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    しおん

    @GOMI_shion

    クソほどつまらない小説をメインに載せてます

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    しおん

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    『致命症』#04

    ##致命症

    初仕事ーあのね!

    確かにこの後何か言われた。夢で言われた事なんて、起きたら忘れるのは当たり前。でも、何故かこの夢で言われたことだけは忘れてはいけない気がした。
    午前4時30分、いつも自分で起きれるはずのない早朝だった。最近は変な考え事をしてしまうことが多い。気持ちを切り替えるために、1度顔を洗ってこよう。

    洗面所につき、顔を洗おうと鏡を見る。そこには、寝ぼけてるせいか女性の姿が見えた。高身長で、桃色の長い髪と瞳の女性。その人はただ優しく、どこか寂しそうな目でこちらを真っ直ぐと見つめていた。初めて見る顔なのに、ずっと見ていると懐かしい気持ちになる。あの夢の声を聞いている時と同じ、少し嫌な感じのするあの気持ち。この女性はいつも聞く声の主なんだと何となく思った。
    「あれ?今日は早起きなんですね。」
    突然後ろからムーアが話しかけてきた。
    「うん、なんか起きちゃってね!おはよう。」
    「ん…おはよ…。」
    挨拶をするのが照臭いのか、ムーアは小声で返してくれた。顔を洗ってから隣に並んで歯を磨いていると、急にムーアの首元が気になった。
    「ムーアさん、ずっとマフラー巻いてて暑くないの?夏だし。」
    「暑いに決まってるじゃないですか、でも暑さを我慢するか首を見られるかだったら、暑さ我慢の方が断然マシです。」
    ムーアは首にコンプレックスか何かがあるようだ。聞かない方がいい話だと察した春馬は黙って歯を磨いた。
    「へぇ、それ以上聞かないんですか。」
    意外そうな顔でムーアが言った。
    「なんか気にしてるっぽかったから聞かない方がいいかなって。」
    「ふーん…どっかの狼と違って優しいですね。」
    「あはは…。」
    “どっかの狼”とは拓海の事だ。ムーアと拓海は仲が悪いのか、お互いのことを“狼”とか“うさぎ”と呼び合っていて名前を呼ぼうとしない。それに喧嘩せずに話してるところなんて多分誰も見たこと無いだろうというくらい、会う度に喧嘩をしている。
    「ムーアさんは拓海先輩のこと怖くないの?俺めちゃくちゃあの人怖くて。」
    「あんな犬っころの何が怖いんですか?あんなのちょっと身長高くてちょっと目つき悪いだけじゃないですか。」
    そんな事言いながら、少し目が泳いでいた。犬っころと呼ぶ割にやっぱり少し怖いそうだ。(※そりゃそうだ。)
    「まあでも…面倒見はいいので、良い奴ではありますよ。わたしは嫌いですけどね。」
    そう言ってムーアは洗顔と歯磨きを終え、洗面所から出て行った。それに続くように春馬も部屋へ戻ろうと廊下に出た。

    自室に向かう途中、ふと叶汰の部屋の前で立ち止まった。春馬はあることを思いついた。
    (そーだ!部屋勝手に入って、この時間に俺が起きてるドッキリ的なことしよっ。)
    そっと音を立てないように扉を開き、叶汰の部屋に入った。入るとすぐに叶汰が横たわるベッドが目に入った。叶汰は起きているようで、なにか漫画を読んでいる。いつも文字だらけの小説ばかり読んでいる叶汰が、漫画を読んでいるのを珍しく思い、春馬は思わず声をかけてしまった。
    「え!珍しい!何読んでんの?」
    「っ!?」
    声を出すことなく驚いた様子の叶汰は、素早く持っていた漫画を布団の中に隠した。
    「べ、別に何でも良いだろ、てか何勝手に入ってきてるんだ!」
    「ビックリさせたくて…」
    えへへ、と軽く頭を掻きながら謝罪をする。
    「で?何読んでたの?」
    興味津々の春馬が叶汰の布団を無理矢理剥がし、どこに漫画があるのか漁り始める。どこにも見つからない、叶汰が踏んで隠してるようだ。
    「ねーえー、なんで隠すのー?」
    「どうしようが俺の勝手だろ、どけ!」
    「いーやーだー!!!」
    ドタバタと退け合いをしていると、開きっぱなしだった扉向こうに、ぽつんとシュアンが突っ立っていた。
    「……なにしてるの?」
    いつもより冷たいシュアンの声に、春馬と叶汰は固まった。眠たそうな表情から起きたばかりだと言うことがわかる。
    「ご、ごめん起こしちゃったよね…何ぼーっとしてんだ春馬、お前も謝れ。」
    「あ、えっとごめんね?」
    謝罪の言葉を聞くと、シュアンは小さく頷いてそのまま部屋の中まで入ってきた。少しあたりを見渡してからベッドの端に座ると持っていたクマのぬいぐるみ越しにこちらを覗いてきた。
    「……なにしてたの…?」
    先程の質問の答えを待っていたようで、また何をしていたか聞いてきた。
    「えっと、春馬が僕の本を無理矢理取ろうとするからそれを止めてた…ていうのかな…?」
    それを聞いてシュアンは少し明るい表情(真顔だけど。)で叶汰の方を向き、期待してるかのような眼差しを向ける。
    「本……、かなたは本、読む…?」
    「え、うん。よく読むよ。」
    「…ぼくも…本、好き。」
    シュアンは共通の趣味を持っている事が嬉しいようで、少し恥ずかしそうにもじもじとしている。その様子を見て、漫画の話から逸らすチャンスだと思い、叶汰はシュアンにどんな話が好きか、この本は読んだことあるか等色々話し、いつの間にか意気投合していた。話についていけない春馬はそのまま寝てしまった。

