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    巨大な石の顔

    2022.6.1 Pixivから移転しました。魔道祖師の同人作品をあげていきます。

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    巨大な石の顔

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    サンサーラシリーズ番外編。蛍にまつわる藍兄弟の思い出話。またしても兄上と江澄はでてきません。CP要素は忘羨だけになります。

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #忘羨
    WangXian

    竹箒 年若い蘭陵金氏の宗主が、蛍の群れを未だかつて見たことがないというので、その日の夜は急遽夜狩りではなく蛍狩りに変更になった。
    金宗主はこの春から雲深不知処の座学に参加していた。義理の甥は、魏無羨がたまに彩衣鎮の料理屋などまで外へ食事に連れ出してやっているからか、はたまた気の置けない友人たちと同じ宿坊だからか、「金麟台へ帰りたい」と根をあげることもなく寺のように規律の厳しいここの生活になじんでいた。唯一の気がかりは金麟台に残してきた飼い犬の仙子だそうだが、時折江澄が見舞って文で仙子の様子を教えてくれるそうだ。その話を聞いたとき、様子見とかこつけてここぞとばかりに大好きな犬を触りに行っているのだろうと魏無羨は頬がゆるむやら歪むやら大変だった。
     今日の座学の休憩時間で、そろそろ蛍が出る頃だと少年たちの間で話題になったという。
     意外にも、虫籠に入った蛍を買ったことはあっても群れになって飛んでいる姿を見たことがない上蛍を狩ったこともない世家公子が金凌はじめ複数いて、ちょうど空も朝から曇っていたので今宵は蛍狩りと相なった。
    「なんだお前、蓮花塢で叔父貴に蛍狩りへ連れて行ってもらえなかったのかよ」
     魏無羨は、年端もいかない幼子のように蛍狩りに行きたいとせがんできた少年にからかうような調子で返した。
     彼が子供の頃、蛍狩りは広大な蓮花湖のほとりで行っていた。湖の縁に沿って立つ森に蛍が集まっていたのだ。
     夕餉を食べ終わったら若い門弟たちみなで小船に乗り込み、閉じた蓮の花と立ち葉をかき分けながら水辺のそばで生える木々のところまで漕いで、船ごとに虫取り網で蛍を捕まえてその数を競うのだ。それが、魏無羨や江澄はじめ雲夢江氏の若い門弟たちにとって夏の夜遊びの一つだった。
     彼らが夜狩りに出始めた年、雄の蛍は木の葉に止まって尾を光らせて雌を呼び寄せ交尾しているということを魏無羨は知った。ませた少年は、「明るさといい、やっていることといい、この木はまるで妓楼のようじゃないか」と星屑がちらばっているかのようにあちこちで蛍の光る木を小船から見上げ他の門弟たちと笑ったものだ。
     それは二十年近く前に雲夢江氏を離れた彼にとって、百年前の出来事のように感じるぐらいはるか遠い、それでいて生き生きと鮮やかに瞼に浮かぶ愛おしい記憶だった。
    「そんな話、叔父上から聞いたことさえないな」
     昨日の出来事のように蛍狩りの思い出を嬉々として語る魏無羨に、金凌は何とも言えない居心地悪そうな表情を浮かべた。
     おそらく江澄が姉の忘れ形見である甥を蛍狩りへ連れて行ったことがないのは、連れて行けば必ず魏無羨という金凌にとって両親の仇に等しい存在に触れざるを得なかったからだろう、と彼もまた金凌の気まずそうな様子をみて気付いた。
     魏無羨がこの世によみがえって、江澄との間にあるわだかまりは溶けたようでまだ高山の頂に積もった雪のように残っている。
     金凌が座学へ入った挨拶に雲深不知処へ来ただろう江澄を遠目で見かけたが、魏無羨は声をかけることができなかった。かつてのように自然と言葉を交わすにはまだ時間がかかるように彼は思っていた。おそらくは江澄のほうも。離れていても言葉を交わさずとも、お互いのことがわかることはある。
