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    sirokuma594

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    sirokuma594

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    200年物のメッセージボトルがようやく退治人の元に流れ着いた話
    #ドラロナワンドロワンライ一本勝負 (@DR_60min)よりお題「海」で書かせていただいたものです。

    #ドラロナ
    drarona

    純情inボトル、onペイパードラルクが初めて手紙を書いたのは、8歳の時の海辺でのことだった。

    流れる水の傍というのは、吸血鬼にとって昼と同じくらい恐ろしい。虚弱なドラルクであれば尚更だ。人間の子供であっても海の事故は多いという。当然、心配性の父母はドラルクを海になど連れていきたがらなかった。

    「おじいさま、あれはなんですか?」
    「手紙。瓶に入れてどこかの誰かが流したの」
    「てがみ! よんでみたいです」

    偉大かつ子供のような祖父の腕に抱かれ、ドラルクは海辺の綺麗な小瓶を指差した。夜の砂浜に動くものは二人の他になく、曇り空の果てから真っ黒な水が唸るように打ち寄せる音だけが聞こえていた。
    ドラルクは祖父に似て好奇心が旺盛だった。血族には内緒の二人きりの冒険にも当然付いていく。手紙入りの綺麗な小瓶も当然欲しがった。祖父はキラキラと期待に満ちた孫の顔を見て、裾が濡れるのも構わずにざぶざぶと波打ち際を歩いて行った。祖父の大きな手の中に収まった透明な丸い瓶を見て、ドラルクはさらに目を輝かせた。

    「おじいさま! なんて書いてあるんですか?」
    「うーん、『お友達になりましょう』かな」
    「おともだち!」

    ドラルクは腕の中でぴょんと小さく跳ねた。とても素敵なことのように思えたからだ。

    「おじいさま! わたしも書きたいです、てがみ!」
    「いいね。ドラルクは返事があったほうが嬉しい?」
    「え、でも」
    「特別な瓶をあげる。これに入れて海に流せば、一度だけドラルクの所に返事が戻ってくるよ」

    祖父はいつだって魔法使いだった。波打ち際から離れ、祖父がどこからか取り出した筆記具でドラルクは手紙を書いた。ボコボコした岩の上で書く字は汚くなったけど、それもまたいつもと違っていてなんだかドキドキした。

    「できました!」
    「なんて書いたの」
    「ひみつです」
    「秘密ならしかたないね」

    祖父に支えられながら、ドラルクはそっと海に瓶を流した。小さな両手からは余るくらいの寸胴の瓶は、ふらふらと浮いたり沈んだりしながら岸を離れていく。ドラルクはそれを、吸血鬼ですら見つけられないくらい小さくなるまで、必死になって目で追いかけた。




    「ドラ公! お前なら読めたりしねぇ?」

    ドラルクの記憶の奥底で埃を被っていたはずのジャム瓶は、200年後に同居人のデスクの片隅で口を開いていた。

    「写真から翻訳できるやつ使ったけど、字がよれてて読み取れねぇんだよ。言語検出はルーマニア語って言ってんだけど、どう?」

    着の身着のままの退治人は、机の上で古びた手紙を丁寧に押し伸ばしている。帰宅の音を聞いて事務所へのドアを開けたドラルクへ、ロナルドは未知への探求心に満ちた目を向けた。
    今日のロナルドは港湾地区の方へと仕事に出かけていた。その時偶然メッセージボトルを見つけたのだと言う。

    「こういうのロマンあるよなぁ。紙の感じとか相当古いし、こう、遭難した海賊が最期に残した宝への暗号とかだったりするかも……」
    「ハハッ、想像力が豊かだなぁハンターさん。小説家にでもなるといい」
    「一応作家ですけど!?」

    しみじみと空想に浸っていたロナルドは、茶々を入れられた怒りに一層顔を赤くしドラルクを殴った。ドラルクは再生し、立ち上がるのに合わせて手紙を取り上げる。

    「残念ながらありふれた子供のお手紙だ。君が期待したようなもんじゃない」
    「なんて書いてあんだよ」

    『お友達になりましょう』だよ。そう言って終わりにしてもよかった。しかしドラルクが読むのを断れば、次にロナルドが頼る先はほぼ確実にドラルクの父だ。ルーマニア語を解する知り合いはそう多くない。そしてドラルクが文字を覚えるのに使った落書き紙すら保管している父は、きっと誰が書いたものかをすぐ理解してしまう。ドラルクはため息をついてから口を開いた。

    「『はじめまして。私はワラキアにすんでいる8さいです。
    これを見つけたあなたは大人ですか? それとも私とおんなじくらいの子どもでしょうか。
    海のむこうにはいろんなばしょがあるときいています。私はまだ小さいので、あぶないから、そういうところにはつれていけないよと、おとうさまとおかあさまに言われました。
    きょうははじめて、おうちの外にでました。海もはじめて見ました。はやくおとなになって、海のむこうへいってみたいとおもいました。でもまだ子どもで、あぶないのもわかっているので、私のかわりにてがみをながすことにしました。
    あなたの町はどんなところですか? きっと私たちは友だちになれるとおもいます。このびんにてがみをつめて、海にいれてください。いつか私のところにとどきます。おへんじまってます』」