    約1時間程経過し、春馬は再び目を覚ました。春馬が眠った後に叶汰とシュアンも寝てしまっていたようで、叶汰は眼鏡をかけたまま壁にもたれ掛かり、シュアンはベッドの真ん中に横たわって寝ていた。そろそろ他の部屋の人たちも起きたようで、外からはドタドタと足音や声が聞こえる。
    「ふあ…ぁ、叶汰〜シュアンくん〜、そろそろ起きよ〜。」
    いつも起こされる側の春馬が、伸びをしながら慣れない様子で2人を起こす。
    「ゔぅ…春馬に起こされる日が来るなんてな…。」
    「前は起こしてはないけど一応俺の方が先に起きたことあるもんねーだ。」
    「は?いつだよ?」
    「この前夜学校の外いた時〜。」
    そうだった…と悔しそうにする叶汰をぼーっと眺めながら、シュアンがフラりと立ち上がる。
    「…院長に……挨拶行かなくちゃ…。」
    そう言ってふらふらと部屋を出ていった。時計を見上げると時刻はもうすぐ6時になる頃だ。叶汰は慌てて着替えを始める。
    「春馬はそんままでいいの?」
    「ん!俺はいい!」
    寝起きのままの少しよれた服を堂々と見せつけ、ドヤァッと笑う。
    「…やっぱダメだ。だらしないから着替えろ。」
    「えぇぇ!?叶汰、俺の服がだらしないって言いたいの!?」
    「言いたいんじゃない。そう言ってるだろ、ほら早く着替えてこい。」
    そう言って、春馬は強制的に部屋を出された。
    「ちぇっ、ケチんぼ…。」
    「うるさい、早く行ってこい。」
    「…はぁーい……。」
    春馬はむくれてグチグチと言いながら自室に帰った。

