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    kth_0831

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    kth_0831

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    数年後設定 同じアパートでお隣さんやってるるいねね

    「類」
     インターフォンで呼ばれて玄関の扉を開けた先に、パジャマ姿の寧々が立っていた。今からそっち行っていい? そんな電話に了承の返事をしてからものの数十秒後のことだから、そこに寧々がいること自体は特に驚かない。類を少なからず動揺させたのは寧々のその格好だった。
    「今日、こっちで寝るから」
     類の内心の驚きを知ってか知らずか、寧々は類をしっかりと見上げて言う。譲る気はないとでも言いたげな、気の強い視線だった。寧々がこういう目をするときはもう相当意志が固まっているときだと、長い付き合いの中で知っている。
    「わかったよ。とりあえずあがって」
     いつまでもこの格好の寧々を玄関口に立たせておくわけにはいかない。扉を開き切って寧々を招き入れると、お邪魔します、と言ってあがってきた。引く気などないという顔をしていたのに、そんなところは妙にお行儀がいい寧々に少し笑う。実家が隣だったときから続いている習慣だから、ほとんど無意識なのだろう。
     時刻は二十三時を回っていた。同じマンションで気軽に行き来できる隣の部屋に住んでいるとはいえ、今までこんな時間に寧々が訪ねてきたことはない。
     寧々が部屋の奥に入ったことを確かめて、類は扉を閉めた。鍵をかける音が心なしか大きく響いて聞こえた。



     草薙寧々。彼女が類にとってどういう存在なのかという問いには、これ以上なく簡潔な回答がある。幼馴染。それが、類と寧々の関係を最もシンプルに言い表せる言葉だ。
    「類、あれからご飯食べた?」
    「ああ、そういえばまだだったね」
    「やっぱり。そんなことだろうと思った」
     どうせあれからずっと作業してたんでしょ。そう言って、寧々は書きかけの図案や資料が散らかったままの机の上に視線を滑らせた。
    「さすが、寧々はお見通しだね」
     今日の昼は寧々の部屋で今話題になっている映画を見た。映画を見る環境は寧々の部屋の方が整っているから、そういうときは寧々の部屋に行くのだ。映画を見た後自分の部屋に戻ってから今までずっと作業に没頭していたのだが、そんなことは寧々にはお見通しだったらしい。
    「わたしじゃなくても想像つくと思うけど」
     寧々は類のことをよく知っているし、類も寧々のことをよく知っている。幼馴染として積み重ねてきた時間があるのだから自然なことだとは思うが、改まってそういうことを言うと時々寧々は今のように素っ気ない返事をすることがあった。
    「そうかい? でも寧々は僕が作業を終える時間を見計らうのも上手だよねぇ」
    「べつに……何となく、そろそろ終わったかなって思っただけ」
    「フフ。うん、いいよ、それでも」
     寧々の素っ気ないのは怒っているからではない。手放しに褒めると、寧々はいつもこういう反応をする。そんな寧々の控えめな照れ隠しをかわいいと思うが、これを言うと本当に機嫌を損ねてしまいそうなので言ったことはない。
    「それで、寧々。こんな時間にどうしたんだい」
     じゃれ合うような気軽なやりとりを切り上げて、類は突然本題を切り出した。
     寧々とは実家が隣同士で、お互いに一人暮らしを始めた今もこうしてお隣さんをしている。だから、昔からお互いの家に行き来するのは日常茶飯事だった。だが、こんな夜中にやって来るとなるとまた話は違ってくる。寧々はそういうことがわからない女の子ではなかった。そうだとすると、何か理由があるはずなのだ。
    「……」
    「寧々」
     寧々は黙り込んでいる。促すように名を呼べば、寧々はじっとりと睨むように類を見上げた。
    「類が悪い」
    「僕が? 僕は寧々に何かしてしまったかな」
    「類があんな映画見ようなんて言うから。あんなに怖いなんて聞いてない」
    「おや」
     予想外の答えに、思わず寧々を見つめ返す。
     寧々とは今までに数え切れないほど映画を見てきたし、その中にはホラージャンルだって含まれていたが、今まで寧々がホラー映画を怖がっているところを見たことはない。
    「怖かったのかい? 昼間はそんなふうには見えなかったけれど」
    「昼間は明るかったし、類がずっと隣で喋ってたから気にならなかったけど、夜になったら……」
     そこまで言って、寧々はまた黙り込んだ。つまり、夜になって暗くなってきたのでだんだん怖くなってきて、ひとりで寝るのが嫌だからここに押しかけたと、そういうことらしい。まあ、話の筋は通っている。
    「そんなことを言う寧々は初めて見たね」
    「仕方ないでしょ。あれ、ホラーの最高峰とか言われてる、すごく怖いので有名なやつだし……」
    「うん、そう言われているだけのことはあったね。あれだけ人の恐怖心を煽れる演出を分析すると色々と参考になるよ」
    「またろくでもないこと考えないでよね」
     寧々はいつものようにからりとそう言って、いつものように小さく笑った。それはやはりいつも通りで、ホラー映画を怖がっているようには見えなかった。
     類も寧々も、交友関係は決して広くない。幼い頃はほとんどお互いだけが友人のようなものだった。そんな頃から付き合いがあったとしても、当然相手の考えていることがすべてわかるわけではない。だから、今も寧々が何を考えているのか、類にはわからない。
    「もう寝るかい?」
    「ん、そうする。ソファ借りていい?」
    「ああ、どうぞ」
     ベッドを使ってもいいとはさすがに言えなかった。遊び疲れて同じベッドで眠った、幼かったあの頃とは話が違うのだ。自分が寝起きしているベッドを使うことを提案することの危うさを、類はもう知っている。
    「こんな時間に寧々が僕の部屋にいることを知ったら、おばさんもさすがに驚くんじゃないかな」
    「まあ、そうかもね。でもお母さん、ここに引っ越すときお隣が類くんなら安心ねって言ってたからそんなに気にしないかも」
    「これはこれは。信用されたものだ」
    「そりゃあ、ね」
     寧々は笑みを含んだ声で言ってから、欠伸をしてソファに丸まった。
     やれやれ、と類はソファの上の猫のような幼馴染の背中を見て内心でため息をつく。長い夜になりそうだった。



