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    はねた

    @hanezzo9

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    はねた

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    高校のころから福田さんの誕生日を素直に祝えない伊達さんの話。
    ほたつきは付き合っているがふくだては付き合っていません。

    #ほたつき
    #aoas
    #ふくだて

    イリュミナシオン 天井に朝の光が躍っている。
     身じろぎすればシーツがかさりと乾いた音をたてた。
     ベッド脇のキャビネットからスマートフォンを拾いあげる。画面を確かめ、七時かとひとりごちた。
     目覚めたばかりだというのに体は鈍くきしみをあげている。
     十月もなかばを過ぎ、エスぺリオンFCユースはABチームとも連戦に追われていた。そのためミーティングに下準備にと、このところ残業が続いている。
     ゆうべも日付が変わるころになんとかベッドにもぐりこんだものの、カーテンは閉じきらずにいたらしい。レースの隙間からのぞく青空を、伊達は横たわったまま眺めた。
     窓ガラスを通り抜けて、どこからか子どもの澄んだ声がする。おかあさーん、ごはんまだー。それに応えるようにかちゃかちゃと食器のぶつかりあう音がして、犬の吠え声、小鳥の囀りと、水曜日の朝はひたすら明るく賑やかだった。
     陽射しの加減か、光がふと瞼の裏に差しこむ。
     手びさしをして遮ろうとするもかなわないので寝返りを打つ。子どもじみた真似を、けれど咎めるものはない。
     天井のしろさが妙にくすんで目に残った。
     生活のほとんどをしまいこんだ部屋にはけれどさほどといってものもない。ちかごろは寝に帰るばかりで、かたづいてはいるもののいったいに荒んだ感がある。キッチンに続くドアはなかば開いていて、フローリングの床に薄い影が溜まっていた。
     ふたたび寝返りを打ち、空気が澱んでいることに気づく。次の休みには掃除だなと頭の隅で考えた。
     モノトーンを基調とした家具、そのなかにあって壁にかかったカレンダーばかりが妙にめだっている。見慣れたクラブロゴとトップチームの選手の写真、そうして二十一という数字を伊達はぼんやりと眺めた。
     十月二十一日。その日付が意味するところはいまさらつきつめるまでもなかった。
     目を閉じる。
     達也おまえもうすぐ誕生日だよな、なんか欲しいもんある? そんな声がふいと耳によみがえる。それとともに、いつかの景色がふいと脳裏をよぎった。古ぼけた白色電灯のあかりと障子戸に閉てきられた部屋、日晒しの畳の匂い、あれは高三の秋、サッカー部で関西遠征をした夜のことだった。
     強豪校の大所帯で、同学年ばかり八人が旅館の二階の八畳間につめこまれた。窮屈ではあったものの、昼間の勝利の余韻から、消灯時間ぎりぎりまでみな布団のうえで雑談に耽っていた。
     たずねたのがだれだったか、それはもはやさだかでない。自分は福田にそんな風に気軽に問えなかった、そのことばかりが記憶の底にこびりついている。何気ないふりをしてこっそり握りしめた、手のひらに爪が食いこむ痛みさえまだかすかに残っているようだった。
     周囲がおーおめでとう十八歳などと気の早い拍手をするなか、祝われた当人はそうだな考えとくわと言ってあっさり話を終わらせた。
     そうしてその夜、みなが寝静まるなか、伊達はちいさな声を聞いた。
     望と呼ぶ、その響きはふしぎに甘く、そうしてとても苦かった。
    「欲しいのはおまえだよ」
     周囲をはばかってかひそめられた言葉、頬をかすめる熱い吐息、そのどちらにも応えることができないまま、伊達はただ布団のなかで懸命に眠っているふりをした。
     ひたすらに眠っているふりをし続けて、気づけば十七年もの歳月が経っている。
