暖かい冬の海僕は自分の本当の親の顔も、その親ってやつがつけた僕の名前も知らない。幼い頃、僕は縞蛸さんの教会で暮らしていた。そして教会から手放され、独りになった時知らない大人の男女2人組に引き取られて“家族”という言葉を知った。
2人組の女の方は自分を母と呼ぶように、男の方は自分を父と呼ぶように僕に言い、僕はその通りにした。
縞蛸さんの教会ではただ働かされるだけだったけど僕はそれが当たり前だと思っていた。働きを見せないと、捨てられると思っていた。
だけどそれは違った。僕の母になってくれたあの人は、僕に優しさを教えてくれた。僕の父になってくれたあの人は、僕に楽しむ心を教えてくれた。僕が居るだけで幸せだって言ってくれた。そして家の近くにある浜辺で出会った女の子は、僕に夢を見せてくれた。教会を出てから今までの記憶の中に、あの子が居なかったことが無い。あの子が居なかったら僕は、この感情の名前を知ることは無かっただろう。
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「ばんっす〜₦EOです久しぶり〜」
2週間ぶりのLIVE配信。昨日までの事が無かったのか夢だったのか、どこか喪失感を感じる。
2週間の間が無ければ毎日配信をするという目標が達成できたはずなのに、それが出来なかったからやる気が無くなったとか、そういう事では無い。きっとこの喪失感は、あの子を失ったせいで感じているんだ。
「報告もせずに休んじゃって心配かけたね〜ごめんさい、理由ちゃんと説明するんで…」
と理由を説明しようとした時、突然窓の外の様子が気になった。普段は閉じっぱなしでカーテンすら開けようとしないくらい気にかけた事が無かったのに、今はとてもそれに惹かれる。
「ちょっとほんとすんませんね、少し離席してもいいすか?」
コメント欄には“いいよ!” “行ってこい!”と流れている。
「ありがと〜、ほんじゃ一瞬行ってくるね」
マイクをミュートにし、“一生待つぞ” “なんやう〇こか?”等の大量のコメントを表示しているモニターを退かして窓の外を覗く。
外には真っ暗で広い海と静かに瞬く星たちが広がっていた。もう見たくないと思っていた海を久しぶりに綺麗だと思った。配信そっちのけで浜辺を眺める。小さい頃からよく鞠那と遊びに行ってたあの浜辺だ。
よく目を凝らして見ていると、白い長髪の女性が1人で楽しそうに歩いているのが見えた。
「鞠那…!」
間違いなくあの後ろ姿は鞠那だ。
だけど、おかしい。
鞠那はもう居ないはず
僕は無意識に家から出ていた。部屋着のまま出たせいで寒い、でもそんな事はどうでもいい。
はやく、鞠那を見つけないと。
浜辺につきあたりを見渡す。この浜辺は見晴らしが良くて一目で誰もいないと分かる。なのに僕は必死になって鞠那を探している。まだアイツには言いたいことがあるから。
足が冷たい、また靴を履かず家を出てしまってたことに今気がついた。
(そういえばあの日も裸足でここまで来たっけ)
朝から急に鞠那から電話がきて、準備とかいいからさっさと浜辺まで来いってめちゃくちゃ催促されたせいで靴忘れてここまで来て、それで鞠那が居たところにレフロスがど〇森のジ〇ニーみたいに倒れてて…まだあれから2週間かぁ…。たった2週間前なのに、もう何年も前の事のように懐かしい。
「なにしてんだろマジで。」
あれから1時間程経ち、配信を一旦止めていることを思い出した。
「やっば早く帰んなきゃ」
さっき見えたのは幻覚だ、そんなのが見えるようになるくらい疲れてんだと自分に言い聞かせ、時間を無駄にした事を後悔しながら、家のある方を振り向いた。
「ばあっ」
「うぁ!?」
突然目の前に見覚えのある真っ白な女性が現れた。
「ッハハwwビビりすぎであ〜?」
「鞠那!?」
さっきまで探していた、もう居ないはずの鞠那が目の前で楽しげに笑っている。
「やっと気づいてくれたねっ」
「いつから…てかどこに居たんだよ!」
「言わね〜ww」
相変わらずいちいち腹が立つ奴だ。だけど会えて心から安心した。
「おいマジでいつから居たん」