    「…服なんて適当でいいじゃん……。」
    クローゼットを開けて、渋々まともな服を選んでいると、部屋の扉をコンコンとノックされた。
    「どーぞー。」
    「やぁぁ!!春馬くん!!御機嫌如何かなぁ!?!?」
    朝からハイテンションなリムがウキウキと部屋に入ってきた。
    「おはよー!院長さん!!俺は元気っすよ〜!!!!」
    「HAHA★そりゃよかったよかった!!!」
    リムの大声につられて春馬まで大声になっている。春馬の部屋が一瞬で騒音部屋(※なんだそれ)と化した。
    「朝からどうしたんすか?!」
    「いやぁー!!あのね!!!君と叶汰くんへ仕事を与えようと思ってだな!!!!」
    そう言うとどこから出したのか新品の記録帳を渡された。
    「え?院長さん、俺らもうこのノート持ってるよ?」
    「え!?!なに!?!記録帳のことは覚えてたの!?!?!えー?!?!」
    「覚えてたっていうか!!!!学校に荷物取りに行ったら!!!偶然見つけたんです!!!!」
    「そうだったのか!!!!!!」
    「はい、そうです!!!!!!!!!!!」
    「朝からうっせぇぞおめぇら!!!!!!!」
    だんだん声が大きくなっていく春馬とリムの声は外まで聞こえていたようで、イライラした様子の拓海が、相変わらずりこをおんぶしながら勢いよく扉を開けて怒鳴りつけてきた。
    「「ごめんなさい!!!!!!!!!!」」
    「それがうるせぇんだよ!!!!!!!!!」
    「注意してくれるのは嬉しいですが、あなたも十分うるさいですよ。」
    部屋の前を通ろうとしたムーアが冷静に注意してくれた。
    「あ?うっせぇクソうさぎ、関係ねぇ奴は引っ込んでろ。」
    「あら?それで言うなら院長と春馬さんの会話にあなたも関係ないですよね狼さん?」
    「んだとテメェ、口答えすんのか?」
    「ええしますとも!私は何も間違ったこと言ってませんからね!」
    いつものように口喧嘩を始めた2人の間にリムは割って入った。
    「まあまあ2人とも、元はと言えばボクの声が大きいのが悪かったんだよっ。これからは声量に気をつけるようにするから、どうか喧嘩はやめておくれよ?」
    「“声量には気をつける”って…その約束何回目ですか…。」
    「うさぎと同じこと思って悔しいがほんとに何回目だよ。フン……今日は時間ねーからここら辺で辞めてやるよ。」
    そう言って拓海は廊下に出て、りこに「お前そろそろ自分で起きれるようになれよ! 」等と言いながら食堂へと向かった。それを見てクスクスと笑いながらムーアも食堂へ向かった。
    「いやぁ〜悪かったね、もう朝ごはんの時間みたいだし、着替えたら早くおいで。ご飯を食べながら話そうじゃないか。」
    「了解っす!すぐ行きますねー!」
    それじゃ、と手を振って急いで服を探す。
    「うーん、適当っつってもなんか今日からするっぽいし…これでいっか!」
    春馬が手に取ったのは、いつも学校で着ていた制服だった。1日着なかっただけで懐かしさを感じる。
    「よっし、行くか!」
    この日から本格的に、春馬と叶汰の忙しい日々が始まる。

    叶汰と共に食堂に到着し、リムの姿を探す。あんなに目立つ格好をしていて身長も高いのに、全く見つからない。
    「院長さんまだ来てないのかなー?」
    春馬がキョロキョロしていると、先日同様背後から突然現れた。
    「やぁやぁ2人とも!!やっと来たのかい!!!」
    「「うわぁぁぁ!?!?!」」
    「Haha★昨日と全く同じ反応じゃないか★」
    リムは楽しそうにケラケラと笑いながら適当な席まで案内する。
    「いやぁ悪い悪い、つい楽しくってね〜!ほら春馬くん、お詫びに君の大好きなたこ焼きをあげよう!」(※春馬はめちゃくちゃたこ焼きが好物)
    「僕には何も詫びないんですか…。」
    「う〜んそうだね、叶汰くんはボクの愛情こもったハグでも如何かな★」
    「あ、いらないです。」
    「たこやき、かなたもくう?」
    幸せそうに春馬はたこ焼きを頬張っており、口元が汚れている。
    「いらない、お前もっとちゃんと綺麗に食えないのか?」
    叶汰はティッシュを取り出し、春馬の口を拭きながらリムに話を振る。
    「それで、僕たちの仕事って何なんですか?」
    「あぁ!そうだったね〜、君たち“記録帳”は持っているだろう?あれに戦闘員とか偵察員の報告をまとめてもらったり、新しい病が発見されたらその特徴と名前、わかれば発症原因を記録して欲しいって言うのはこれから先してもらうこと。だけど今日は別のことをして貰おうと思ってるんだ。」
    そう言うとリムはポケットからスマホを取り出し、地図アプリを開いた。
    「君たちの学校なんだけど、危険区域になっているんだ。まあ…危険ではあるんだけど日中は多分、多分だよ?危なくないはずだから偵察員の子達について行ってお散歩でもしてきてくれないかな?」
    学校が“危険区域”であることは、この世界に来てからすぐに拓海から聞いたことだ。何が危険なのかは全くわからなかったが、教室内はボロボロになっていた事を思い出した。
    「戦闘員とか居るってことは戦うんだよね?何と戦ってるの?」
    春馬がそう聞くと、何故か答えにくそうにリムはゆっくりと答える。
    「そうか…覚えてないんだもんね。奇病の事はもう知っているだろう?あれらを悪用して悪さをする奴らがいるんだ。そいつらを止めるためにボクらは戦ってるんだよ。でも…。」
    そこでリムは言葉を飲み込んだ。
    「「でも…?」」
    「ははw君たちほんとに息ぴったりだね、なんでもないよ。さっ、早く食べて仕事仕事!」
    誤魔化すように大量の食べ物を春馬と叶汰の前に出してから、どこかへ行ってしまった。
    「ねー叶汰、気づいた?」
    「何が?」
    「院長マスクずっと着けてるから何も食ってない。」
    「ガチやん……。」

