元は近所の焼け残った桜から、枝を切って持ってきたやつだったんだって。俺、夏休みの宿題のトマトすらちゃんと育てられなかったからそれ聞いてビビって。土に枝をぶっ刺して、それで普通に木になるんだからすげぇよな」

    ネタばらしだとばかりに言い募るロナルドの頬は少し赤い。

    「儚いことの代名詞みたいなツラして、ゴキブリみてぇな生命力じゃん!って思ったんだよ。いやガキの頃はそんなちゃんと言葉にできてなかったけど。そういう図太い所、お前に似てるぜ」
    「だっっっれがGじゃ! もっと上品な例え出来ないのかクソガキ」

    言葉ばかりは威勢がいいが、うごうごと塵に戻るドラルクを見てロナルドは肩を揺らす。塵の上にも桜の花びらが積もっていた。それを見たロナルドはまぶしそうに目を細める。それにさあ、とロナルドは秘密を打ち明けるように繋いだ。

    「花が散ったって桜の木は枯れねえじゃん。俺が死んだ後だって変わんない何百回目かの花を咲かせて、『桜は儚いから綺麗なんだ』なんて言われてるんだろうな」

    ロナルドの声はまるでケーキの載った皿を運ぶかのように柔らかく響いた。だからドラルクは、ロナルドが本気でそれを希望としていることに気付いてしまった。

    「バーカ、ドラルク様を舐めるな。そこらの桜なんぞ比べものにもならん。屋久杉よりも生きるぞ私は」
    「強めの雨でもマジ死にしかけんのによく言うな」
    「ああそうとも。私は樹木よりずっと儚い吸血鬼だ。しかもしゃべる口がある。だから言うが、私は君の人生の先を託されてはやらない」

    桜の向こうでロナルドの顔が苦し気に歪んだ。そしてすぐ、ニヒルに唇の端を持ち上げる。作り物の整った笑み。ざらりと音を立ててドラルクは立ち上がる。

    「……わかってるよ。テメェほど向かない奴もいねぇだろうな」
    「そういうこと。第一桜だって年を経れば色が変わる。同じ花は咲かないだろう。そういうの人間の方が敏感だと思うけど」
    「バァカ、俺に見分けつくかよそんなの」

    いつも通りという風に鼻で笑い、ロナルドは歩いていこうとした。

    「だからロナルド君、君が確かめろよ。300年目の桜の色もさ」

    ロナルドは立ち止まる。河川敷の桜並木はまだ続いている。まっすぐ続く道は途中で枝分かれし、夜の川を渡す橋に繋がっていた。
    ドラルクは足を進め、橋の前でロナルドを振りかえった。困り切って瞳を揺らす人間が桜吹雪の中立ち尽くしていた。

    「ほら、あと30年もしたら新技術で人間の寿命も延びてるかもよ? 世の中にはサイコ犬仮面みたいな天才もいることだし」
    「あんまり否定しきれねぇ」

    いつも通りヘラリと笑ってやれば、ロナルドも警戒を緩めたように声を和らげる。今はまだそれでいい。ドラルクは桜の色が変わることを知っている。

    「たとえそうでなくても、いつだって君には桜を見続けるための選択肢がある。それだけは忘れないでくれよ」

    つまるところ、299年目の冬までに、ロナルドに春が見られないのは惜しいと思わせればいいだけだ。まだ楽しく踊っていたいと思うだけのクリフハンガーを、ロナルドの人生にあるだけ散らばらせていく。そういう耐久戦はドラルクの得意とする所だった。

    「なんだよ思わせぶりに、意味わかんねぇ」

    わかっているだろうに、ロナルドは鈍感なふりをして笑った。だからドラルクも通じなかったふりをしてやった。

    「わからないなら教えてやろう!つまり、」

    声高にマントを翻し、パチンとウィンクを飛ばす。

    「桜より吸血鬼に攫われた方がお得だよルド君!ってこと!」
    「そのツラ腹立つなぁ!? 却下じゃボケ」

    ドラルクは大げさに目を開き、信じられないというように手の平で口元を覆った。

    「えっ、毎日美味しいごはんと桜のように可憐な吸血鬼が付いてくるのに?」
    「イジんな! 可憐とは言ってねぇよプラナリアみたいな所が似てるだけだわ」
    「ウーム仕方ない。お兄さんにだけ特別ですよ? 今回はさらに桜のように可憐なアルマジロを撫でる権利も付いてくる!」
    「ニュン♡」
    「えーどうしよ、攫われちゃおっかな」

    かわい子ぶって小首をかしげ、前足を合わせるジョンを差し出されてはひとたまりもない。デレデレとやに下がった顔のロナルドに、ドラルクはジョンを胸の前で掲げたまま勝ち誇ったように牙を見せて笑った。

    「ダメ押しの出血大サービス! なんと今日のバナナケーキは生クリーム付きです」
    「特別バージョンの?」
    「そう。アーモンドプードル入ってるし、生のバナナも切って添えてある。アイスも付いてくる」
    「分割払いでも大丈夫ですか?」
    「大丈夫ですよー。あっ、こっちにもまだあるんでご覧になります? イルカの絵」
    「誰が秋葉原で絵買うカモじゃ」

