仕事が終わるまで待っているとおっしゃるので閣下をリフレッシュスペースにご案内し、飲み物と本を何冊か準備してから自席へ戻った。そう長くはかからない量であったが、閣下をお待たせしている以上早く終わらせるに越したことはない。メールを片付け、企画書の最終チェックと人事関係の書類に目を通す。返ってきたメールに再度返信して、スケジュールを一部調整する。最後にいくつか電話をかけて一通り急ぎの仕事を終わらせた。あとは夜自室で片付けよう。書類作りならパソコンがあればどこでもできる。俺は荷物をまとめ、残っている職員に声をかけてから閣下の元へ向かった。
管理職の席が近いとリラックスできないだろうとリフレッシュスペースは俺の席から一番離れたところにある。ソファからはみ出た銀色の頭が上を向いていて、閣下がテレビを見ているのが遠目にも見てとれた。この時間帯にはよくあるランキング番組のようだ。ひな壇芸人の笑い声がかすかにここまで届いた。読書に飽きたか、それとも全て読み終わってしまったか。時間をかけたつもりはなかったけれど一言詫びを入れなければ。俺はソファを迂回して閣下の視界に入る位置までやってきて、お決まりの敬礼ポーズをとった。
「やや、閣下、お待たせしてしまい申し訳ありません! 帰還の準備が整いました!」
「あ、茨、お疲れ様」
労うような閣下の微笑みに笑い返して、するりと視線を滑らせる。テーブルに置いていた紙コップの中身は空になり、本には栞が挟まれていた。読書に飽きた方か、と離席中の閣下の様子を推察する。テーブルを片付けてさっさと引き上げよう。キッチンが混む前に夕飯の支度を終えたい。そう思って本に伸ばした俺の腕を閣下が捕まえた。顔を向けると、機嫌の良さそうな微笑みを浮かべた閣下がぽんぽんと自分の隣の席をたたき、座るように促してくる。何か話しておくべきことでもあっただろうかと内心首を捻りながら、俺は閣下の指示通りソファに腰掛けた。
「あのね、あの番組、たまたま流れていたのだけど結構興味深いんだ」
茨も一緒に見ようと、閣下の指差す方へ大人しく視線を動かす。壁掛けテレビの中では先程と同じ番組が続いていた。ランキング式のバラエティ番組。今から第五位の発表です、なんて言いながら女子アナがフリップを見せる。
『◯×食品の五穀米とさばの味噌煮弁当です』
『あ! これ美味しいですよね、冷食なのにさばの身がふわふわで、私も好きです』
『そうそう、中までしっかりあったまってるし、あれどういう仕掛けなんでしょうね』
『昔は表示された時間温めても中がカチカチのままで、冷食ってホントまずかったですよね』
『まずかったってそんな。コメントが素直すぎませんか』
『アハハ』
なんとなく、この後の流れを察してしまった。勘はいいのだ。そうでなければここまで這い上がってこれなかった。俺は恐る恐る閣下の方へ視線を戻す。テレビではなく、俺を見つめていた彼とばっちり視線が噛み合った。その琥珀色の瞳が爛々と輝いている。言葉で表すなら、わくわく、だろうか。漫画だったらきっと目の周りがきらきらしていたことだろう。好奇心にあふれたその瞳はいつだって雄弁だ。だからきっと、俺の予想は外れない。
「あのね、私……――」