    “偵察員”と共に危険区域を“散歩”する仕事を与えられた春馬と叶汰は、施設の玄関で一緒に行動する人たちを待っていた。
    「ねー叶汰、偵察員の人って誰なんだろ?」
    「さぁ…知ってる人がいいな…。」
    そんな話をしていると、遠くから明るい女の子の声が響いた。
    「あ!はるまお兄ちゃんと叶汰お兄ちゃん!今日一緒にお散歩行けるって本当!?」
    緑色の瞳をキラキラと輝かせながら、エリフィナがすごい勢いで走って来た。
    「偵察員ってフィナなの!?安心したぁ!今日はよろしくね!」
    「うん!よろしくね!はるまお兄ちゃん!」
    春馬に挨拶をするとくるりと叶汰の方を向く。
    「叶汰お兄ちゃんも!よろしくね!あとね、帰りに一緒に本屋さんに行きたいの!」
    「えっうん…!行こうね…。」
    動揺しながら頷く叶汰をニコニコと見ながらエリフィナは元気に見送りに来たムーアに手をふった。
    「それじゃ!行ってくるね!!」
    「はい、お気をつけて。危なそうだったらすぐ狼を呼ぶんですよ。」
    「はぁーい!!」
    玄関の扉を開き、初仕事へ向かう。1歩前へ出たその時、あの女性の声が聞こえた。
    『ー行ってらっしゃい。』
    「え?」
    不思議に思い振り返っても、あの女性は居ない。
    「こら春馬ァ!早く来ないと置いてくぞ!」
    「おいてくぞーっ♪」
    「……うん、ごめん今行く!」
    あの声を聞いてざわついた気持ちを何とか抑えて、先を行く叶汰とエリフィナを駆け足で追いかけた。

    学校につくと、見慣れた校舎が目に入った。この間まで普通に通っていたあの学校。普段ならグラウンドで体育の授業を行うクラスの人達、窓から見える教室には退屈そうに授業を受ける生徒たちがいる時間帯だというのに誰もいない。いつも騒がしかったあの場所は、何の音もなく静まり返っていた。

