赤面「ね、ねえ、亀甲……っ」
亀甲貞宗は、私の恋刀だ。というか、ついさっきそうなった。
私が彼を好きだと気づいたのはずいぶんと前だったけれど、口にすることができずにいた。人間と付喪神という存在の違いももちろんあるけれど、私はその、所謂Sの気はないものだから、彼の望む存在にはなれないだろうと思っていたから。
そんな私がつい気持ちを口にしてしまった理由はさておき。
私の告白を聞いた亀甲は驚きにその綺麗な目をめいっぱい見開き、あらんかぎりの力で私を抱きしめたかと思えばあっという間に目の前に跪いて、それからずっと、私にキスしている。
ただし、足の甲に。
「うう、亀甲……っ」
「なんだい?ご主人様。ぼくに言いたいことがあるなら、何でも言ってくれていいんだよ?」
くすぐったいし恥ずかしいのはどちらかというと私の方なはずなのに、何故か亀甲の方が顔を赤面させて私を見上げる。何が彼をそうさせているのだろうか。私にはSとかMとかいう世界はよく分からない。
分からないけれど、亀甲貞宗という刀剣男士のことは、分かりたい。
……そうだ。
「亀甲、やめなさいっ」
強めに言ってみる。とたん、ぴたりとキスはやみ、彼はピシッと背筋を伸ばして正座した。……効いた。
「あの、亀甲」
「はい、ご主人様!」
「……なんで、ここにキスしたの?」
「ああ、知らなかったんだね。足の甲へ口付けるのは、服従を意味するんだ。ずっとご主人様にこうしたいと思っていたけど、念願叶ってついしつこくしてしまったね叱ってください!」
「……いや、その、叱るつもりはない、けど」
服従かあ。
難しいぞ、と心の中で頭を抱える。審神者と刀剣男士としては確かに主従の仲だけど、恋仲としてはあくまで対等でいたいと私は思ってしまう。けれど、それもそれで私のわがままというか、固定観念でしかないのかもしれない。
「ねえ、亀甲」
「なんだい?」
「私、その、貴方の望むようにはなかなか振る舞えないかもしれないけど……それでも、恋人にしてくれる?」
「もちろんだよ!ぼくはそのままのご主人様をお慕いしているのだから、無理をする必要はないよ」
「でも、亀甲はその……」
「さっき、ご主人様は僕を叱ってくれなかった。ぼくの望みを一蹴する言葉、それもそれで味わい深いものだよ……ふふっ」
「そ、そういうもの?」
「ご主人様はぼくに対して自由に振る舞ってくれればいい。ぼくはそれをいちばんに受け止めることができる。それで十分さ」
不思議だ。
側で見ているだけだと、彼の言動や行動から、変わったひとだと思ってしまう。いや、じっさい変わってはいるのだけれど、彼の素直さや優しさに、滲むようなひかりに、私は惹かれてしまったのだ。
惹かれてしまって、それを伝えてしまった。こうなったら、私も腹を括るしかない。
女は度胸だ。
「分かった。……ねえ、亀甲?」
「なんだい、ご主人様」
ドキドキと、胸が高鳴る。頬があつい。こんどこそ、私の方が赤面している。こんな「命令」、生まれて初めてだ。
「……く、唇に、キスしなさい。私が満足するまで」
その意味くらいは、私だって分かっている。