しずく、しずか、しずむ【一五】「人間の文化に興味があります」
「そのくだり好きだねぇ……」
どうせまた、ろくでもないことだろう。
ちら、とウサミの方を見やると、何か手に持っている。針──に見える。
「ここに、穴を開けたいんです」
「ピアス?」
自分の耳たぶを指先でつまむように、ウサミがそこをなぞる。
「人間って、ここに穴を開けて飾るんでしょう?僕もしてみたいんです」
「はあ、まあ……いいんじゃない?」
アルバイトしたい、とか言い出すよりはマシか。
そう思った次の瞬間──
「本当ですか? じゃあ、お願いします」
「えっ!?」
ぽんっと手渡されたのは、太い針だった。
「俺が開けるの?!」
「そうです。他に誰がいるんです?この辺りに、ひとつお願いします」
「無理無理!」
縫い針よりもはるかに太い。
先端恐怖症ってわけじゃないが、見てるだけで尻の奥がぞわぞわしてくる。
「いや、自分で開ければいいだろっ」
「僕、開けたことないです」
「俺もだよ」
「じゃあ、門倉さんのはじめて、ですね!」
「そんな“はじめて”は要らない! それに──」
針と、ウサミの耳を交互に見た。
穴を開けるということは、この怪異の体に傷をつける、ということだ。
それは……なんというか──
「門倉さん、ここに書いてありますから」
なんと言い訳して断ろうかと考えるより先に、ウサミがスマホの画面を差し出してくる。
表示された手順は、開けたい場所にしるしをつけて、消毒、軟膏、そして──
開いた目がこちらを見ている。期待に満ちた、逃げ場のない目だ。
……断れなさそうだな、これ。
そっと耳たぶに触れる。
やわらかい。体温以外は、人間のそれと何ひとつ変わらない。
開けやすい角度とか、力加減とか、そんなのは何もわからない。
ニードルの先端を、印の上にそっとあてがう。反対側には消しゴムを押し当てて──
ぷつ、と。
自分以外の皮膚に針が入り、
その針が、奥へ、向こう側へと突き抜ける。
やわらかく、けれど弾力のある耳たぶを貫いた感触が、指先から手のひらへ、確かに伝わってくる。
貫通したニードルをそのまま押し込み、そこにピアスを差し込む。
針を引き抜くと、傷口に残る異物が、小さくきらりと光った。
流れとしては単純だ。
けれど、手に残った感触が消えない。
怪異の身体に穴を開けた。本人の希望とはいえ、どこか冒涜的で、いけないことをしてしまったような背徳感が、じわりと残る。
当の本人は、というと──
満足気な顔で、まだ触るなって言ってるのに、そわそわした様子で耳たぶのふちを撫でている。
「門倉さん、ありがとうございます!」
「……おう。まあ、満足したなら、よかったよ」
「じゃあ、今度はこっちをお願いします」
「えっ?」
「片方だけじゃあわないでしょう?あと、ここと、ここと、ここにも開けたいんです」
「や、やだぁ……」
──本当にいやだ。
“いやだ ”
“お願いします”
そんな攻防の末、俺はピアスを開けるのがスムーズにできるようになってしまった。
ただ、あの貫通する瞬間の感触だけは──
いつまでたっても、慣れることはなかった。