     その日の夜、風は吹いていないが思いのほか空気は冷えていた。この時点で、何もしていなくても汗ばむような暑さの中で行う蓮花塢の蛍狩りと決定的に異なっていた。
    「おい、藍湛。なんで竹帚なんか持っていくんだよ」
     冷泉近くの竹藪へ行く道すがら、横を歩く夫に魏無羨は不審そうに問いかけた。彼はその手に虫取り網ではなく、使い込まれた竹帚を逆さに持っていた。
    「蛍狩とはこういうものではないのか?」
     魏無羨が最近発明した照明、夜明珠に照らされた夫は不思議そうに首を傾げた。
     その様さえ絵のように美しく「うちの白菜ちゃんは今日も別嬪さんだ」と見惚れそうになるが、いやいやそうじゃないとぶんぶん小さく首を振る。
    「どういうことだよ? ふつうは虫籠と虫取り網だけだぞ」
     だから二人の後ろを歩いている少年たちが手にしているのは呪符と霊剣ではなく、虫籠に虫取り網だ。よもや姑蘇藍氏にだけ伝わる蛍狩の方法でもあるというのだろうか。
    「蛍の飛ぶ草むらに行くと隠れている蛇に噛まれるかもしれないから、箒の先に蛍を集めてそこで捕まえなさいと、私たちが子供のとき叔父上にそう教えられた」
    「ああなるほどそういうことか」
     竹箒はつまり、まだ夜狩りにすら出たことのない幼い子供への優しい気遣いというわけだ。
     あの底意地の悪く頭の固い藍のジジイに、そんな細やかな面があったとは。魏無羨は意外に感じた。
     二人の後ろを歩いている少年たちは、魏無羨が鍛えているのもあってこれまで蛇よりもよっぽど恐ろしいものと何度も遭遇してきた。だから今更草むらに隠れている蛇に突然襲いかかられても動じることもないと思うが、夫が子供の頃に叔父にしてもらったことを、彼の保護下にある若い門弟たちに繰り返そうとしているのはとても微笑ましい。
    「お前のあの厳しい叔父上殿にも優しいところがあったんだな」
     彼ら兄弟の中に厳しいだけではない叔父との思い出があることは、少しばかり救いがあるように魏無羨は思えた。夫の兄である沢蕪君は、両親の件があってから兄弟二人が道を外さぬように叔父は彼らを厳しく監督したとかつて言っていたから。
     封印の儀式から一年以上経ったが沢蕪君はまだ閉関を解いていない。それほどに金光瑶が彼に与えた傷は深く大きかったようだ。
     今宵、蛍を捕まえて寒室の中に飛ばしてやろうかと思ったが魏無羨はやめた。
     今や実の弟の見舞いも拒み、弟の奏でる琴にも反応しないほど彼は心を閉ざしていたからだ。
    「私たち兄弟は物心ついたときからこの時期は叔父上と毎年蛍狩りをした。叔父上はいつも竹帚を持って私たちに蛍を捕まえさせていた。私たちがそれぞれ夜狩りに行くようになってもそれは続いた」
     だが、沢蕪君が座学の監督生になったとき、竹箒を手に持った叔父にとうとう『私も忘機も自分で蛍を捕まえられますよ』と告げて蛍狩りを断ったという。実際のところ、夜狩りにも出て当時幼いながらも修士の鑑としても世間に名を馳せ始めた藍氏兄弟は、もう叔父との蛍狩りを楽しめなくなっていたのだ。
     叔父との思い出を淡々と語る夫に、魏無羨は腹を抱えて笑い転げそうになった。
     沢蕪君にそう告げられるまで、藍啓仁にとってきっと甥っ子二人は暗闇の中無数の蛍が舞う光景に目を輝かせて網を振り回す幼い兄弟のままだったのだろう。意外に可愛らしい所もあるようだ。
     まあ、あの石頭のじいさんも俺の可愛い可愛い夫と血がつながっているから当然っちゃ当然か。
    「魏先輩、含光君は俺と思追が夜狩りに行くようになるまで竹箒を持って蛍狩りに毎年連れてきて下さいました。今回は夜狩りには行っても蛍狩り初心者ばっかりだから、竹箒をわざわざ持ってきてくださったんですよ」
    「誰が初心者だ? 蛍ごときを捕まえるのに初心者も玄人もあるか」
    「ほんとのことじゃないか、金のお嬢様。せいぜい蛇に噛まれないように気をつけろよ。言い忘れていたけど、雲深不知処にはひと噛みされた途端あの世行きの毒蛇もいるからな」