     ばかなことだと自嘲した。
     何度となく思いかえしたあの秋の夜、そうして臆病な自分はその先を夢にさえ描くことができない。
     ちいさく息をつき、ベッドから起きあがる。つまらんことだと呟いて、仕事に行くべく洗面台へと向かった。
     秋の空気はひやりとして、ゆっくりと夢の残滓を払っていった。


    「懐かしいなあ」
     朗らかな声に伊達はキーボードを叩く手を止めた。
     見れば監督室の一角にひとだかりができている。中心にいるのは月島で、そのまわりを堀田や福田、そうして弁禅がとりかこんでいた。
     月島の手にはいま一冊の雑誌がある。ピンクを基調にした表紙にはハートや星が散りばめられ、サッカー選手とおぼしき面々がさわやかな笑顔を浮かべていた。
    「弁禅さんって結構常連だったよね、親しみやすいからかな」
    「そうじゃな、よく似顔絵描いてもらっとったのう。グッズにもなっとった」
    「僕も持ってるよ、弁禅さんの似顔絵フェイスタオル。広報のひとにもらった」
    「うっわ、使いづらいなそれ」
     話題となっているのは数年前に休刊となったサッカー情報誌だった。ポップで可愛らしい表紙、人気イラストレーターによる選手たちの似顔絵など、女性サポーターをメインターゲットとした紙面構成が他誌とは一線を画していた。日本代表イケメンランキングだの若手有望株のグラビアだの、華々しい記事に混じって観戦指南や硬派なゲーム理論などが掲載されており、硬軟とりまぜた内容が界隈でも評価されていた。
     昔話に興じる同僚たちを眺めている、と、弁禅がこちらに向かって手招きしてくる。
    「望も来い、おもしろいぞ」
    「就業時間だぞ」
     昼どきとあって何とはなし気のゆるむ頃合い、とはいえ職場で大っぴらに雑談にふけるのはいかがなものかと、伊達はため息をつきつつ立ちあがる。たとえ断ったところで、弁禅や福田が絡んでくることは目に見えていた。
     福田の隣に立ち、月島の背後からその手元をのぞきこむ。「若手選手のオフに密着!」と題された記事には、現在は日本代表常連となった選手たちの名が連なっていた。
    「チャラいようで目が高かったよな、ここの記者」
     福田が感心したようにあごを撫でる。そうじゃのうと弁禅があとを引きとって、取材時の思い出をぽつぽつと語る。
     現役生活は短いながら月島も誌上の人気を得ていたようで、僕の似顔絵があるねと嬉しげにしている。そのかたわらにあるデスクには紐でくくられた雑誌の束がふたつほど積まれていた。
    「さっき資料室にいったら見つけたんだ。森野さんのプレー分析が載ってたからガノン戦の参考になるかなって」
     そう言いながらも結局のところは戦術解析そっちのけで、月島と弁禅は楽しげにページをめくっている。僕ここにいるね、ワシはここじゃなと指さしあうふたりに、おまえら自分で自分のウォーリーを探せやってんなよと福田がちいさく肩をすくめる。
    「あ、望だ」
     名を呼ばれ、伊達はあらためて誌面に目をやった。ページの隅にモノクロの写真ではあったけれども、そこにあるのは確かにかつての自分の姿だった。エスペリオンのユニフォームをまとった、その右手はまっすぐ前方に向けられている。
    「今月のベストプレー三位だと。とりあげられ方がちゃんとした選手っぽくて羨ましいわ」
     ワシなんかちょっとマスコット枠じゃもんなと弁禅がぼやくのに、月島がハハハと笑う。
    「これ大宮戦だったんだよね。あの試合の望すごかったな。ゲームメーカーって感じで冴えてたよね。よく覚えてる」
    「望のボール捌きは安定しとったからのう」
     昔話に花を咲かせるふたりのかたわらで、堀田がふむと口元に手をやった。
    「みなさんJリーガーだったんですね」
     なにやら思うところがあったらしい、堀田がしみじみと言うのに、そうだよと月島がうなずく。
    「知らなかった?」
