二人で飲むのが好き。酔った浮奇は可愛いし、私は口が軽くなっていつも飲み込んで言わないようなことも言えちゃうから。距離の近さにドキドキするのも楽しくて、浮奇が笑って体を揺らし私にぶつかるたびに好きが募ってく。
「ん、スハもう飲み終わっちゃうね。新しいの頼む?」
「ああ、そうしようかな。浮奇は? もうソフトドリンクにしておいたほうがいいんじゃない?」
「やぁだ。まだ飲むもん」
「酔ってるでしょ?」
「ほろ酔いだよ」
「でももう顔赤いよ」
「……スハと一緒だからだよ?」
浮奇の赤い頬に伸ばしかけた手は空中で止まってしまい、固まった私をクスッと笑った浮奇が自分から頬を擦り寄らせた。熱いかと思ったその頬があまり熱く感じないのは、私の指も熱を持ってるからかな。
「……あと一杯だけね?」
「えへへ、ありがと。何にしよっかなあ」
「……浮奇」
「うん?」
「……ええと」
メニューを見る浮奇の横顔を見て思わず名前を呼んでしまったけれど、浮奇がこっちを見たら自分がただ浮奇に見てて欲しかっただけだと気がついた。やわらかく微笑んで首を傾げる浮奇に、名前を呼んだからには何か言わないといけないのに、見つめ合えるだけで幸せで頭が回らない。好きだって、それしか思い浮かばなくて困った。
浮奇は口籠る私を見て一瞬視線を斜め上に向け、もう一度私を真っ直ぐ見つめてにっこり笑った。
「ね、スハ、お願いがあるんだけど、良い?」
「え、お願い? いいよ、なに?」
「ふふ、内容聞く前にいいよって言っちゃうんだね。スハらしいけど、もっと警戒心持った方がいいと思うな」
「浮奇だからだよ。浮奇のお願いは、なんでも聞きたいから」
「……かっこいい」
「ありがと」
「俺以外にしないでね」
「ん、約束」
差し出した小指は繋がれることなく、浮奇は私の片手を両手で包み込むように握ってそれを自分の口元に引き寄せた。神様に祈るみたいなポーズに、浮奇のお願いは全部私が叶えたいなと考える。
「ほろ酔いって言ったけど、ほんとはいつもより酔ってるんだ。一人で帰れるか不安だから家まで送ってくれない?」
「え……あ、うん……えっと、……もちろん?」
「よかった。ありがと」
それなら、私の家に泊まっていけばいいのに、なんて。さすがにそれは口に出来ず浮奇のお願いを聞き入れた。私も浮奇もたぶんお互いのことを特別に好きだ、けど、まだキスもしたことない。何回もデートをしているのに。……これ、デートでいいんだよね? そんなふうに不安になって、未だに浮奇に直接的なことは言えていなかった。好きって言葉を言うより好きの気持ちを込めて話していても、好きだって視線で言い合っていても、宙ぶらりんのままだ。
新しく頼んだお酒を飲み終わる頃には浮奇はクラゲのようにふわふわになっていて、私の肩に頭を預けてそのまま寝てしまいそうだった。あーあ、だからもう終わりにしたらって言ったのに。
「浮奇、帰ろ。ちゃんと歩ける?」
「ん〜……手、つないで」
「……ん、ほら」
「えへへ……ありがとお」
浮奇はぎゅうっと私の手を握って満足げに笑った。お店を出て駅までの明るい道を浮奇の手を引いて歩くけれど、酔っ払いの多いこの場所では男同士でもあまり人目は気にならない。繋いだ手にそっと力を込めると浮奇も同じように握り返してくれた。
仕事帰りの人と遊び帰りの人がごちゃ混ぜで少しだけ混んでる電車の中、たまたま空いた二つ並びの席に座れると浮奇は俺の肩に頭を乗せてうたた寝をした。離してしまった手のひらは寂しかったけれど浮奇のいつもより高い体温が腕にくっついていて心地良い。ずっとこのまま、駅につかなければいいのにな。バイバイしたくないし、浮奇を送った後一人で家に帰る電車の寂しさは今の比にならない。
そんなこと思っても電車は時間通りピッタリに駅に着いてしまって、私は浮奇のことを起こして電車を降りた。同じ駅で降りた数人は家路を急いで行きすぐにホームは二人きりになる。浮奇はまだ眠たいのかすこし俯いていて、私は彼の背中をそっと押して「歩ける?」と顔を覗き込んだ。
「ん……。んー……」
「うん?」
「……て、つないじゃだめ?」
「……いいよ」
今度は私から浮奇の手を握る。低い気温のせいか店を出たばかりの時は温かった浮奇の手がすっかり冷えてしまっていて、あたためてあげたいから、なんて言い訳をして指を絡めた。
「っ、すは……」
「ん?」
「……なんでも、ない」
「家、どっち?」
「……こっち。ちょっと歩くんだけど」
「いいよ。浮奇と歩くの好き」
家に着いたら今度こそバイバイだ、駅からめちゃくちゃ遠くていいのに。だけど浮奇と手を繋いで歩く道のりはあっという間で、オシャレな外装のマンションの前で浮奇が立ち止まり、そこがゴールなんだって気がついて私は俯いた。繋いだ手、離さなきゃな。
「スハ」
「ん……」
「……うち、寄ってく?」
「え。……え?」
「スハもちょっと酔ってるでしょ、お茶飲んで行ってよ」
「え……でも」
「まだ一緒にいたい」
「……わたしも」
浮奇が手を引いて明るいマンションのエントランスに入る。エレベーターに乗ってボタンを押し、静かな空間で二人きり。浮奇はむこうを向いていて何を考えているかよく分からなかった。
手を繋いだままエレベーターを降りて、角の部屋の前で浮奇は立ち止まった。片手で器用に鍵を出して解錠し、扉を開けてようやく振り返る。
「……どうしたい?」
「……浮奇がいいなら、寄ってく」
「うん」
先に入ってと促されて部屋の中に入り、後から入ってきた浮奇が扉を閉めるとまだ電気をつけていない部屋の中は真っ暗になってしまった。電気のスイッチ、どこにあるんだろう。浮奇に聞こうと振り返ったらぽすんと胸に浮奇がぶつかってくる。体調が悪いのかと思わず肩を抱いてから、浮奇の手が私の背中に回って抱きしめていることに気がついて息を呑んだ。
「……うき」
「ちょっとだけ」
「……ちょっとじゃ足りない」
「……じゃあ、いっぱい。……んん、スハ……今日、帰らないでって言ったら困る?」
ねえ、そんな可愛いこと、絶対可愛い顔して言ってるでしょう、顔を見せてよ。だんだんと目が慣れてきた暗闇の中、手のひらを浮奇の頬に添えて優しく力を込めると浮奇はゆっくり顔を上げた。熱っぽい瞳が、酔いのせいだけじゃなければいい。
「……嫌だったら殴って」
そう囁いて身を屈め、浮奇に顔を近づける。浮奇は避けるどころか私の肩に手を置いて背伸びをした。お願い、私の体温が高いのは、酔いのせいにさせて。