    ーガタッ

    校門横の物置小屋に何かが落ちる音がした。恐る恐る音の方を見ると、物置小屋の屋根には拓海が乗っていた。
    「ビックリした…。」
    「フン、ビビると思ってわざと音立ててやったわ。」
    春馬の驚く顔を見て拓海は満足そうにニヤりと笑いながら尻尾を振る。
    「昼間はなんも怖えもんはねぇよ。んな気張らずに行け。なんかあったら守ってやっからよ。」
    そう言うと身軽そうにピョンピョンと屋根から屋根へ飛び移り、周辺にある別の建物へ行ってしまった。
    「拓海先輩も来てたんだね。」
    ポカンとしっぱなしの春馬の代わりに叶汰が思ったことをエリフィナに伝えてくれる。
    「うん!アタシ1人で戦えない相手が来た時の為に遠くから見守ってくれてるの!」
    「フィナも戦えるの!?良いなぁ!俺もかっこよく戦えるようになりたい!」
    春馬が目を輝かせながらエリフィナに詰め寄った。
    「うんっ!はるまお兄ちゃんも、頑張ったら出来るよ!アタシも昔頑張ったの!」
    「へぇ?それはどう頑張ったのかな?」
    どこからか知らない声が聞こえてきた。
    「誰…?」
    叶汰が問うと、嬉しそうな声色で答えがかえってくる。
    「さぁ?誰だろうねぇ。嶋崎叶汰くん。」
    そう言いながら声の主は姿を現した。長くて明るい金髪の目を瞑った男性だった。
    「叶汰、知り合い?」
    「知り合いと言うか…。」
    春馬の質問を聞き男性は不気味な笑みを浮かべる。
    「なんだい叶汰くん。私と君は深い関係だろう?忘れたとは言わせないよ?」
    「…違う、お前だけは許さない…!」
    「う〜ん、怖い怖い。私はただ、君のお父さんに“助言”をしてあげただけだよ?」
    「何が助言だ!!お前が余計なことをしたせいで!母さんは…!!!」
    「へぇ…それは本当に私のせいだったかい?」
    そう言うと、男性の口から大量の蜂やムカデ等の毒を持つ虫が溢れだしてきた。
    「あぁ、すまない。人のせいにされた怒りのせいで溢れてしまったようだ。」
    彼の口から溢れてきた虫たちは全てこちらに敵意を向けてきているのが分かる。大量の虫が人間の口から出てくる様子に耐えられなかったエリフィナは、唖然と蜂たちを眺めたまま突っ立っている。春馬と叶汰も言葉が出ない。
    「うん?そんなにこの子達が怖かったかい?そんな黙り込んじゃって…。あぁそうだ、まだ名乗っていなかったね。君たちにはなんて名乗ろうか…いや、もう本名を知ってる子が一人いるから良いや。私は“松雪 雅楽(マツユキ ウタ)”人々を幸せへ導く者だ。君たちも、救ってあげよう。」
    雅楽がそう言うと、虫たちが一斉に飛び掛ってきた。その時だった。
    「グルルーッ…。」
    獣が唸る声と共に、飛び掛ってきた虫たちが地面にぱたぱたと落ちていった。拓海が助けてくれたようだ。だが、その姿はいつもの拓海とはかけ離れた姿だった。狼のような鋭い爪の生えた大きな手、ピンと立った大きな耳、そして顔の下半分が完全に狼そのものだった。
    「オメェら突っ立ってんじゃねぇよ。」
    早く逃げろ、と雅楽の足止めをしながら春馬たちを逃がしてくれた。
    「へぇ、あのカラスは役に立つ狼男も飼ってるんだねぇ。」
    「あぁ。あとうさぎも飼ってるぞ。」
    拓海がそう一言言うと、2人は戦闘態勢に入る。雅楽は再び口から虫を出し始める。
    「綺麗な顔して気持ちわりぃことすんだな。」
    余裕そうに拓海はその様子を眺めて言った。
    「お褒め頂き感謝しよう。だが“あの方”から頂いたこの力を気持ち悪いなんて言われるのは気分が悪いなぁ?!」
    気が荒ぶった雅楽は更に多様な猛毒をもつ虫達を出し続ける。
    「さあ、救ってやりなさい。」
    “救い”に関する言葉を引き金に、虫たちは攻撃を開始する。それに負けじと払い除け、雅楽本人に近付く。だが全てを払い除ける事など出来ない。いくつもの猛毒の針が、拓海の身体をグサグサと刺し続けるせいで、動きが鈍る。
    「そんなに抗わずに、早く楽になりなさい。」
    余裕な顔で雅楽は笑う。苦しむ顔を楽しんでいるかのように藻掻く拓海を眺めている。
    「オレを…っあまりナメるなよ…!」
    「あぁ可哀想に。自分の力を過信しすぎているようだ。」
    そう言ってとどめを刺そうと、雅楽は懐から短刀を取り出し、刃を拓海に向ける。
    「苦しいだろう?次生まれる時はこんな思いをしないように生きるんだよ。」
    「…虫ごときの力に頼ってる奴には負けねぇよ。」
    鋭い爪で短刀を弾き飛ばし、油断をして隙だらけになった雅楽の腹部を切り裂く。切られた箇所からは少しずつ血が吹き出してきた。
    「“苦しいだろ?次生まれる時はこんな思いをしないように生きんだぞ。”」
    雅楽が言った言葉を真似て、爪を首元に突きつける。
    「はは…ははははは!!!!面白い!なんて君は面白いんだ!私を油断させるなんてやるじゃないか!!ははは!!はははははは!!!!」
    「ハッ、何笑ってやがる。お前は今から死ぬんだぞ。」
    「ほお?私が今から死ぬ?なぜそうなる。」
    雅楽の後方から、目玉と口だけの大きな化け物が現れた。また攻撃されるかと思いきや、その化け物は乱雑に雅楽を掴み、守るかのように連れていく。
    「最初から最後まで自分でたたかわねぇのかよ。」
    呆れ顔でその様子を眺めながら、拓海はいつもの姿へと戻って行った。普通に立っているが身体中虫に刺された怪我だらけだ。
    「チッ…あいつの治療受けねぇとな…。」
    1人突っ立っている拓海の様子を見て、戦闘が終わったことに気がついたエリフィナが大号泣しながら拓海に駆け寄った。それについて行くように春馬と叶汰も走って来た。
    「たくみお兄ちゃん……!加勢できなくてごめんなさい…!何も出来なくてごめんなさい……!」
    「はぁ〜…んな泣くな。フィナが泣くとうさぎにキレられんだよ……。」
    「お、俺らもごめんなさい…。」
    春馬が珍しく叶汰の分まで謝る。
    「ぁんだおめぇら。おめぇらはもっと仕方ないだろ。初めてなんだからな。はぁ…謝罪ばっかしてねーで帰んぞ。」
    「「「はい…。」」」

