疲れ切った体をベッドに沈めて俺は大きく息を吐いた。くすくす笑い声が降ってきて目を開ければベッドのふちに腰掛けたレンが俺を見下ろしている。
「なに」
「疲れさせちゃってごめんね?」
「うっせ」
顔を顰めてレンの腰に拳をぶつけた。全然力が入っていないそれをレンが大きな手で包み込む。さっきまで向けられていた甘ったるい顔と今のニヤけたツラと、どっちがマシだろうと考えつつレンを睨み上げた。
「ん?」
「……どっちにしろムカつく」
「ええ? 何が?」
「はぁ、俺、なんでおまえと付き合ってんだろ」
「俺のこと好きだからでしょ?」
「どーだか」
「ふーん、キョウは好きじゃない人とえっちするんだ?」
「必要に迫られれば」
「……ふーん」
おいバカ、いつもの押しの強さはどうした。あっけなく俺の手を離したレンの手を、今度は俺が捕まえる。レンの優しさとは比べようもない乱暴で自分勝手な力で握れば、レンはパッと振り向いて丸い目で俺を見た。こんなことくらいで嬉しそうな顔すんな、バカレン。
「俺の言うことなんて簡単に信じてんじゃねーよ。いつもテキトーに話してるだろ」
「キョウの言うことだもん、信じるよ。でも、じゃあ、……俺以外の誰ともセックスしないよね? どんな状況でも、絶対」
「……しねーよ。そもそも別に、そういうコトが好きなわけじゃねーし、痛いし疲れるし汚れるし」
「でも俺とスるのは好きでしょ? 俺のこと、好きだから?」
「……知らね」
「キョウ〜! お願い、もうちょっとだけ甘やかして!」
「もう十分だろ!」
「全然足りないって!」
握っていたはずの手はいつのまにか握られていて、背中を丸めたレンが顔を近づけてくる。目を逸らしたところで逃げられないのは分かっていたから眉間にシワを寄せてレンを睨み、歯をグッと食いしばった。
俺の感情を理解しているのかいないのか、レンは「おねがい、キョウ」と真面目な声で言って俺の目元や頬にキスを降らした。
「っ、うざったい!」
「じゃあ教えて」
「しつこい……!」
「俺はいつもしつこいでしょ?」
「それはそうだけど! 〜っ、ああもう! わかった、わかったから、くすぐったいからソレやめろ!」
俺の耳を舐めていたレンは俺がそう言うとすぐに顔を上げて口元に笑みを浮かべた。クソムカつく。変態エイリアン。その長い舌を噛むためにディープキスをしてやろうか。
「嫌いなヤツとあんなことするわけねーだろバカ」
「……、……もうひとこえ……」
嬉しそうな、悔しそうな、感情を決めきれていないヘタれた声は俺のツボをちょうどよく刺激して、俺はぷっと吹き出しレンを見つめた。情けなく下がった眉と歪んだ唇の形に余計気分が上がる。オーケー、もう一声、サービスな。
「レン」
「うん……?」
笑い声混じりにレンを呼び、俺を見つめ返すレンの頭をあいていた片手で引き寄せた。唇が重なって、レンの目がまぁるく見開かれる。ちゅ、ちゅっと音を立ててキスを数回した後、レンが唇を開いて舌を伸ばしてきたところでカプッとそれに噛みついた。うめき声に笑ってもう一度キスで宥める。
「好きじゃなきゃこんなことしない」
からかう笑みを浮かべていてもその言葉が欲しかったレンにとっては十分だったようで、嬉しそうに目を細めて「俺も大好き」と言い唇を寄せてきた。今度は噛み付かずにそれを受け入れ、掴まれたままの手を指を絡めて繋ぎ直す。
レンの唇は首筋から下りていき鎖骨へ触れた。キツく吸われて、痕がつく。すでにいくつかつけられているキスマークは服の中に隠れる場所だったけれど、鎖骨につけられたそれは首元の緩い服だと見えてしまうかもしれない際どい位置だ。
「おいこらバカ」