    (類のばか)
     類に背を向けてソファで丸まった寧々は、目を閉じてはいるが眠ってはいなかった。眠れるはずがない。
     ずいぶん思い切ったことをしたという自覚はあった。類とは互いの部屋を頻繁に行き来していたが、こんな時間に訪ねるのは初めてだった。
     昼間に見た映画が怖かったなんていうのはもちろん嘘だ。類とホラー映画を見たことは何度もあるし、今までは怖がる素振りなど見せたこともないのに突然今日は怖かったなんて言うのは無理があるとは思ったが、これ以外に適当な口実が思いつかなかったのだから仕方ない。
     ――類のばか。
     心の中で何度も繰り返す。
     最初から、あんな嘘で類を騙せるとは思っていなかった。嘘だとバレても良かったのだ。そんなバレバレの嘘をついてまでここに――こんな時間に類のところに来た理由を、類に考えてほしかった。そうすることで、安穏とした幼馴染という関係に爪痕を残したかったのだ。
     最初からバレることが前提の嘘。けれども類は、嘘だと知りながら、進んで騙されることでそれ以上の追及を避けた。
    (ばかなのはわたしだ)
     こんな周りくどいことをしたって、相手はあの類だ。上手くいくはずがない。
     ただの幼馴染のままでいたくない――そう、正面から伝える勇気もないくせに、変な小細工をしようとしたのがそもそもの間違いだった。
     夜中に押しかけようが同じ部屋で寝ようが、何も起こるはずがない。類は、何も起こさない。
    「寧々」
     聞き慣れた声が静寂を揺らした。
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