【New】はじめちゃんへ今年の3月末は日曜日で、月島の勤務する職場は本来であれば休日であるが、それでも部署内は残務処理をする者や異動に向けてデスク周りの片づけをしている職員たちが点在していた。
月島は4月から人事異動が決まり、後任への引継ぎは粗方終えていたが、年度末に急に沸いた残務やら後輩職員からの相談事云々を引き受け対応し、デスク周りやロッカー等の片づけを終えた頃には既に深夜になっていた。
部課内の異動の挨拶は金曜の29日に既に終えていたため、後は帰るのみである……が、3年間世話になったこの部署を、いよいよ物理的にも離れるとなると多少ながらも感慨深いものである。明日(既に今日であるが)からは新しい部署できっぱり気持ちを切り替えることとなるが。
「前山や江戸貝にもすっかり世話になったな」
「月島さん……そんな……離れても隣の課じゃないですか水臭い」
「とはいっても一つの区切りだよね」
「そうそう! 区切りとして」
と、江戸貝が何やら後手で紙袋のような音を立てた。
「な……なんだ江戸貝。たかが異動で気遣いとかなら不要だぞ」
「まあまあ」
江戸貝が取り出した紙袋からは立方体の紙箱が現れ、更に紙箱を開くと小さなホールケーキが現れた。
白い生クリームに苺が3つ。白い板チョコレートのようなものにメッセージが書かれていた。
「はじめちゃん おたんじょうび おめでとう」
ケーキに乗っているメッセージ。そういえば、今日は4月1日だった。
「今までの気持ちと誕生祝いを一緒に、だね。江戸貝クン」
「そういうことです!」
「お前ら……」
ケーキは日曜当日に買ったものなのか。年度末の多忙を極める中、ケーキを用意するのは大変だったことだろう。更に、崩れやすい生クリームのケーキを職場まで慎重に運んで月島の仕事が終わるまでの保管も必要だ。
菓子事情に疎いが、用意するのはなかなか大変だったことだろうと月島は思い至る。
「お前ら……しかし」
月島ははにかむ。
「さすがに『はじめちゃん』は照れ臭いぞ。子供みたいで」
ここまで言葉にして、ふと幼少の頃を思い出した。自分は子供の頃、誰かから誕生日を祝ってもらったことがあったのか――
「文字プレートを頼むとき、何だか自分の子供がいるみたいな気持ちになってしまいました。いや、ってかいないけど。まあ子供に戻った気持ちで祝ってもらってください!」
「そうそう。たまにはこういう時もあっていいんじゃない? ケーキ、江戸貝クンに頼んでもらって良かったよ。ありがとう」
「お前ら……二人ともありがとな。なんていうか、嬉しい」
三度目のお前らの言葉に続き、やっと御礼の言葉が出た。
「そうそう! 僕たちのことを親だと思って、たまには子供に戻って祝われてくださいね!」
明日から――既に今日の日付だが――隣同士の課であるが、トリオから離れることとなる。新しい上司も先日チラと簡単な挨拶で顔を合わせただけだったが、特徴的な眉と褐色の肌がどことなく印象的だった。それはさておき。
「ケーキ切りましょう! 三等分で! 苺も三つだし丁度いいでしょう」
「ボク、お皿とフォーク取ってくるよ」
江戸貝と前山の二人は給湯室に向かっていった。
一人残った月島は、親たちの帰りを待つのはこんな感じか? いや違うな……と心の中で呟きながら残り二つ分の椅子を自分の席に引き寄せた。
20240331→20240401