    施設に帰り着くと、毒がまわり始めてフラフラとする拓海に肩を貸しながら、ムーアとりこが居る医務室へ向かった。帰る前にエリフィナがムーアに連絡をしてくれていた為、医務室の前でムーアが待っていた。
    「あ、来ましたか。」
    いつも通りの態度で拓海を出迎えて、そっと椅子に座らせる。
    「うわ、これ全部毒じゃないですか。よく生きていられますね…。」
    「お前なら雑魚だから死んでただろうな。」
    「はァ!?なんですか、そんなに私に治療されたくないんだったら帰ってこずに死ねば良かったのに!」
    「あ?治療されたくないとは言ってないだろブス。」
    「ブスですって!?どう見ても美少女ですけど!?」
    「ハッw自分で言うのかお前w」
    「こらぁ〜喧嘩しないよぉ〜たくくんよしよし〜ムーアちゃんよしよし〜♪」
    「「よしよしじゃない!」」
    いつも通りの口喧嘩をする2人をりこは嬉しそうになだめる。それを見て春馬と叶汰とエリフィナは、もう拓海は元気だな、と安心した。
    「はぁ…まあとにかく、狼は少しの間安静にしていてください。あとの3人は怪我してないですか?無ければ今日は休んで、明日の朝院長に今日のことを報告してください。では、おやすみなさい。」
    「はぁーい!ムーアお姉ちゃんも、いっぱい休んでね!」
    そう挨拶して、医務室を後にして解散した。

    春馬とエリフィナとわかれた後、叶汰は1人、洗面所へ向かった。
    今日出会った男_松雪雅楽の事を思い出す。
    ー『人々を幸せへ導く者だ。』
    …なにが“幸せへ導く者”だ。俺の家族を“不幸”にした癖に。幸せになるはずだった家族を…母さんを苦しめたくせに。
    あいつは俺の2人目の妹が生まれた頃、突然現れた。その時あいつは高校生くらいだった。大人からすれば高校生は子供だろう。そう、子供なはずなんだ。なのにそんな“子供”相手に、父さんは騙された。あいつの虚言を信じ、自分だけの“幸せ”の為に金を払い続けた。自分の金が尽きた時、父さんは母さんの金にまで手を出した。母さんは専業主婦だったから、貯金くらいしか金が無かった。その全ての金を使ったのは自分のくせに、父さんは母さんが悪いと罪を押し付け、何度も、何度も何度も母さんのことを殴った。母さんは何も悪くない。なのになんで父さんに謝るの?なんで俺に謝るの?悪いのは父さんと…松雪雅楽なのに……。
    馬鹿だな、もう過ぎた話なのにまだこんなこと思い出して勝手に落ち込んで。今はもう、きっと母さんも妹たちも幸せだと思ってくれているはず。だって俺は家族みんなと居られて幸せだから。
    そんな長い考え事をしているうちに、洗面所に居たはずが自室の前まで来ていた。無意識でもこんなことあるんだな。さて、また変な考え事しちゃう前に落ち着いて…なんか本でも読もうかな…。
    あ…そういえばフィナと一緒に本屋に行く約束も忘れてたな…。
    そんなことを考えながら自室の扉を開けると、何故かベッドの上にシュアンがいた。
    「あれ?シュアンくん、来てたんだね。」
    「…うん。本、勝手に読んでた…。」
    何を読んでたんだろうと手元を覗くとそこには、今朝必死に春馬から見られないように隠していたBL漫画だった。
    「シュアンくん!?!?!?君にはまだはやいよ!?!?!?!?」
    「…?絵が綺麗だった。」
    「シュアンくん…。」
    「なに…?」
    「僕がこういう漫画読んでること誰にも言わないでね…。」
    「え……?…わかった。」

    弱みをひとつシュアンくんに知られてしまった…。
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