「ん〜お家からここまで走ってきて〜必死こいてウチん事探してるとこくらいかな〜」
全部じゃねぇか。
「はぁ…で?んなとこで何してたんだよ寒いっしょ」
「ん〜、ネオが来てくれると思って、待ってた」
「ふーん?何か話しでもー?」
少し間を置いて鞠那は優しく微笑んた。
「…ありがとうってネオだけには言いたかったの」
「は?」
突然そんなこと言われても訳がわからん、何も感謝されるような事はしていないし、むしろ恨まれてもおかしくない。(※何をした)
「私さ〜?本当は人と話すの大っ嫌いだったの」
「あぁ…それは知ってっけど…」
「でもね、ネオと話すのは好きだったんだ〜。ちょっと気悪くしちゃうかもしれないこと言うけど、ネオってほら…会ってすぐの頃、ちゃんとした人としての生活全く分かってなかったじゃない。何故か私、親でも家族でも無いのに凄くそれがほっとけなくて…」
そこまで言うと、鞠那はその場にしゃがみ込んだ。
少しばかりの沈黙が続く中、ただ優しい波の音だけが鳴っている。沈黙に耐えれず何かしようと誤魔化すように僕は隣に座った。
「……それで、なんて言えばいいんだろう…人と話すのも、悪くないって思えるようになったのは…ネオのおかげだったから」
「んだそれ、てか何年前の話してんだよ」
「19年前!」
「ちゃんと答えんなしw」
その後しばらくの間、寒い中「また裸足じゃん」とか、今日1日何してたか〜とか、くだらないけど何処か懐かしい、昔に戻ったみたいな感覚で居心地が良かった。
「あ!!!」
「わぁっ!もおーっ!何ぃ〜?」
「僕配信中に来たんだった!帰んないとやべえ!」
家を出てからもう何時間経ってるのかも分からない、リスナーさんも様子を見に来てくれてた配信者の友達も絶対心配してる。
「…じゃあそろそろ帰ろっか」
「おう!鞠那もちゃんと帰んだぞ!」
「……うん」
手を振る鞠那の顔は笑顔だったが、暗くて悲しそうに見えた。
「なんだよその顔wまた会えるだろー?」
そう言った瞬間、大きな手のような形をした波が鞠那に襲いかかった。だけど鞠那は一切動じる様子は無い。
「____。」
波に飲み込まれながら彼女は何か言っていた。水の音で何も聞こえない。
だんだん波がおさまって行くにつれて、彼女の姿も消えていく。
待って、嫌だ、行かないで
声が上手く出せない。まだ伝えたい事が…
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目が覚めると同時に、部屋にはいつものアラーム音が鳴り響いていた。
(夢…?)
夜にしていた配信はちゃんと切られている。本当に自分は昨日配信してたのかYou〇ubeを開いてアーカイブの確認をする。
(あった!って8時間配信してらぁw)
内容もざっと確認しようとアーカイブを開いてマイクをミュートにした後に何か起きてないか細かく確認すると、ミュートをしていたはずが波の音が聞こえる。10秒ずつ飛ばしながら音を聞いていると、だんだん音は大きくなっていっているのがわかった。コメント欄も混乱している。
『…じゃ△、そろ× ▫ 帰…っ…』
「鞠那の声…?」
『○…!△※も…ゃ……×……ぞ!』
自分の声も聞こえる。これは多分鞠那とした最後の会話だ。
(夢じゃなかった?)
『……○そ△※wまた会え_ろー?』
ここで急に砂嵐のような音が鳴り出した。きっとあの手のような大波の音だろう。
『-・-・・ 』
最後に波の音で聞こえなかった鞠那の言葉らしきモールス信号のような音が鳴った。
コメント欄も優秀で色んな考察をしてる人がいて見ているのが面白い。
…それどころじゃないけど。
その音を最後に無音が何時間も続いて突然ぷつりと動画は終わった。
とりあえず適当に機材トラブルが起きて治らなかったとか言って謝罪ツイートだけすることにした。
数時間後_。
「うわ〜みんな心綺麗〜やさし〜」
ツイートに対するリプを見て心を落ち着かせながら僕はずっとある事を考えていた。
鞠那がどうしても僕に感謝を伝えたくてわざわざ会いに来たとするなら、僕もやろうと思えば鞠那に会いに行けるんじゃないか?
