今度は、先の約束を 最期は、見れなかった。見てしまったら、立ち上がれなくなりそうで。最期だと、認めたくなかったからかもしれない。別れの挨拶すら、まともに交わさないまま二度と会えなくなった。
そうして、ずっとソイツへの思いを抱えたまま生きた男の夢を見る。
「やぁ、リヴァイ。今日も凶悪な目つきをしているね」
「……うるせぇ」
「寝不足かい?」
「最近、夢見が悪ィんだよ」
「それは困ったね。ただでさえゴロツキのようだと言われていたのに、最近は遂に誰かヤッたんじゃないかと持ちきりだよ」
「ちッ、暇人どもはクソしてとっとと帰りやがれ」
「テストも終わったからね。刺激を求めていたところに話題を提供しているんだから仕方ないさ」
リヴァイがおかしな夢を見始めたのは、1学期の期末考査が始まる直前だった。初めは不鮮明で気にもしていなかったものが、どんどんとクリアになってきていて寝ているのに寝た気がしない。テストは問題なく乗り切れたはずだが、これが続くようならこの先の生活に不具合が出るのは目に見えていた。
「……クソがッ」
「そんなに嫌な夢なのか?」
「どうにも煮え切らねぇ男の人生を繰り返し見せやがる」
「へぇ。どんな男なんだ」
「姿は見えねぇ。ただ、亡くした誰かをずっと忘れないまま過ごしてる」
「それはまた、熱烈だな」
「…………そんなんじゃねぇよ」
「じゃぁいったい」
「悪いが、ここまでだ。この後用事があるんでな」
「あ、あぁ。そうか。では、また明日」
「あぁ、またな」
こんな中途半端なところで切られたら気になるだろう。それでも何故が続きを伝える気になれなくて、リヴァイは話を切って立ち上がった。そしてさっさと教室から出ていく。もしさっきの質問に答えていたとしたらこう言うだろう。
ソイツが生きてて、戻ってくりゃいいってずっと考えてんだ。ひとりで住むには広い部屋の中でな。
後悔しているってわけでもなさそうなのが、どうにも腑に落ちなくてスッキリしない。今日もまたあの夢を見せられるのかと思うと、夜が来るのが憂鬱だった。
そして、変わらず寝不足のままさらに一週間が経った。リヴァイの目つきも機嫌もどんどん悪くなっていく。友人たちは苦笑いで揶揄ってくるが、それ以外からは遠巻きにされる日が続いていた。頭の中は常に霞がかかったようで、さすがに限界を感じながらリヴァイは駅で電車を待つ。うつらうつらと睡魔が襲ってきたところで、誰かに、思い切り顔を掴まれた。
「ーーやっぱり!!」
「は?」
「ねぇ、あなたリヴァイでしょう!」
そう言って僅か数センチの先でこちらを見つめていたのは、メガネにポニーテールの背の高い少女。どことなく既視感はあるが、絶対に初対面だと断言できる相手。数秒見つめあって、この異常な状態に気づいて飛び退く。
「……ッ、何だテメェ!」
「何って、え?うそ。リヴァイ覚えてないの!?」
「いきなり人の顔引っ掴むような女は知り合いにいねぇ!」
「えぇーー!そっか、その可能性は考えてなかった!」
しまったなぁ、と明るく笑う少女に毒気を抜かれてリヴァイは警戒を緩めた。じっと相手を観察する。常識や突拍子は持ち合わせていないかもしれないが、どう見ても普通の少女だ。さらにいうなら年も近い。見つめられていることに気付いて、少女はさらに笑みを深めた。
「相変わらず凶悪な目つきだよね。またゴロツキ扱いされてそう〜」
「またって何だ。テメェ知らねぇだろうが」
「うん、そうだね。今のリヴァイのことは知らないね」
知り合い説を再度否定してもケラケラ笑って流した少女が、ふと初めて静かな瞳でリヴァイを見つめた。そして、ゆっくりと優しく紡ぐ。
「でも、もっと前のリヴァイのことなら知ってるんだよ。誰よりもね」
雰囲気に飲まれて動けないリヴァイの一歩手前まで近づいて、手を差し出した。握手を求めるように。
「ねぇ、リヴァイ。私はハンジ」
「ハンジ……」
「そう、ハンジ。これからヨロシク」
ハンジという名前には覚えがあった。それこそ、ここ一月ほどずっと聴いていた名前だった。夢の中の、男の声で。そう理解した瞬間、あの夢が感情を伴ってリヴァイの中に流れ込んでくる。そして、目の前の少女へ向ける感情が切り替わったのを感じた。
「…………クソメガネ」
「え!?リヴァイ、今ッ」
「あぁ、思い出した。いや、取り戻したっていうべきか?」
「うっわぁぁ、まさか名前で思い出してくれるとは思わなかったよ!」
「散々夢は見せられたが、お前の姿はなかったんでな」
「そうなの?私はもの心ついた頃にはもう覚えてたからなぁ」
「まぁ、その辺りはどうでもいい」
「えぇー!?良くないよ、知りたいじゃないか!」
探究心が強いのは変わっていないようだと、クルクル変わる表情に懐かしさと安堵が込み上げてくる。永遠に失ったはずのものが戻ってきたことに、リヴァイは心の底で歓喜した。当然、顔に出しはしなかったが。この奇跡を縫い止めるために、今度はリヴァイがハンジに手を差し出す。
「オイ」
「なになに?教えてくれる気になった??」
「ちげぇよ。ヨロシクするんだろ、ハンジ」
「うん!」
ニヤリと、意識して笑って見せたリヴァイの手をがっしりと両手で握って、全身で嬉しさを表したハンジが上下にブンブンと勢いよく動かした。
とりあえず、ハンジの部屋で話をしようと決めて二人電車を待つ。その間も取り止めのない会話が続いていった。不意にリヴァイがハンジの顔を見上げる。
「あぁ、そうだ。いつから一緒に暮らす?」
「へっ」
「この世界ならオレらがいなくなっても問題ないだろ」
「な……な、なッ」
「そのときは毎日風呂に突っ込んでやるから安心しろ。二人だけでってのはまだ当分先だがな」
「な、なんでそれはしっかり覚えてるんだよぉー!!」
真っ赤になったハンジ渾身の叫びは、ちょうどホームに入ってきた電車にかき消された。
「で、ハンジはどこの学校に通ってるんだ?」
「あぁ。家族の仕事関係でずっと海外に行っててさ、一月前に戻ってきたんだ。だからまだどこにも通ってないよ」
「一月前…………」
「どうせならリヴァイと同じとこにしようかなーって、どうしたの難しい顔して」
「何でもねぇ」