    安い芝居の台本を読まされているような気分だった。叫び出したいのを努めて抑える。間違ってもこれの作者だと名乗り上げたくはなかった。

    かつてのドラルクは賢い子供だった。両親が外に出てはいけないというのは、ドラルクが虚弱だとか、彼らが過保護だからという理由だけではないこともわかっていた。
    ドラルクは人間と吸血鬼の対立で世界が軋んでいる時代に生まれた。ドラルクには家族がいたが、友人はいなかった。人間も吸血鬼も、みんな自分の家族を守るので手一杯だった。血族以上の規模でつるんでいれば目立つ。目立てば『悪魔祓い』がやってくる。
    ドラルクは賢い子供だったので、手紙の中で自分の名前も住処も、吸血鬼であることも明かさなかった。これを拾った相手が誰であっても、子供の微笑ましい遊びだと思ってもらえるように精一杯言葉を選んだ。人間やダンピールが拾ったとしても、この子と友達になってみようかしらと思ってほしかった。

    そういう安っぽい健気さは、今のドラルクには似合わない。
    もう少し大きくなったドラルクは、自分が周囲に愛されて然るべき完璧な存在であると理解しはじめる。さらにそこから数年経てば、ドラルクはジョンという永遠の愛に出会うのだ。
    200年ですべては大きく変わった。ドラルクは人間と同居し、ダンピールと悪だくみをし、吸血鬼に振り回されながら楽しく暮らしている。父はドラルクが海の向こうに行きたいとねだれば、喜んでブラジルまで背中に載せていくだろう。父がおらずとも新横浜から新幹線と在来線を乗り継ぎ2時間弱、成田空港に着けば後はどのようにでもなる。虚弱ですぐ死ぬ吸血鬼であることは変わらなくても、ドラルクはどこにだって行けるのだ。

    「な? つまんない、ありふれた手紙だろ。住所がないからお返事とやらも書けやしない。これだけ古い手紙だ。書いた相手が生きているかも怪しいね」

    ドラルクは古い手紙をひらりと振った。それを見てロナルドは眉間に皺を寄せた。

    「そんなんわかんねぇだろ。吸血鬼の人ならまだ覚えてて、返事を待ってるかも」
    「子供の頃のお遊びを後生大事に? そんなんヤバイ奴だろ。生きてたとしても忘れてるよ。吸血鬼の私が言うんだから間違いない。逆に聞くが、君は子供の頃書いたサンタさんへのお願いの中身を全部覚えてるか?」

    ロナルドは不満げに押し黙った。どうやらサンタさんへのお願いの内容は忘れていたらしい。ロナルドはドラルクから手紙を取り上げ、デスクの椅子に座る。そして手紙を机に置き直し、読めもしない文章を何度も視線で辿っていた。
    ドラルクはなんでもないように装って、古いガラス瓶を回収した。横浜市では食品以外が入っていたガラス瓶は燃えないゴミ扱いだ。幸いにも翌日が回収日だったので、ドラルクはそれをまとめておいたゴミ袋の中に入れた。

    一週間後、オータムの雑誌にロナルドが寄稿したコラムの内容はこうだった。





    ***
    古いボトルメールが横浜港に流れ着いた。コラムの締め切り四日前のことである。それを回収できたのは偶然だった。消波ブロックに引っかかったものを拾うのは、皆さんにはおすすめしない。
    俺は古びたジャム瓶から、磯と冒険の匂いを嗅ぎ取った。あわよくばコラムに書けるようなネタにならないか、という下心があったことは否めない。俺はひどく古い便箋を破らないよう慎重に押し開いた。なにやら外国語で書かれた文字を読み解こうとしたが、俺に判ったのはそれがどうやら英語ではないらしいことだけだ。落胆する俺に手を差し伸べたのは、案の定同居人の吸血鬼だった。
    「ありふれた手紙さ」
    ドラルクは鼻を鳴らして文章を読み上げた。手紙はルーマニア語だった。八歳の子供がまだ見ぬ海の向こうへ願いを馳せ、読んだ者に友人になろうと呼びかけるなんともいじらしい内容だった。
    「ありふれている」
    念を押すように相棒は言った。俺は返事を書こうと思ったが、住所がない。大まかな出身地以外は名前も種族もわからなかった。手紙の子供は家族に心配されており、外に出ることもままならないようだった。体が弱いのかもしれない。家庭の事情かもしれない。俺はそこまで考えて、この手紙を書いたのはヘルシングの時代の子供かもしれないと思った。自己の種族や所在を徹底して隠した文面は、当時の書簡によく見られた特徴だ。
    知っての通り、俺の相棒はまさしくその時代に生まれた吸血鬼である。いと暗き黎明の前。俺や皆さんのほとんどが書物でしか知らない、暗黒期だ。己に言い聞かせるようなドラルクの横顔に、俺は幼い子供を幻視した。俺はこの子に返事を書きたいと思った。
    「畢竟、サンタへ手紙を書くのと一緒なのさ。叶おうが叶うまいが、大人になれば忘れる淡い思い出だ。今更返事を書いてなんになるだろう」
    俺がそう言うと、ドラルクは呆れたようにひらりと手紙を振った。しかしその言葉は俺にひらめきを与えた。
    1897年、世界で一番有名な社説がザ・サン誌に掲載された。サンタクロースは居るのかと問う少女に答えたものだ。俺は文筆業の末席にあることを感謝した。返事を瓶詰にして海に流すよりは届く可能性があるだろうと思った。締め切りが近いことすら、この熱量のまま書き上げるのにぴったりの条件だった。
    だから読者の皆さんには申し訳ない。これから先は私信のようなものだ。孤独を瓶に詰めて流したのかもしれない、いつかどこかの小さな友人に向けた一本のボトルメールだ。
    ―――
    はじめまして。俺は日本の退治人です。
    君のお手紙をうけとりました。ありがとう。
    俺の住んでいる町は、新横浜といいます。人間も吸血鬼もいっしょくたの、にぎやかな町です。事件もおこりますが、それからみんなを守るのが俺の仕事です。大変なこともあるけど、みんなで協力して、なかよく暮らせるように努力をしています。君のお父さんお母さんにも、新横浜だったら遊びに行ってもいいよと言ってもらえるように、俺はこれからもがんばりたいと思います。
    俺は君が人間か、吸血鬼か、ダンピールかわかりません。それをささいな違いと呼べるようになるには、まだ時間がたりていないかもしれません。俺では君の気持ちのことを、本当にはわからないかもしれないです。でも君がもし吸血鬼で、困っているのだったら、俺の吸血鬼の相棒がそれを理解できるかもしれません。ダンピールであれば、俺の昔からのダンピールの友だちが話を聞いてくれるでしょう。
    君は『きっといい友だちになれる』と書いてくれましたね。俺もおなじように思います。
    いつか君がお返事をくれる日を楽しみにしています。
    (文:ロナルド)
    ***