あいつの事は信用してないけど、1回だけ頼ってみる価値はある。
僕はタクシーで縞蛸さんの教会まで来た。
「海寧……いやネオだったか…今更何しに来たんだ?」
「名前くらい間違えないでください縞蛸さん」
この前会った時、こいつは鞠那を連れていった海の神とやらを呼び出していた。だからきっと鞠那の事も呼べる。
「目的は」
「星の代わりになった人に…鞠那に会いに来た。」
縞蛸さんはすこし嫌そうな顔をした。
「あぁ、いいだろう…」
昔彼は言っていた。星の代わりに沈められた者に会いたいと願うのは、神の供物になっても構わないと言ってるのと同じだって。
こいつの信じてる神だかなんだか知らんバケモンのことは嫌いだけど、鞠那に会えるならゴミにでもバケモンの餌にでもなってやる。
「付いてきなさい」
そう言われ連れていかれた先には、塩水で酷く膨れ、肌の爛れて醜い姿になった白い髪の女性が椅子に座らされていた。
触れてみると肌は酷く冷たい。顔も身体も原型がないが、微かに面影はある。信じたくないが、この醜い遺体は鞠那だろう。ずっと一緒にいた人がこんな姿になって、しかも息をしていないというのに何故か僕の心はとても落ち着いていた。
「昨日は会いに来てくれてありがとう、また君の笑顔が見れて安心したよ。それと…」
「ネオ」
縞蛸さんが突然僕の言葉を止める。
「それ以上言っちゃいけないよ」
「どうして」
「ここの神は前も言ったが異性に好意を向ける人間嫌いなんだ。その子は彼女に気に入られていたのにねぇ。君に好意を向けなければこんな事にはならなかった。」
「でも…」
伝えなきゃここに来た意味が無い。
なのに縞蛸さんは無理やり僕を連れて家まで送り届けた。
「今まで沈んだ者に会いに来た人が供物になった理由は分かるか?」
突然の質問だったせいで答えれない。
てか知るかそんなもん
「なんででしょう」
「お前みたいに気持ちを伝えに来たからだよ」
「ふーん…」
「興味無さそうだな」
「ないです、他人になんて…」
「お前らしくないな。人に興味をなくしたか?」
「知らない」
「…まあいい」
そう言って彼は帰ってしまった。
異性に好意を向ける奴が嫌いってなんだよ。嫌いだからって人を巻き込むなよ、神だったらなんでもしていいのかよ。
イライラする、今まで感じたことないくらいの怒りを感じる。
僕は多分鞠那が好きだった。人が好きだからじゃない、他の人とも喋るのは好きだったけど、その好きとあの子に対する気持ちは他とは何かが違った。
縞蛸さんも父さんも母さんも鞠那も、神は人を助けるためにいるヤツだって言ってた。でも僕はあいつが人助けをしてるとこなんて見たことないし悪い印象しかない。
人なんか助けず自分勝手な感情に任せて、目に付いた気に食わないヤツだけを殺す理不尽なクソ野郎だ。
お前が死ねよ、お前が居なければ誰も理不尽な死に方しないのに。殺したい、あいつを殺したい。海の奥深くにいるバケモンを殺すなんて、ただの人間でしかない僕には出来る訳がないのが悔しい。
僕は鞠那の為に何ができた?何も出来てない、最後まで悲しい顔をさせてしまった。もっと違う選択ができていたら、今もあの子は何も知らないかのように笑顔で生きていたかもしれないのに。あの子は最後まで僕を助けてくれたというのに、僕は一回も助けてあげられなかった。
「夢游〜?」
声をかけられて、僕は玄関の前で立ち止まっていた事に気がついた。振り返るとそこには樹くんと萩花さんがいた。
「…こんにちは」
「ちわちわー!ネオさん今暇っすかー?」
挨拶をすると嬉しそうに樹くんが寄ってきた。
「まあ、暇ですよ」
「やった!ねえねえ萩花ちゃん!ネオさんも連れてこー!」
「いいぞ〜」
