舎弟より特別な「雄大くんっていい兄貴分だよな」
門倉の元へ書類を持って行った帰り、南方は隣の部屋から聞こえてきた言葉に足を止めた。
雄大くんとの呼び方からわかる通り、この部屋にいるのは門倉の黒服だ。舎弟とも言い換えてもいい奴らでもあり、中には自分が街を牛耳っていた時に見た顔もちらほらいる。
そんな奴らがする門倉の話。南方の知らない一面も語られるのだろうかと思わず聞き耳を立ててしまう。しかし理性が盗み聞きはいけないだとかなんだとか訴えてきたせいか、ただでさえ目立つ巨躯は舎弟たちから見える位置だというのに隠れことが出来ていない。
当然それに気付かない舎弟たちではなく、一人立ち上がると南方が立ちすくんでいる方の扉を開く。
「南方立会人、お暇でしたら我々と少々話しませんか?」
「ああ」
舎弟から向けられた友好的に見せながら僅かに含まれた挑発的な視線。舎弟の意図に南方は気付きながらも迎え入れられるがまま部屋へと入った。
「南方立会人も来たことだし、雄大クンのいいところ話していこうか」
南方を呼び込んだ舎弟がそう言うと他の舎弟もいいぞいいぞと頷いた。誰から行くなんて和気藹々と話してはいるが、南方に時折向けられる視線は敵意を隠していない。
やはりそうか。自分の予想が合っていたかと南方は一人頷く。コイツらは南方が門倉の恋人なんて地位に収まったのが気に入らない奴ら。たが、門倉に直接別れろなんて言えないから南方にこういった絡みをしてきているのだ。門倉は自分たちにもこんなに良くしてくれるのだからお前は特別なんかじゃないと。
そっちがそういうマウントを取るつもりなのであれば自分も真っ向から受けるのみ。自分の番が来るのであればどんな惚気を話してマウントをとってやろうかと算段を立てる。話して門倉が機嫌を損ねなさそうなものから舎弟へのダメージが大きそうなものと脳内で選別を進める。
それにシンプルに舎弟からみた門倉というものが盗み聞きを悩む程度には気になるというのもあるのだ。自分の番が来なくとも楽しめるであろう。
なんてことを南方が考えるうちに順番が決まったのであろう。南方を部屋に連れ込んだ舎弟とは違う一人が口を開いた。
「雄大クンは優しい。ただ優しいって訳じゃなくて俺らのこと思って厳しくしてくれる優しさがある」
たしかにと周りの舎弟が頷いている。
「その分無茶もいってくるけどな」
「でもそれ俺らが出来ると思って言ってきてるから応えたくもなるよな」
南方もその言葉に小さく頷いた。確かに門倉は無茶を言ってはくるが無理なことは頼んで来ないのだ。お前ならこの程度出来るだろ?と期待を込めた目で言われたら応えたくなってしまう舎弟の気持ちはよくわかる。南方とてそれで何度無茶をしたか分からない。
「それで出来たらちゃんと認めてくれるし」
「信頼もしてくれるし」
その通りなのだ。門倉という男は飴と鞭の使い分けが上手い。その絶妙な塩梅を計算なしでやってのけるからこそ、舎弟を黒服としてまとめあげるカリスマなのだろう。
南方が聞き手に回っていることをいいことに舎弟たちの話は徐々に内輪のものへと変わっていく。
「そういやこの間の飲み会の雄大クンはすごかったな」
「まさかあんなことするとはね」
そういいながら南方の方をちらりと見てくる舎弟の視線は優越感をはらんでいた。話しぶりからして南方が参加していない先々週のものだろう。舎弟と飲んでくると連絡が来ていたかと思えば、深夜遅くにインターホンがなった日のことを思い出す。
「ああ、あの日か。えらくご機嫌だったが何があったんだ?」
舎弟もまさか飲んだその足で南方の元へと行っていたことは知らなかったのだろう。驚いたような表情を一瞬見せるもすぐににこやかに取り繕い南方の問いをはぐらかす。
「いえ、大したことではないです」
「お前らのことやけに褒めとったけど?」
ほんの少し自尊心を煽る様なことをいうと顔を合わせた舎弟たちはほんの少しだけ嬉しそうに口角を上げ自慢するように話し出した。
「立会人になって丁度二十年経ったのでサプライズでプレゼントしたんですよ」
「そしたら酔った雄大クンがひとりひとりを名指しで呼んでこっちが照れるほど褒め散らかして」
「あのときはほんとすごかったな」
「あんなに口説くようにいわれるとは」
