総支配人の部屋を見上げ明かりがついているのを確認してエレベーターを起動させる。飛び込んでくる明かりの眩しさに目を細めた。ぱちぱちと瞬きをして目の前の人影を視界に捉える。開いてるガラス窓をかつかつと2回ノックし「ボス」と声をかけた。声に気付いたボスと呼ばれた男はかちゃんと音をさせて手持ちの道具をカウンターテーブルに置きくるりと椅子を回転させて振り向く。どうやら銃のメンテナンスをしているようだった。
「ボス、今いいか?」
「ゲイジか。なんだ?」
ボス─ネイトはにこりと微笑んだ。ゲイジは動じない。これはネイトの癖だと分かっている。相手を油断させるために、敵を作らないように、知られたくない部分を隠す仮面のように、この男は人畜無害かのような顔で微笑むのだ。
「この前脱走した奴隷5人を見つけた。2人は抵抗が激しかったのでやむなく殺したらしいが、あとの3人は今パックスの牢屋に入れてる。処遇はどうする?」
「その場で殺さなかったのか?随分優しいんだな」
言われ慣れぬ言葉にゲイジは背筋がぞわりとし、そんなんじゃないと言うようにため息をついた。
「奴隷は大切な資源だ。労働力として使い続けるか娯楽としてみせしめに殺すか。なんでもいいがただで殺したら勿体ないだろ」
「なるほどなぁ」
うんうんと相槌をするように頭を小さく振るネイトにゲイジは脱力する。真面目に聞いているのか?と言いそうになるのを寸でで止めた。
「うん。殺そう」
先程と変わらずにこにこと穏やかな雰囲気とは対比するように背筋が凍るような冷たい声だった。
「3人いるなら丁度いい。1人ずつ各グループに渡して死体アートの展示会でもさせるか。いい娯楽になるんじゃないか?俺はよく分からんが。あとその5人と直近で会話した奴隷を2人ずつ選んでそいつらも処刑しろ。いなければ適当にでっちあげてもいい。そんなとこか?」
どうだ?というように手を広げるネイトにゲイジは少し納得がいかないと言ったように片眉を上げた。
「他奴隷2人ずつ殺すのはなぜだ?奴隷は貴重な資源だと言ったろ?」
そう尋ねるとネイトは考えるように顎を撫でた。どう説明するか思案しているようだった。
「必要経費だよ。損切りと言っても良い。例えばゲイジ、ここにマットフルーツがあるとする。とっても美味しそうだが、一部が腐っている。このご時世食料は貴重だ。どうする?」
「…腐ってるとこを切り取って食うんじゃないか?」
「腐ってるところギリギリを切り取るか?念の為に腐ってる周りも切り取るんじゃないか?俺の言っている意味、分かるか?」
「………」
有無を言わせないネイトの圧にゲイジは押し黙る。反論がないと分かるとネイトは続けた。
「腐ってるかもしれないところを食って腹壊すのは俺たちだ、そうだろ?ついでにもう一つ言っておくぞゲイジ。俺は今奴隷からお前たちを裏切らないかと提案されている」
「なんだと?」
少し驚いたようにゲイジはがばりと顔を上げる。そんな話は初耳だったからだ。先ほどの嘘臭い笑顔は鳴りを潜め、無の表情で見つめているのが分かり嫌な汗がじわりと噴き出てくる。
「俺は正直驚いたよ。日が浅いとは言え総支配人としてヌカワールド内を歩いてたら奴隷たちが普通に話しかけてくる上に自分達を解放しろと訴えかけてくる。前のボスがどういった方針だったか知らないが、奴隷の扱い方が煩雑なんじゃないか?だから脱走者が出る。資源とやらを無駄にしたくないなら極力会話をさせるな。会話をすれば欲が出て、情も湧く、だろ?奴隷達にお互いを見張らせろ。今回はそれの必要経費だ」
「分かった…分かったよボス」
「それに資源なら連邦に腐るほどあるだろう。目下労働力がいるなら使ってない人造人間を持ってきてやっても良い。それなら半日だ」
ネイトは自身がリーダーを務めるもうひとつの場所がある。インスティチュートのファーザーだ。その立場を使って奴隷を増やすと彼は言うのだ。ゲイジはインスティチュートに特に懐疑的だ。そっちをやめてこちらを本職にしてもらいたい位なのにここに人造人間を入れるなんてとんでもない!と心の中で叫んだ。
「いや、大丈夫だ。ボス」
「そうか。話はそれだけか?そろそろ寝たい」
「ああ。万事そう動く。ゆっくり休んでくれ」
ネイトはじゃあおやすみ。と声をかけると先程のような穏やかな笑みを浮かべてベッドへ向かった。無防備に晒される背中を見つめつつゲイジはエレベーターを起動させる。地上におり夜風にあたりながらゲイジはニヤリと口角が上がりそうになるのを手を押さえて止めた。比較的やる気があった頃のコルターでもここまでは言わなかった!総支配人になってくれと頼み、特に躊躇したりすることもなく快諾した時は一抹の不安を覚えたものの理想のリーダーとして動いてくれている。わざわざ奴隷どもの裏切りも教えてくれた。あの言いようだと奴隷の扱いに気をつけていればこちらを切ることもないだろう。あとは連邦に進出するだけ。ヌカワールドは、俺は、しばらくは安泰だとゲイジは感嘆の息を吐いた。