勝手に話が進められてる…。
「えーっと待って?どこ行くんですか?」
「適当に飯っす!」
樹くんが目を輝かせている。無いはずなのに犬のように尻尾を振ってるのが見える。
「ご飯くらいなら」
「「やったー!!!」」
2人は相変わらず元気だなぁ。お陰で少し気持ちが落ち着いた。
「ネオさん!今日って配信あるっすか?!」
樹くんがまたキラキラした目でこっちを見てきた。今日の配信か…考えてなかった。正直、配信できるほど心の余裕がない。だけど樹くんは会った事が無いときから僕の配信を見てたリスナーさんらしく、毎回配信を楽しみにしてるって言ってくれてたからあまり悲しませたくない(※出たお人好し)
「まだPCの調子悪いから30分雑談くらいはしようかな」
「わっっ!!待ってます!」
そうこう話しながら、何を食べるか全員全く決まらずずっとそこら辺を彷徨いた。歩き回っているうちに、さっきまで食欲がなかったのに少しお腹がすいてきた。
「そろそろちゃんとご飯決めません?」
「よぉし!なら今思いついたのを萩花ちゃんが言ってやろう〜!」
そう言いながら萩花さんは僕と樹くんの前にぱたぱたと走りでてきて、くるりとこちらを向いた。
「お持ち帰りで買える物買って夢游ん家の近くの浜辺で食べよ〜!」
ものすごいドヤ顔だ。だけど良い案だと思う。
「それぞれ食べたい物違う店でも買っていいって事っすか!」
「そういうことじゃ新村〜☆そ〜れとっ夢游〜!」
小さな体で高く跳び、背中に飛び乗ってきた。
「うあっ、なに?」
「雪咲の分も買ってやれ〜」
「…うん…そうだね」
それからそれぞれ好きな物を買いに行き、浜辺に集合することになった。
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「もう見たくないって思ってたけど、改めて見るとやっぱ綺麗っすね〜!海!」
樹くんがビニール袋を片手に持ちながら楽しそうに走っている。
「ぬぁぁ靴に砂が入りそうじゃあ…」
「はは…それは仕方ないですよ」
話しながら海に目をやると、太陽の光が反射して水面がきらきらしていて眩しい。波も優しく穏やかだ。
「あ、もうすぐちょうど座れる場所まで着きますよ」
「さすがご近所〜よくここを知っとるの〜♪」
萩花さんは嬉しそうに走る樹くんを追いかけ始めた。僕はゆっくり歩いて2人を追う。
(…鞠那……)
ここまでなら、君に会いに来れるよ。
「ネオさぁーん!座れるとこってここっすよねー!」
遠くから樹くんが元気に両手を振っている。
「そうだよー!」
「はぁーい!早く来てくださいよォー!」
待ち遠しそうに呼んでくる樹くんに応えて、僕は小走りで2人のもとへ行った。2人が居てくれれば、僕も少しは元気でいられそう。
「樹くん、萩花さん、急にこんな事聞くのは変だと思うんだけど…その…」
2人は食べ物を袋から取り出すのをやめてこっちを向いた。
「えっと…これからも、仲良くしてくれますか?」
2人は1度顔を合わせてからまた僕の顔をみて同時ににっこり笑った。
「ネオさんが良いなら!俺はずっと仲良くするつもりっすよ!」
「あたしもじゃ〜!」
2人の言葉は冬の海の寒さもかき消すくらい暖かかった。
「よかった、ありがとうございます」
「よぉし!それじゃあ夢游!まずは敬語を使うのをやめるとこからじゃな〜」
「あ、難しいです」
鞠那、僕は君がいないと駄目だと思ってたけど、君が言った通り意外と心の支えになる人は本当に近くに居たよ。おかげで楽しく生きていけそう。
だからさ、僕が楽しいと思ってる時、鞠那も一緒に楽しいって思ってくれると嬉しい。もう君は居ないとしても、ここでは会えるって信じてる。
みんなでまた、会いに来るね。