「しばらく帰れないかも」
バックパックにRADアウェイを詰め込むそういう彼の面持ちは心なしか真剣で、ベケットは持っていたグラスをテーブルに置き直した。
「そうなのか?」
彼、residentがそう言うのは珍しい。3日から1週間家を空けることもあるが、必ずいついつまでには帰ると教えてくれていたのでこのように言い淀むのは初めてのことだった。
「ピッツバーグに行く」
「ピッツバーグ?ペンシルバニアの?放射能が酷いと聞いたが、なんでまた」
「らしいな、クレーターのルーから聞いた。まぁ、ピッツバーグには知り合いもいたしちょっと見てこようかと」
言い様のない違和感を覚えてベケットは片眉を上げた。好奇心で行くには危険すぎる場所だ。
「好奇心は猫をも殺すって知ってるか?」
「難しい言葉を知ってるな。もう一つ理由をあげるならVault76居住者としての務めってのもある」
Vault76。アメリカの再建を目的に作られたシェルター。彼はそこで最終戦争を生き延びたと言う。アパラチアに出て各々が自由に過ごしている中、彼は自分の命を救った監督官、ひいてはVaulttecに義理を通そうとしているらしかった。
「ホワイトスプリングのレスポンダーがベルチバードを動けるように修理したらしくてな。それに乗っていくんだが、正直どれくらい滞在することになるのか見当もつかない。現状を把握するだけでも時間がかかりそうだ」
「………」
ベケットは考えるように目を伏せた。バーの客にも過去何人かピッツバーグ出身の者やピッツバーグに行ってきた人がいたが、聞くところによると凄惨たる状況らしい。命の危険もアパラチアとは段違いだろう。言葉としては出さないが、帰ってこられない可能性もあると、言外に仄めかされている気がした。
本音を言えば、行って欲しくない。residentはレイダーでも、ヤク中でも、カルトに心酔しているわけでもない、ウェイストランドでは比較的珍しい善人であり、貴重な友人であり、命を救ってくれた恩人でもある。そんな人を危険な場所に送り出して、無事なのか、いつ帰ってくるのか、と不安を募らせながら日々を過ごすことを想像して「ああそうですか」と晴れやかな気持ちで見送ることは出来ないと思った。でもこの人は、
この男の強情さはよく知っている。その強情さに助けられた場面も沢山あるし、助かった人も、これから助けられる人もいるんだろう。ベケットはふ、と諦めたように笑みをこぼした。
「待ってるよ」
ずっと待ってる。
強がり隠すように無理矢理口角を上げ、ニッと笑う。residentの瞳がほんの僅かに揺れ、安堵するかのように息を呑んだ。
「うん」
待ってて。と言うようにただひと言だけ返事をする。自前のバックパックを担いでくるりとベケットの方へ向き直った。
「いってくる」
「いってらっしゃい。気をつけてな」
歩くたびに揺れる背中を見つめながら彼の好きなボトルの残量を思い浮かべる。帰ってきたらすぐ飲めるようにキープをして、おかえりの準備をしておこう。
ただ無事を願いながら。