     藍景儀は魏無羨への呼びかけを装って、実際は藍忘機に十もいかない子供のような扱いをされている金凌たちをからかっていた。
    毒蛇という単語が出たところで、「ひっ」と欧陽子真の息を呑む声が聞こえる。彼は先日大きな土蜘蛛を一人で倒したというのに、蛇は苦手なようだ。
    「はっ、毒蛇なんぞ今更俺が怖がるとでも思うのか。それからいい加減お嬢様言うな!」
     いつものように藍景儀に掴みかかるか睨んでいるだろう金凌を藍思追が穏やかな声でなだめに入った。
     振り返らずとも手に取るようにわかる背後の光景に、藍忘機は彼にしては珍しく座学時代の自分たちを懐かしく思い出していた。あの頃の彼は、横にいる魏無羨にからかわれては心をかき乱されていた。当時から修真界で一目置かれていた彼をおちょくろうとする人間などそれまでいなかった。大人でさえも、彼の心に手を伸ばす度胸はなかった。
     背後の少年たちは当時の魏無羨ほど騒動を巻き起こしてはいないが、その彼に日頃から指導を受けているせいか厳格で実直な叔父にそうそう従順でもない。藍忘機の許容の線の上を行ったり来たりすることさえある。だからか人をからかう役が藍家の人間になったのだろう。時代不同――時代は変わったのだ。
     藍忘機がわざわざ幼い思追を蛍狩りへ連れてきていたことを知って、魏無羨は柄にもなく目頭が熱くなった。陰気の強い乱葬崗には蛍など飛んでいなかった。もしあのままあそこで無事に育っても金凌のように彼は今の年になっても蛍一匹見ることも捕まえることもできなかったかもしれない。
     魏無羨が一度死んだ直後、藍忘機が戒鞭で傷ついた体を押してまで乱葬崗へ行き、そこで死にかかっていた阿苑を拾い立派に藍氏の一員として育て上げてくれたことに今更ながらどれほど感謝してもしきれない。
     子供たちがいなければ、魏無羨はありがとうの代わりに藍忘機の首に抱きついて彼に口づけていただろう。今のところは、夫の箒を持っていない腕に照明を持っていない片手をまきつけ、その肩先によりかかるだけにした。
    『大声で騒ぐべからず』という家規をよそに騒ぎ始めていた少年たちが、含光君にしなだれかかった魏無羨とそれを拒まない含光君を目の当たりにして、たちまち静かになったのは当然のことだった。
     一行が竹藪に囲まれた沢に到着すると、金色に輝く小さな光が数えきれないくらい飛び回っていた。まるで辺り一帯が光の洪水のようだった。草むらに浮かぶ透明な夜露さえも、川から水しぶきが上がっているかのように光り輝いている。
    蒸し暑い夜、愛を囁きに蓮花湖のほとりに集まる蛍とは全く違う光景に、魏無羨は今夜の記念に漢詩でも読もうかと思っていたがむしろ言葉を失ってしまった。
     少年たちもまた、目の前に小さな天の川が広がっているかのような幻想的な景色に感嘆の声を上げた。すでに見慣れていたはずの藍景儀も久しぶりに見るといいものだなあと半ば呆けたように呟いた。だからか、彼らの誰も藍忘機の立てた竹箒の先に止まった小さな光を捕えようとはしなかった。大人に近づいている彼らはやや忙しない沢の水音を聞きながら、黄金の波が暗闇に揺らめくさまを眺めるだけにとどめた。
     視界に一匹の蛍が流れ星のように飛びこんできて、魏無羨はそこでようやく我に返った。
    「藍湛、藍湛。これから毎年藍氏のチビたちを蛍狩りに連れて来ようぜ。俺が網と虫籠を持ってお前は竹箒を持ってさ。夜狩りに行くまで俺がチビどもに蛍の捕り方を教えてやるのはどうだ?」
     魏無羨は今この瞬間に思いついただろう提案を早口で小さく囁いてくる。蓮花湖の蛍が世界一美しいかのように語っていた伴侶は、どうやら雲深不知処流の蛍狩りもお気に召してくれたらしい。
     もうとっくに蛍の群れにはしゃぐ純粋な心はなくなっていた藍忘機は、二人きりではダメなのかと言いかけてやめた。
     年に一度くらい藍家の小さな子供たちと夫のために蛍狩りにいそしむそんな夜があっても悪くないと思い直して、「うん」といつものように短く返した。

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