「いたっ。叩かないでよキョウ、バカになっちゃう」
「もうバカだろうが。……まだスんの」
「……キョウ、疲れてるよね」
「別に疲れてねーわ。けど風呂入りたいし、……明日、ゲーセンと映画行くんだろ」
「ああそうだった……うー……デートは行きたい……でもキョウにももうちょっと触ってたい……」
「……デートじゃねーよ」
「デートだもん。……んん、あとちょっと、……でも明日動けなくなると困るし……でも……」
うだうだ言いながら俺の上に覆い被さったレンと体が重なって、レンの心臓が速いテンポで鳴っているのを感じた。
こいつ、本当に俺のこと好きなんだな。優しいし、顔も整ってるし、背高いし、セックスうまいし、地球中の人間全員トリコにできそうな男が、俺なんかに執着してる。今の俺だけじゃなく、明日の俺も欲しがっている。
なんか、すげー心が締め付けられる感じ。はっと吐き出した息は最中のように熱くて自分が興奮しているのがわかった。熱に任せてまだ決めきれずに悩んでいるレンの頬へかぷりと噛み付いた。
「へっ、え、なに、キョウ……!?」
「ごちゃごちゃうるせぇな。ヤるならヤる、ヤらないならヤらないでハッキリしろ」
「……シてもいいの?」
「テメーで考えろ」
「……」
レンは真剣な顔で俺を見つめて、数秒、その表情を緩め体からも力を抜いて俺を押し潰したかと思うと、パッと起き上がり俺のことを抱き上げた。咄嗟にレンの首に抱きついて「おい!」と声をあげる。
「お風呂入ろ、一緒に」
「……風呂でスんの、やだ」
「しないよ。その代わりキョウのこと頭のてっぺんからつま先まで全部俺に綺麗にさせて。キョウはなんにもしなくていいから」
「……なんで?」
キョトンと首を傾げた俺をレンは横目で見つめて口端をわずかに上げた。心臓がとくんと鳴り、わけもわからず下唇を噛む。
「わかんない?」
くすぐったいくらい甘い声でそう言って、レンは俺の目元にキスをした。ゾクゾクと快感が体を走る。興奮して火照るとすぐイカれる涙腺がじわりと涙を滲ませて、ぼやけた視界を誤魔化すために俺は体をレンに寄りかからせて首筋に顔を埋めた。
「わかんねーよ、バカ」
「んー、本当にわかんない? ……また泣いてるの? キョウは泣き虫だなぁ」
「泣いてない」
「俺も濡れてるんだけど」
「鼻水」
「ふはっ、人に鼻水つけないでよ」
バスルームに入ったレンは俺をゆっくり床に下ろした。足の裏がタイルに触れてひやりと冷たい。レンの手のひらが俺の頭を包み込んで俯いていた顔を上げさせた。親指が、優しく涙を拭ってく。
「また目赤くなっちゃうね。あとで目薬して、ちゃんと冷やしてから寝よう」
「……過保護」
「キョウの全部俺が管理しても良ければいつでもそうするよ」
「嫌に決まってんだろ」
「どろどろに甘やかしてあげるのになぁ」
レンは笑いながら俺の濡れた頬にキスをして熱い舌で涙を舐めとった。そのまま眼球まで躊躇いなく舐めそうで俺はぎゅっと目をつむる。だけどレンの体温に優しく包まれると体から力が抜けた。緊張感と安心感が同居する不思議な心地でレンの肩に額を押し付けた。
「……キョウ、バスタブにお湯溜めるから」
「ん」
「……ちょっと、だけ、……、……キスしていい?」
なんでも手に入れられそうな男がキスのひとつすらお伺いを立ててくることに、優越感を感じないと言ったら嘘になる。まだ熱っぽい頬をレンの体に押し付けて上を見上げると、ゴクンとレンの喉仏が上下した。
「聞かないとわかんねーなら、だめ」
どれだけ生意気にムカつく答えを返してもレンの前では無駄だ。イヤミの効かない宇宙人は、俺にキスをして幸せそうに笑った。