どう褒められたかと各々が口々に言葉を漏らす。舎弟にプレゼントを貰ったと自慢はされたが二十年の節目だったのは知らなかった、と南方は内心歯噛みするも表情にはおくびにも出さない。悔しいが立会人としての門倉のことはこいつらのほうが詳しいのは事実だ。
「南方立会人はなにか雄大クンのいいところとかないんですか?」
一瞬黙ってしまった南方に勝ちを確信したのか南方を呼び込んだ舎弟がそう問いかけてきた。
「俺は門倉にお前らほど良くはしてもらってないかもな」
南方の言葉を聞いて舎弟たちはほらと得意げな目をした。確かに口にした通り扱いとしては舎弟の方がよくはされていることだろう。だが、それは甘えがないからだ。南方相手には甘えがある分よく無理をさせてくる。
「でも門倉のいいところは敵対していた奴でも気に入れば迎え入れる度量の深さだろ?それこそ俺もこうしてここにいるのは門倉のおかげでもあるわけだし」
暗に門倉が認めている奴をお前らが認めないのはどうなんだ?こんなことを仕掛けるとは器が小さいのではないか?との想いを込める。こんなことに乗ってしまった自分は棚に上げてだ。南方に言外にそう示された舎弟たちは少し気まずげに視線を逸らす。
場の状況が逆転したのを悟った南方はこの程度にしておくかと立ち上がり出口へと向かう。惚気話をしてやるまでもない。
「まぁええ話きかせてもろうたわ。ありがとな」
ニィと口端を上げて笑いそれだけを言い残すと、なんとも微妙な空気になった部屋を後にしたのだった。
「……ってことがあってな」
自身の黒服の舎弟たちとのやり取りがあったと話す南方に適当に相槌を打ちながら門倉は勝手知ったるダイニングで酒を飲んでいた。こうして付き合うようになってから門倉は週三回と言わず南方の家に入り浸っている。
向かいに座るだいぶ酒の回った南方は門倉が立会人なって二十年たったとは知らなかっただの、なんでもう少し早く再会できなかったのかだのとくだを巻いていて少々面倒だ。
「でも今隣におるんはおどれやろ?」
少しくらい機嫌をとってやるかと、そういって首を傾げれば南方は嬉しそうに門倉ぁ……!と声を上げた。全く単純なやつだ。だがそういうところが好ましくはあるというのは門倉の心に秘めておく。
「……でもわしもたまには褒めてほしい」
南方は意を決したようにぐいとグラスに残った酒を煽ったかと思えばそんなことを言ってきた。酒が入ったとて普段はこういった甘えをしてこない男だが、余程舎弟に自慢されたのが羨ましかったのだろう。
仕方ないなと門倉はひとつ溜息をつくとソファーへと移動し隣を軽く叩き呼ぶ。
「南方。来い」
南方は呼ばれるがままおずおずと門倉の隣へと座った。期待を含んだ目にやはり単純なやつだなと門倉は口元を緩めながら南方の頭をくしゃりと撫でてやる。風呂のあとだったこともあり、整髪料をつけていない髪はいつもよりほんの少しだけ柔らかい。
「おどれはようやっとるよ」
門倉がそういってやれば南方は嬉しそうに目を細めた。
「立会人なって歴も浅いのに警察と両立させとるし」
「当たり前じゃ」
「その当たり前ができん奴もおる」
この男は当たり前だと言ってのけるが、立会人のなかでも表稼業がこれほど忙しい奴もそうそう居ないだろう。立会いに向かうことを優先し、時間に余裕のある職についている立会人も多い。
「それにワシの期待も裏切らんでようやる」
南方には多少どころではなく無茶を言っている自覚がある門倉だが、南方はそれをしっかり、時には門倉の予想以上にこなしてくるのだ。だからこそ無茶を言っているというのもあるのだが。でもこういう奴だからこそ隣に置いておきたい。
そうしていくつか門倉が言葉を重ねるうちに満足したのか南方は小さく言葉を漏らした。
「こがいにしてもらうなら舎弟になるんもええのぉ」
ここまで言葉を尽くしてもなお、舎弟扱いだからこそ言って貰えていると思っているらしい。流石にそれは門倉も聞き逃せない。
「舎弟にはここまでせん。恋人じゃけぇしてやっとるんじゃ」
そう門倉が言い返すと南方は驚いたように目を見開き顔を伏せた。その赤く染まった耳はアルコールのせいだけじゃないようだ。
門倉は自分がどれほどこの男を好んでいるのかをしっかり教えてやらなければなと弐ィと笑うと、ソファーへと押し倒し唇を奪った。
翌日、記憶がばっちり残った南方は言葉でも身体でも甘やかされた醜態に頭を抱えるのだった。