いちごみるく豊前江は暇を持て余していた。
いや、決して気を抜いているわけではない。わけではないが、流石に2時間の間ただ審神者を待つだけというのは、気も散ろうというものだ。
今日は審神者の近侍として、政府の施設を訪れていた。護衛で付いて来た近侍も、セキュリティの高い政府機関内に於いてはすることもない。会合とやらはまだ終わらないようだった。
(…飽きたな)
豊前江は2時間の間色々な事を試してみた。同じく審神者に付き添って来たであろう他所の本丸の刀剣男士に話しかけてみたり、慌ただしく行き来する政府職員の様子を観察してみたり、窓の外を覗いて雲を何かに例えてみたり。
性格的に苛立ったりするわけではないが、とにかくする事がない。さて次はどうしたものか。そう思って豊前江は壁際の椅子から立ち上がった。
シャン、シャラリ。シャラシャラ。
高い音がして、足元に何かが当たった。
見れば、それは美しい装飾の施された小さな鞠だった。
視線の進むままに手を伸ばし拾い上げると、背後から今度はパタパタと小さな足音が聞こえて来た。
「わたしの!」
幼い少女だった。感じる気配から察するに、審神者、という訳ではなさそうだ。
「これか?」
少女と目線を合わせてしゃがみながら問いかけると、少女は足を止め、少し躊躇ったのちに頷いた。
「…うちのぶぜんと、ちがう?」
「そうだな。嬢ちゃんは、そっちの本丸の豊前江と来たのか?」
「んーん、おかあさんと、おかあさんのきんじのソハヤと来たの」
「お母さんは、どうした?」
「大きなおへやに入っていった。まってなさいって、言われたけど……あきちゃった」
なるほど、審神者の母親を待っているのか。
「はは、俺と一緒だな。ほら、どーぞ」
色とりどりの花模様で飾られた鞠を返してやると、少女はおずおずとそれを受け取った。
「あら、どこに行ったかと思った!」
声に顔を上げると、少女に面ざしの似た女性が駆け寄ってくるところだった。
「おかあさん!」
「ソファに座ってなさいって言ったでしょう…すみません、豊前江さま。ご迷惑はおかけしませんでしたか?」
「全然。暇なもんどうし一緒に遊ぼうか誘いたかったくらいだよ」
豊前江がそう言うと、女性はくすくすと笑った。
「ありがとうございます。さ、帰りましょう」
「気をつけて帰りなよ、嬢ちゃん」
「うん、…あ、そうだ」
少女は斜めがけにしていたポシェットに手を突っ込むと、小さな手一杯に何かを掴み、豊前に手を伸ばした。
「ひろってくれて、ありがとう」
目で促されるままに受け取る。それは、小さなイチゴの模様が描かれた、可愛らしいキャンディだった。
「何でお菓子なんて持ってるのかと思ったら、そんな事があったの」
本丸に帰ってキャンディを分けてやると、審神者は驚いた顔をした。豊前江のポケットから出てくるものとしては不似合いなほど可愛らしい包み紙のキャンディ。中身は、イチゴミルク味の三角形の飴玉だ。
「懐かしい。子供の頃、私も食べたな」
「へえ、意外」
豊前江の恋人であるこの審神者は、普段から食が細く、あまり菓子や甘味も食べない性質(たち)だった。
見た目だけで言えば豊前江より年上に見られることもある審神者にも、あの少女のような子供時代があったのかと思うと、なにやら可愛らしく思えてくる。
「うわ、久しぶりの味。甘いなあ……何、どうしたの?」
一粒口にして苦笑する審神者を面白そうに眺める豊前江に、審神者は首を傾げる。
「いや、主にもあんな年頃があったのかと思ってさ……どれ」
「んっ」
審神者の言葉を待たずに距離を詰め、豊前江は彼女に口付けた。いつもの彼女の口紅の香りに混じって、甘く、こそばゆい味が伝わってくる。
「ん…っ、ちょっと!」
「ふは、確かにあめーなあ」
笑う豊前江に、審神者は呆れたような顔を見せる。
「自分で食べて確かめなさいよ…全く」
「1日大人しく待ってたんだ。これくらいの褒美、いいだろ?」
その飴が溶けるまで。
答えを遮るように、豊前江はまた彼女に口付ける。観念した審神者の腕が、彼の首元に絡みついた。