    橋の向こうを手のひらで指し、恭しく腰を折りながらもドラルクの声は笑っている。肩の上でジョンも同じポーズだ。可笑しげな声につられるようにロナルドも口の端を持ち上げた。くすくす、くつくつと木の葉が擦れるような笑い声が夜道にさざめく。

    「おら、人様攫ったんだからエスコートしろやクソ砂」
    「仰せのままに、若造」
    「あっバカ」

    ロナルドが一歩踏み出し、ふざけて右手を差し出した。するとドラルクは当然のようにその手を取る。砂つぶてを喰らうと目を閉じたロナルドだったが、いつまで経ってもドラルクの悲鳴や肌を打つ痛みはない。そしてロナルドは風の音が止んだことに気付いた。

    「やあ、どうやらちゃんと君を桜から攫えたようだ」

    恐る恐る目を開ければ、ドラルクが紳士ぶってロナルドの指先を握り、持ち上げている所だった。キスをするふりを受けたロナルドの黒い手袋には、白っぽい花弁が一枚、大人しく乗っている。
    ロナルドが辺りを見回しても、もはや先程までの桜吹雪の名残はどこにもない。降り積もった花びらは雪が解けるように姿を消していた。

    「調子こくな。丁度能力が切れただけだろ」
    「ハハハ。まあちょっと残念だったな。ロナルド君の歩いた所が花道になってるの、芸風と全然違って面白かったから」
    「殺した」

    遮るものがなくなったロナルドは、躊躇いなく空いた左腕を振り抜いた。ザラザラと音を立てて再生しながらも、ドラルクはおかしそうに笑っている。

    「こわっ、なんかキマってんのかよ。今日お前テンションおかしいぞ」
    「ンフフフ、ハハ、そうかも。桜に酔っちゃったかな」
    「やっぱVRCは行くか……」
    「フフフ、行かんでいいわ。おかしくなってないよ。帰らないと。生クリームもまだ泡立ててないし」

    呆れたような顔のロナルドの手を再び取る。ドラルクはまた笑いがこみ上げてくる。だっておふざけだろうがなんだろうが、ロナルドはドラルクの手を取ったのだ。勝算はもっと多く目論んでもいいのかもしれない。
    ドラルクはロナルドの右手を掴んだまま歩いていく。

    「というか生クリーム家にないな。スーパー寄ってこ」
    「お、おう」
    「ヌイヌヌリーヌヌ?」
    「そうだ、アイスもだねぇ。ああでも添えるならジェラートのがいいかな。ロナルド君はどっちがいい?」
    「え、じゃあ、スーパーカップ……」
    「ハーゲンダッツとかレディボ-デンとか言いなさいよ。折角こんなにいい夜なんだから」

    二人と一匹は話しながら、満月の夜の橋を渡っていく。
    上機嫌に手を引く吸血鬼がマントをはたくと、残っていた花びらが一枚彼岸に飛んでいった。







    「どう? ロナルド君。桜は前と変わったように見えるか?」
    「は? なにそれ、なんかのスラング? 月が綺麗ですね的な?」
    「ハーァ、これだからジジィは」
    「テメェもクソジジィだろ。……あっ、そっちもまだ食べるんだけど」
    「アホか、蓋閉めないと桜が落ちてくるだろ」
    「別にいいだろ、桜入ってたって食えるし」
    「そういう問題じゃないわ」
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    sirokuma594

    DONE200年物のメッセージボトルがようやく退治人の元に流れ着いた話
    #ドラロナワンドロワンライ一本勝負 (@DR_60min)よりお題「海」で書かせていただいたものです。
    純情inボトル、onペイパードラルクが初めて手紙を書いたのは、8歳の時の海辺でのことだった。

    流れる水の傍というのは、吸血鬼にとって昼と同じくらい恐ろしい。虚弱なドラルクであれば尚更だ。人間の子供であっても海の事故は多いという。当然、心配性の父母はドラルクを海になど連れていきたがらなかった。

    「おじいさま、あれはなんですか?」
    「手紙。瓶に入れてどこかの誰かが流したの」
    「てがみ! よんでみたいです」

    偉大かつ子供のような祖父の腕に抱かれ、ドラルクは海辺の綺麗な小瓶を指差した。夜の砂浜に動くものは二人の他になく、曇り空の果てから真っ黒な水が唸るように打ち寄せる音だけが聞こえていた。
    ドラルクは祖父に似て好奇心が旺盛だった。血族には内緒の二人きりの冒険にも当然付いていく。手紙入りの綺麗な小瓶も当然欲しがった。祖父はキラキラと期待に満ちた孫の顔を見て、裾が濡れるのも構わずにざぶざぶと波打ち際を歩いて行った。祖父の大きな手の中に収まった透明な丸い瓶を見て、ドラルクはさらに目を輝かせた。
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