    「いや知ってますしみなさんの現役のときの試合も観たことありますけど、やっぱり普段のイメージが勝つというか」
     なんだか実際にこういうところ見ると妙な感じですね、と堀田はいたって素朴な感想を述べてくる。そういうものかと伊達がうなずけば、そういうものかなあと月島が小首をかしげる。
    「じゃあ、はい、僕らの勇姿だよ」
    「はあ」
     なかばむりやり雑誌を押しつけられたというのに、そうですかと素直に応じて堀田はページをめくる。なんでおまえそんな尻に敷かれてんの? と福田のぼやきが聞こえた気がしたが、取り合うこともないかと伊達は黙っていた。
    「月島さんのミニポスターですか。すごいな、アイドルみたいだ」
    「かっこいいだろ? 部屋に飾ってもいいよ」
     呑気な口ぶりに堀田の表情がふいと曇る。とはいえ要りませんという声は普段どおりで、月島がそれに気づいた様子はなかった。
     優秀なトレーナーはひとの痛みを察するのがうまい。月島のジュニアユースからサッカーにかけてきた時間とキャリアの短さとを、あるいは本人よりも気にかけているのかもしれなかった。
    「月島、それはクラブの資料だ。勝手に私物化するな」
     諌めれば、月島はそうだねと素直にうなずく。
    「この号うちにあったかなあ。堀田さん、見つけたら要る?」
    「結構です」
    「俺は代表のときカレンダーとかも出てたぞ」
    「福田、おまえもいちいち張り合うな」
     えっへんと胸をそらす福田に、それ僕もってたよと月島が信奉者らしいところをのぞかせる。へえと福田がむしろ驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせた。
    「え、なに、サイン要る?」
    「なんじゃ水くさいのう、ワシのサインもやるぞ」
     年長者たちの好意ともからかいともつかぬ言葉にけれどもいっさい取り合うことなく、月島はいたってマイペースに堀田の手元にある雑誌をながめている。ここはおまえも乗るところだろと福田が肘をつついてくるのに、伊達は無言を貫くことで返した。
    「あ、福田さんも載ってるよ」
     ほらここ、と指でしめされた箇所にその場の視線が集まった。
    「なに、俺往年の選手扱い? 過去? ああそうか、月島現役のときは俺引退してたもんな」
     ベストタレントセレクションという見出しの下、日本代表のユニフォームを着た福田の写真がある。記事につけられたプロフィールを辿り、堀田があれと首をかしげた。
    「福田さん、誕生日もうすぐなんですね」
     来週だ、と確かめるように口にする。そのかたわら弁禅が大仰に拳を打った。
    「そういやそうじゃったな。来週なら試合連チャンも一段落する頃じゃろ、なんじゃ、『かわすみ』で祝うか」
    「そうだねえ、あの店バースデープランってあるかな」
     ホールケーキに蝋燭立ててもらってさ、と月島がにっこりとするのに、福田は盛大に顔をしかめてみせる。
    「どんだけ祝う気だよ」
    「それは祝うだろ、記念すべき福田さんの生まれた日だよ」
    「そうじゃそうじゃ、われらが名監督の誕生日は是が非でも祝わんとな」
    「おまえら呑みたいだけだろ」
     気心の知れた者同士、にぎやかな掛け合いが延々と続くなか、伊達はひとりため息をついて席に戻る。
     堀田が口にし、月島や弁禅が盛りあげた話題に自分ばかりがひとことも口を挟めなかったことがしばらく胸に苦く残った。


     夕暮れが空から青を奪っていく。
     秋の風は澄んで、かすかにしめりけをふくんでいる。夕焼けの朱は水にも似ていた。鳥の影が空に点々とちらばって、かあかあという声がおもいもよらぬところからとどく。
     練習を終えた子どもたちがぞろぞろと更衣室へと去っていくのを、伊達はフェンスのまえでひとり見おくった。練習着もとりどりの髪型も、みなひとそろいの茜色に染まる。
