しずく、しずか、しずむ【三】この白く長く、俺に巻き付けてくる尾は人間の脚に変化させることが出来るらしい。
自信満々に「できます!」とのことだ。
だからたまの気分転換、夜の散歩などに誘ったりしていた。家にいるとウサミはずぅっとこっちを見てくるし、それは俺も息が詰まる──と、うっかり口から零したものなら機嫌がどうなるもんだか分からないので言わないようにしている。
「明日、休みだからどっかに行くか?」
そう聞いたのは金曜の夜。
散歩程度なら問題ないのは確認している。たまには昼間の──店や施設の開いてる時間にでも、なんて思った。
「お前が嫌なら、無理にとは……」
「行きます!」
食い気味の即答に思わず笑ってしまった。
いつも近所の公園くらいだったが、今日は足を伸ばして大きめの商業施設へ。
曰く「人間の文化に興味がある」のでまあ楽しんでもらえた……と思いたい。
併設されたフードコートで、まあ食べること。
日も落ちてきて、来た時より伸びる影。夕日でも見ながら近くの海浜公園を通ってゆっくり歩いて帰ろうとした。
そのときだった。
ウサミが突然、視界から消えた。
正確には、体勢を崩して地面にぺたんと座り込んでいる。段差や小石に躓いたわけでもない。
本人も何が起きたのか分かっていないのか、目を丸くしたまま動かない。
「──?」
「ど、どうしたんだ?」
「なんでしょう?足が変です」
「足?」
ウサミの足元、靴を脱がせて触ってみる。擦れて傷がついている。
靴擦れ、というよりも、もっと根本的な問題がある。
「……なんだこれ!?」
柔らかい。
足の裏には土踏まずもなく、ふにふにと赤子のような感触。
それ以上に衝撃だったのは、足の指だ。指同士がくっついて繋がってる。
ああ、なんというか、
「雑な足すぎるだろ!ちゃんとやれよ!」
「そんなに違いますか?」
「全然ちがう!いいか、足の指も、硬さも、意味があってそうなってんの!」
体重の分散、歩くための構造、進化と成長で現在最適化された結果が人間の足なんだ。
それをこいつは見えなきゃわからない、と思ってかなんなのか、それとなく形を模倣しただけだ。
「それでよく“できます”、って言えたな」
「できてます」
「できてねぇよ!ちゃんとしないと、もう連れてこないぞ、まったく……」
本当にこいつは映画やなんかのなにを見ていたんだ?甚だ疑問だ。
次から出かける前に、足のチェックもしなくちゃならんのか。
人通りのある道の脇に避けて、ウサミを俺の背で隠すようにしながら、その足に“指導”する。
硬さ、指の形、それから痛まないかと尋ねる──
──のを、ウサミはうっとりした顔で見ている。
「門倉さん、僕のこと心配してくれるんですね」
「は?いや、まあ……」
「僕のことが好きだから」
「え?ちがう!ちがうって!普通のことだから!そもそも、お前が脚をちゃんと作れていたらこんな──」
「うれしいです」
「話、聞いてぇ?」
「僕、ちゃんとした脚を作ります」
「あー……うん。そうして」
「はい!」
返事だけはいいんだけどな。ほんと。