「馬鹿か君は! あぁそうか、馬鹿だったな」
受け取った紙袋の中身を確認した露伴は目を吊り上げて怒ったかと思えば呆れ顔を浮かべている。ころころと表情を変えるその姿は予想通りで、やけそうになる頬を必死に堪えた。
今日は八月二日。学校で『バニーの日』なるものを聞いた俺は学校帰りそのままペンギンがモチーフの某ショップへ寄ってあるもの買い、逸る気持ちを抑えながらその足で露伴の家に直行した。面倒臭そうな顔をしながらも中に入れてくれるのはいつもの事で、買ったばかりの紙袋を手渡すと自分で飲み物を取りに行く。そして、戻ってきた途端にかけられた声がさっきの罵倒だった。
「僕にこれをどうしろと?」
勢いよく紙袋に手を突っ込んだ露伴は乱暴に中の物を取り出しおれに突きつける。掴んだ手からはみ出す、黒く長い大きなそれ。それはウサギ耳のついたカチューシャで、それに似合う衣装も入っている事に露伴は気付いただろうか。
「今日はバニーの日だから……」
「で?」
「露伴に似合うと思って。頼む! 一回でいいから着て欲しい!」
両手を合わせてへこへこ頭を下げる俺に鼻で笑う声が聞こえる。きっと蔑んだ目で見ているだろうけどそんなのもう慣れっこだ。
「馬鹿か?」
「頼むっ!」
「くだらない」
「一回だけ!!」
「いい加減にしろ」
「一生のお願いっ!!!」
「君は一体何回一生があるんだ!?」
何度目かの押し問答の後、俺はがっくりと大袈裟に肩を落として顔を上げた。自慢のリーゼントまで萎れてしまいそうなほど気を落とすフリをしながら露伴にせを向け、もう一度ため息をつく。
「舞い上がってた俺が馬鹿だった……露伴に似合うと思って、ダッシュでここまで来たってのによ……。悪かった、帰るよ」
「……待てよ」
とぼとぼと入ってきたばかりのドアへ足を向けると、焦りを交えた声が背中にかけられた。よし、これでいい。この声が聞けたら後はもう一押しで落ちるはず。
内心ほくそ笑みながら足を止めた俺はゆっくりと顔だけ振り返った。
「い、一回だけだからな!」
「……本当に?」
「煩いな! 僕の気が変わらないうちにあっちにいけ! いいって言うまで絶対に振り向くんじゃないぞ!」
「露伴~!」
やった、ついに勝った。嫌だ嫌だと言いながら結局最後に露伴は折れてくれていた。最近はそのパターンのやり取りも段々分かってきたような気がして、おねだりの勝率も上がったような気がする。
勝利の喜びに思わず抱きつこうとする俺の体に、容赦なく紙袋を投げた露伴は目を吊り上げて叫んだ。
「早くあっち向けってば、この馬鹿仗助!」
「悪ぃ悪ぃ」
おっと危ない。これ以上機嫌を損ねるとバニー姿は夢のまた夢になってしまう。慌てて露伴に背を向けた俺は部屋に置いてあったソファーに向かって歩きだした。
座り心地から察するに高級であろうそれにだらりと体を預けて着替えを待つ。途中『はぁ?』だの『くそ』だの色々聞こえたけれど、聞こえないフリをしてその時がくるまで待ち続ける。気分はまるでおあずけの指示を守る犬のようで、その指示を守るのがいかに大変かがよく分かった。もう俺は犬に待てという指示を出さないでいようと心に決めた。
しばらくすると着替えていたであろう布擦れの音と雑言が聞こえなくなり、いよいよかと俺の期待は最高潮に高まった。
「…………もういいぞ」
声が聞こえたと同時に勢いよく振り返った俺の目に飛び込んできたのはまさにエロスの化身だ。本来隠すべき箇所を隠さず、腕や足といったどうでもいい所を隠す、逆バニー。オマケに頭には長いウサギの耳が生えていて、元から自分のものであったかのように違和感なく似合っていた。
隠すべき所を隠さず、の衣装はたわわに膨らんだ柔らかい胸も桜色した感度のいい乳首も全て露出している。手で隠さず堂々と灯りの元へ晒しているのをいいことに、俺は舐めるようにじっくりと絶景を上から下へと眺めていた。
「本当に君という奴は何を──」
「ちょっと、露伴……何でパンツ……」
呆れた声を遮って俺は目の前の光景に口を挟む。この衣装、胸はもちろん下半身も隠さないデザインになっている。それなのに何も身に付けず衣装を着るとはどういう事だ。
柔らかく割れた腹筋から鼠径部にかけての扇情的なラインもその下に生える薄い繁みも、さらにその下に隠れる男としての象徴も全て丸見えだった。
「はッ! 知らないのか?」
腕を組んだ露伴は自信満々に俺を見上げる。
「この服は何も着けずに着るのが正解なんだ」
露伴の言っている事は正しい。が、違う。俺が言いたいのはそうじゃない。頭の中が露伴の事で埋め尽くされて、煩いほど高鳴る心臓は今喰わねば男が廃ると囃し立てる。まさかここまでちゃんと着こなしてくれるとは露ほども思わなかった俺は、目の前のご馳走にごくりと喉を鳴らした。
「どうせ変なビデオでも見たんだろ。それはこんなポーズでもしてたか?」
そう言った露伴はニヤリと笑いながら挑発するように腰をくねらせ、テーブルの角に手をついて尻をこちらに向けると見せつけるよう高く突き上げた。
ダメだ。もう限界。挑発したアンタが悪いんだからな。
「仗助、これで満──」
言い終わらないうちに俺の体は動いていた。振り返る露伴を肩で担ぐと、さっき座っていた柔らかいソファーへ向かう。部屋で盛るなと何度も言われた事が頭をちらつくが、今はそんな事守れそうにない。放り投げるように露伴をソファーへ降ろすと、逃げられないようタイツに包まれた足を掴んだ。
「ちょ、何して……」
「似合いすぎて、無理」
後でいくらでも怒られる覚悟はできている。だから今は本能に従うと決めた俺はガチャガチャと片手でベルトを外し始めた。