     お疲れさまっしたーという声があちらこちらから、低いのも高いのも、いずれにしても大人と呼ぶにはいささか早い。きょうの晩飯なんだろなーなどと笑いあう、その姿もまたあどけなかった。
     高校生とはあれほどまでにおさなかっただろうかと、伊達はこどもたちの背を眺める。その姿のいずれかににかつての自分たちを重ねてみようとして、けれどどうしてかうまくはいかなかった。
     細い手足も高い声も、十七年もの昔に置いてきたはずだった。それでいて、福田も、そうして自分もあのころを引きずり続けて生きている。
     ばかなものだとすこし笑った。声はちいさくひっそりとして、秋の風にまぎれて消えた。
     引きずり続けているくせに、重ねた歳月のぶんおとならしい分別がからだのあちこちにこびりついて、その奥にあるあおくささを覆い隠してしまう。自分でももうどこにしまいこんだかわからずに、結局たがいに宙ぶらりんとなった相手を眺めている。
    「望?」
     そう呼ぶ声も十八の秋から変わらない。ふりかえれば、あの秋から十七年ぶん歳を重ねた姿がある。
    「二十一日、平日だろ。練習のあと駅前の町中華な」
     あたりまえのようにそう言って、福田はこちらのかたわらに立つ。
     弁禅と月島がボールネットを抱えてクラブハウスの方角に歩いていく。練習終了からそう時間は経っていないというのにあたりは綺麗に片づいていて、うちのスタッフ優秀だなあと福田がぼそりとつぶやいた。
     たがいの誕生日に食事を奢りあうのは福田が日本に帰ってきてからの慣例だった。はじまりは五月六日、自分の誕生日に福田がなにを食べたいか尋ねてきたからで、半年後の十月二十一日にはあちらから自己申告を受けた。そうして十年近くが過ぎたけれども、伊達が自分から要望を口にしたことはいちどもなかった。
    「油分が多い。コンディションを考えろ」
    「いいじゃん、現役時代は食えなかったもんよ」
     時計の針は七時に近い。空はゆっくりと色味を濃くして、いまや朱と藍との層をなしていた。子どもたちの姿はすでになく、練習場はひっそりとしている。
     ひいやりとした風が喉元をくすぐる。
     秋の夜が近づいていた。
    「福田」
     そう呼べば、福田は律儀にこちらを向く。十七年の歳月を経て、その表情はかつてのものよりずいぶんと穏やかだった。それでいて目の奥にある熱ばかり、けして消えることはない。
    「私はおまえのものにはならんよ」
     見据えるそのさき、福田は目をまるくする。虚を衝かれたというような、そのさまが無邪気ですこしいとしかった。
    「おまえの言うことはすべて実現する。私はおまえのそばでそれを見てきた」
     だから、と伊達はしずかに言葉を継ぐ。
    「私だけはおまえのものにならない。それが私の矜持だ」
     何度か瞬き、それから福田はああとちいさく呟いた。
    「なに、おまえあのとき起きてたの」
    「気づいてなかったのか」
    「うん」
     素直にうなずいて、福田は上着のポケットに両手をつっこむ。サンダル履きの足をぶらぶらとさせて、なにをおもったかかすかに口の端をあげた。
    「おまえにとっちゃこれもノーカンか」
     ぼそりとひとりごちる、言葉の意味を確かめようとするよりさき福田はにっと笑ってみせる。
    「なあ知ってる? 月島と堀田付き合ってんの」
     予想外のことに伊達は目をみひらく。
     話の接ぎ穂を見つけられずにいるこちらをどう見てか、福田はだろーとどこか得意げに空を仰いだ。
    「びっくりするよなあ。最近あいつら距離近いなとおもってカマかけたら、うんそうだよそれが? だとよ。そんなもんでいいんだなあって感心したわ」
     はは、と笑い声が耳にする。
    「そんなもんでいいのにさ、俺らなにやってんだろうな」
     望、そう名を呼ばれた。
    「おまえが俺を神様みたいにするから俺は生きてける」
     ふたたびこちらを向いた、その目はやはり十八のころと変わらない。まっすぐに、けれどどこかに諦めのような色がある。