    ドラルクは献本として届いた雑誌を棺の中で開いて、一度閉じ、また開いてその全文を読んだ。そしてすぐにスマホを開き、ロナルドに電話を掛けた。コール音が鳴る間、ドラルクは棺の中でロナルドになんと言ってやろうか考えた。盛りすぎだろバカ。瓶拾ってきたのネタ探しだったのかよ。フランシス・チャーチの後乗りゴリラ。
    プツリと音が鳴り、通話が繋がる。なんだよ、と変に上擦ったロナルドの声が聞こえた後、ドラルクの口からは考えるより先につるりと言葉が出た。

    「君、生まれんの遅すぎ。200年前にくれよその返信」
    「江戸時代だろ。出せねぇわルーマニアに手紙」

    そりゃそうだ、とドラルクは笑った。200年前では、朝更かし中の吸血鬼が寝起きの退治人に向けてスマホをかけることもない。

    「君も半田君がどうせ読むことわかっててあんなん書くんだもんな。相当いじられるぞ」
    「ウワーッ! い、いやなんか、あれ出したの吸血鬼の子じゃないかなって思うんだよ。ワンチャンご本人に届くなら半田に目の前で音読されるくらい……」
    「くらいって声色じゃないな」
    「るせぇ!! はよ寝ろ昼夜逆転おじさん!」

    勢いよく切られた通話に、ドラルクは笑ってスマホを消した。夜が明けた後の午前10時、ドラルクは寝返りを打つ。いい夢が見られそうな気がした。

    友達が欲しかった子供はもういない。けれどもあの瞬間、ドラルクはたしかに海の向こうのここではないどこかへ恋焦がれていた。子供の幼い切実さは200年間の漂流を経て、ドラルクの手元へと答えを連れてきたのだった。
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    sirokuma594

    DONE200年物のメッセージボトルがようやく退治人の元に流れ着いた話
    #ドラロナワンドロワンライ一本勝負 (@DR_60min)よりお題「海」で書かせていただいたものです。
    純情inボトル、onペイパードラルクが初めて手紙を書いたのは、8歳の時の海辺でのことだった。

    流れる水の傍というのは、吸血鬼にとって昼と同じくらい恐ろしい。虚弱なドラルクであれば尚更だ。人間の子供であっても海の事故は多いという。当然、心配性の父母はドラルクを海になど連れていきたがらなかった。

    「おじいさま、あれはなんですか?」
    「手紙。瓶に入れてどこかの誰かが流したの」
    「てがみ! よんでみたいです」

    偉大かつ子供のような祖父の腕に抱かれ、ドラルクは海辺の綺麗な小瓶を指差した。夜の砂浜に動くものは二人の他になく、曇り空の果てから真っ黒な水が唸るように打ち寄せる音だけが聞こえていた。
    ドラルクは祖父に似て好奇心が旺盛だった。血族には内緒の二人きりの冒険にも当然付いていく。手紙入りの綺麗な小瓶も当然欲しがった。祖父はキラキラと期待に満ちた孫の顔を見て、裾が濡れるのも構わずにざぶざぶと波打ち際を歩いて行った。祖父の大きな手の中に収まった透明な丸い瓶を見て、ドラルクはさらに目を輝かせた。
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