しずく、しずか、しずむ【六】「これって、何?」
ストレートに、シンプルに訊いてみた。
俺の中に出してくる、精液みたいな、でも明らかに違う、これの正体。
「これは、僕の“愛”です」
果ててうつ伏せになった俺の尻を撫でながら、怪異は静かに言った。
「……そういうロマンチックなやつじゃなくてさ」
そんなふわふわキラキラしたものなわけがない。
そう思いながら、俺は続けた。
「成分とか……お前の体の、出してるもんの話。そういう、理屈の方」
「なるほど、肩こりに効くみたいな?」
「えっ、効くのか?」
「いえ、効きません」
「……だよな」
そんな温泉みたいな効能、あるわけない。
とろっとしてて、においがまったくしなくて、何度出されても正体が分からない。
そもそも、こいつにとって性行為自体が必要なものじゃないはずだ。
「ああ、“分かりました”!門倉さん」
ぺちぺち、と軽く俺の尻を叩きながら、嬉しそうに言う。
「これは“水”です」
「み、水……ぅ?」
「はい。だから、もう安心してください。ただの水ですから」
水。
……にしては、なんか粘度がある。
本当に水なのか?
ぐるぐる思考を巡らせていると、ウサミがくすくす笑う。
「ねえ、門倉さん。意味ないですよね、そんな風に考えるのは」
尾が顎の下へと滑り込み、俺の顔を持ち上げる。
見下ろしてくるウサミと、目が合った。
「だって、あなたは僕が何を言っても、どうせ疑うじゃないですか。水だと言っても、薬だと言っても、信じない。体に悪いものだって言ったら?そっちの方が納得しやすいですか?」
「……そういう、わけじゃ……」
「こんな時、僕に何て言ってほしいんですか? 僕に教えてください」
「……」
言葉に詰まった。
その通りだった。俺はこいつを疑ってる。
どこかで、心が通じあっていないと感じているから。
でも、ウサミの方は違う。
少しずつ、俺の心を拾い、考えを掬い、静かに、確実に近づいてきている。
それがわかるからこそ、俺は黙るしかなかった。
今更黙ったところで、
たぶん──いや、間違いなく、手遅れだ。
ウサミがさっき言った“分かりました”は、
あの液体のこと成分どうのじゃなくて、“俺のことが分かりました”って意味だった。
「これは、僕が昂ると出てしまうんです。
門倉さんのことが、愛しくて、愛しくて……」
ぞっとするほど美しい顔で、
人間の言葉を使って、愛を囁く。
「だから、これは僕の、“愛”と、“欲の副産物”です」
嘘のない言葉の方が、時にいちばん怖い。