    「そんでおまえは、俺がおまえのこと聖人みたいにおもってんのにあぐらかいてる」
     なあ望、くりかえすその声ばかり十八の秋より深みを増していた。
    「おまえがものならよかったな。人間でも聖人でも神様でもなくてさ。そうしたら俺は、おまえが欲しいって簡単に言えたのに」
     でもそうじゃない、そうつけ足して福田はなおも笑う。すこし眉尻を下げた、その表情はどうしてか高校生のころよりずっと幼く見えた。
     夜が次第にしのびよってくる。風は水をふくみ、ゆっくりと手足の温度を奪っていく。指のさきがつめたいのはそのせいだと、向かいあう福田の頬がしろっぽく見えるのもきっとそのせいなのだと、伊達はそう思いこむことにする。
     視界の端、クラブハウスの明かりがひとつふたつと消えてゆく。
    「だから」
     そう言う自分の声を、ひとごとのように伊達は聞いた。
    「私はおまえのそばにいられる。私がおまえの願いをかなえないうちは、私はおまえを完璧な神にしないでいられるからな」
     うん、と福田はちいさく頷く。その顔から笑みが去ることはなく、頬のしろさはいっそう目に残った。
    「しょうがないよな。だって望だもん。いつまでも希望の星で、手にはいらないんだ」
     風がそよいで、そのなか馴染んだひとの匂いがふいとする。福田が手をのばし、こちらの頬をしずかに撫でた。
     触れるか触れないかの、ぬくもりはあとさえ残さずに離れていく。
     福田はこちらにすこしだけ手をのばし、そうして自分はそれになにを返すこともできずにいる。
     十八の秋から幾度となくくりかえしてきて、たがいにばかばかしいとわかっているのにいまさら身をひくこともできない。俺らなにやってんだろうな、そういう福田の言葉がひそりと耳の底で鳴った。
     伊達はひとり拳を握る。いったいこの手のひらにどれほど爪を立てたものか、もはやわからなくなっていた。
     福田はこちらをのぞきこむように一歩ちかづき、それからゆっくりと踵をめぐらす。
     その目のなかにある諦めの色はこれから先も変わらないのだと、そんなことをすこし思った。
     胸の底がざわりとして、気づけば伊達は口を開いていた。
    「福田」
     呼ばわれば、その背がぴたりと止まる。磊落なようでいて、この男が自分の言葉を聞き落とすことはないのだといまさらのように気づいた。それは自分もきっとおなじで、だからこそ互いの言葉の重さにいつまでもがんじがらめになっている。
    「私はおまえの願いを叶えない」
     うんと低い声が耳にする。ふりかえらない、けれどその顔に笑みがあることは見ずともわかった。諦念と未練と期待とをどうしてもやりすごせない、何度も鏡で見たのとおなじものがそこにあるのに違いなかった。
     だが、と伊達はゆっくりと言葉を継ぐ。
    「おまえにはいつか私の願いを聞いてほしい」
     福田がこちらを向く。夜のなかにあっていっそうしろいその頬に、しばらくして浮かんだ笑みは想像していたよりはるかに優しかった。
    「堀田のこと笑えねえな、俺」
     とんだ病膏肓だ、そうぼやきつつ福田はちょいちょいとこちらを指でさしまねいてくる。こどもじみたふるまいに、伊達はため息をつきつつしたがった。
     となりにならべば、福田はゆっくりと歩きだす。サンダル履きの足がすこしかしいだけれど、手を貸すことはしなかった。
    「誕生日祝いはおいといて、今日の帰りなに食う?」
    「あじの味醂干しだな」
    「それこないだ居酒屋で頼んだら月島がまさかの個食でぜんぶ食っちまったやつだろ。根に持ってんな」
     だらだらととるに足らないことを話しつつ歩く。夕暮れどき、かたわらにある声もひとの匂いも高校生の昔と変わらずに、それこそが自分の願いなのだとは口にはしないで伊達はひっそりと口元をゆるめた。
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