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    はねた

    @hanezzo9

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    はねた

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    aoasたかすぎくんとたいらくんを書きました。
    たいらくんの決断後のお話。

    #aoas

    世界はまだきみを知らない 談話室の空気はぬるい。
     ひとの気配がまだあちらこちらに残っているような、けれども八時を過ぎたいまあたりにひと影はない。
     廊下のさきにはいくつか馴染んだひとの声が、それも次第に遠ざかっていく。
     平はソファに腰かけている。
     テーブルにはマグカップがひとつ、白湯をさまして淹れてある。なにやら気に入らないことがあったらしい、同室の住人が妙にぴりぴりしていたので退避してきたところだった。
     黙々と筋トレをする阿久津の姿をおもいだし、ちいさく笑う。あの癇癪玉を気遣う日々ももうすぐおしまいとおもえばいっそ感慨深い。
     暇つぶしがてら文庫本の頁をながめていると、そのとき背後で声がした。
    「なにしてるんだ」
    「高杉」
     なまえを呼べば、ああときまじめな返事がある。風呂上がりらしい、すこし上気した首筋にタオルがかかっている。
    「読書かな」
     こちらの答えに高杉は興味を示したようだった。ひょいと手元をのぞきこんでくるから、見やすいように文庫本をかかげてみせる。
    「……ミステリ?」
     それも将来の勉強か? と高杉は眉根を寄せる。ただの趣味だよと笑って平は本を閉じた。
     サッカーをやめると告げたとき、高杉の顔はこわばった。その気配はいまもまだ、平と向き合うときちらりとのぞく。
     時計の針がこちこちと音をたてる。エアコンがぶんと大きく鳴った。
     高杉が向いのソファに腰をおろした。まだ濡れた髪をタオルで乱暴にぬぐう。ひとのことはあれこれと気にかけるくせ、高杉はわりあい自分を大事にしないところがある。そんなことをあたりまえに知るほど、自分はこの優等生のそばにいたのだと、いまさらながらに気がついた。
    「ちいさいころにさ」
     ん、と高杉が髪を拭く手を止める。ひとの言葉を聞き落とさないようにする、その誠実さも平はずいぶんまえから知っていた。
    「小学生のころ、おまえたちとサッカーやるのが楽しかった。楽しくて楽しくて、コーチに終わりだって笛を吹かれたり、家族が迎えにくるのが正直なところ不満だった。もっとみんなと一緒にサッカーがやりたい、家に帰ってまた次の日になんていやだ、もっとずっとみんなといたいっておもってた。たぶん、サッカー選手になりたいとかそんな、具体的なことよりずっと前にさ、『みんなとサッカーしたい』ていうのがあって」
     いったん言葉を切り、平はあたりを見まわす。蛍光灯のした、室内はしらじらとして明るい。さきほどまで集っていただろうひとびとの気配がまだあちこちにたゆたっている。
    「それってさ、とっくに叶ってたんだよな」
     その夢もまた遠くない将来、ただの昔のことになる。胸にちらりときざすものを、平はてのひらでこっそりなだめる。未練を見せてはいけないと、あえて笑おうとしたところで高杉が口を開いた。
    「なら、高校卒業したら一緒に暮らすか?」
    「は?」
     突然のことにとりつくろうことも忘れてしまう。硬直するこちらにけれど構うこともなく、高杉は髪を拭くのを再開する。
    「俺がこのままトップにあがって、おまえは駒場だっけ? ちょうどいいのはどのあたりだろう、あとで調べないとな」
     高杉の、絶対にサッカーを手放さないという自信にちらりと胸を灼かれた気がした。そうしてちいさなその傷は、無邪気な信頼にあっさりと塗りつぶされてしまう。
    「すごいな高杉、俺が現役合格するしかも東大にって決めこんでくる」
    「え、するだろ? だって平だぞ?」
     曇りのないまなざしに、こらえきれずに平はふきだす。
    「なんだ、おかしなことでも言ったか?」
     いっそ妙なものでも見るような顔をしてくる高杉に、声をあげて笑ってしまった。
     そもそも俺が同居にノーっていう可能性考えてないよなとこっそりつぶやいてみる。釈然としない様子でなおも頭を拭いている高杉にはおそらく聞こえていない。愚痴めいたことを言いながら、ついついゆるんでしまう口元を平はこっそりおさえる。
    「高杉、四角い部屋に丸く掃除機かけたらまじめに説教してきそうだよな」
    「え、なんて?」
    「なんでもないよ」
     気が済んだのか、高杉は湿ったタオルをふたたび肩にかける。いややっぱり結構雑かもしれないなと平はぼんやりと観察する。
     ずっとみんなと一緒にいたいというこどものころの素朴な夢は、高校生になったいま望むべきかたちで叶えられた。そうしてあと数日もすれば、ただの思い出へと変わってしまう。
     向かいあうさき、高杉はあいかわらずきまじめな顔をしている。そこにこわばりの気配がないことに、平はふいに気がついた。
     きまじめで無邪気でじつはけっこう自信家で、そのくせひとのことばかり気にかけてくる男だった。まったく面倒なやつだなあと、平はにっこり笑ってみせる。
    「大学生とJリーガーだったら収入に差がありそうだけど、家賃折半は譲れないからな」
     む、と高杉が顔をしかめる。これは2対1くらいで払う気でいたなと、平は自分の読みにこっそり満足する。へんに気張って背負いたがる性分も、長年の付き合いでとっくにわかりきっている。
    「貸し借りなしは共同生活の基本だぞ」
    「いや、そうだが社会人と学生だろ」
    「じゃ、高杉がプロ一年めでバロンドールとったら家賃多めに払ってもいい」
    「……Jリーグベストイレブンくらいに目標設定してくれると助かるんだが」
    「訂正するよ、高杉がバロンドールとっても家賃は折半。変更は認めないものとする」
     きっちりと言いきれば、高杉は納得しきれないとでもいうように腕組みをする。
     なんでそんなとこで責任感発揮してくるんだよと苦笑しつつ、平はマグカップを手にとる。すっかり冷えてしまったそれにゆっくりと口をつけた。
     子どものころの素朴な夢はあと数日で終わってしまう。そうして一年とすこしさきの未来を、高杉は平に与えてくれた。
     自分の頬がゆるんでいることを高杉に気づかれたくなくて、平はしばらくマグカップを離さずにいることにした。
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