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    wonka

    とりあえずマシュおいとく用
    ステ新規/アベとアビ左右不問

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    wonka

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    アベアビ /アニメ12話後

    といて、むすんでアベル様の道具であり所有物として必要とされることで朧げだった自身の輪郭がはっきり形を帯びていった。役割を与えられ、この身が役に立つならば命も惜しくはない。やっと存在意義を見出し、あなたの手足となっているときにようやく生きていると実感できた。

    だからあの時も

    「アビス……!」
    この身を貫かれながらもアビスは生きている意味をひしひしと感じていた。
    元より生まれてくるべきでなかった存在。母に殺されかけたのにたまたま生きながらえてしまった身だ。誰からも望まれぬ、ただ徒に生きながらえるだけならば初めて自分を必要としてくれたあの方の盾になることに何の躊躇も恐れもなかった。
    「逃げて……くだ…さい」
    私なんか捨て置いて逃げてほしい。
    それでも脱力するこの身を支えるアベルの腕は温かく、構わず逃げてほしいと思う反面アビスの心は感じたことのない充足を得ていた。自分なんかがアベルの腕の中にあることをおこがましいと思うのに、この身など放り出して逃げてほしいのに、それでもこの温かな腕の中に身を任せていたくなる。相反する感情に苛まれながらも、体にあいた空洞からとめどなく流れ出る血液の感覚、流血とともに失われていく熱に徐々に意識は遠のいていった。このまま朽ちてゆけるなら充分幸せな人生だったと思いながら。


    暗い暗い闇の中で時折り名を呼ぶ声がした。
    それはこの眼が発現する前に聞いた優しい母の声のようで、しかし母の声とは似つかない穏やかなテノールだった。記憶の中でもう朧げな母の声よりも確かに聞き馴染みのあるそれに返事をしようにも声が出ない、闇に包まれる空間では自身が目を開けているのかすらわからず、手足は何かにとらわれたように重く声のするほうへ向かうこともできない。それでもたまに聞こえる声はあたたかく、泥のような暗闇の安寧に包まれて揺蕩っていた。

    くぐもっていた感覚が急に鮮明になる。それでいて音の少ない静かな空間、閉じた瞼の向こうに光を感じる。ゆっくりと目をあけると飛び込むあたりの眩い白と同時に鈍く重い痛みが腹部に走った。痛みに思わずとめた息を短く吐き出すと、掌にある自分のものではない感触。同時に聞き慣れた声が焦りを含ませて名を呼んだ。
    「……っアビス」
    「アベル様……っ?!」
    慌てて身を起こそうとするとはしる激痛に顔を顰める。私の名を呼んだ時よりも焦る声に促され、起こそうとした身はすぐ慎重にベッドに戻された。

    「アビス」
    あらためて名を呼ばれる。ずっと暗闇のなかで私を呼んでいた声だ。
    痛む腹部に障らぬよう視線だけ動かし見上げると額には包帯を巻き、その美しいかんばせも擦り傷だらけのアベルがこちらを見つめていた。
    「アベル様、お怪我はっ……」
    「腹に穴が空いていた君に心配されるほどのものではないよ」
    君のおかげでね、アビス。
    そう告げられるとそっと頭を撫でられる。優しく大きな手に張り詰めていた緊張の糸が解け思わずほうと息を吐く。しかし次第に冷静になるとひとつの違和感に気づいた。
    「あの、アベル様その、手を……」
    目が覚めた時からあった感触。
    点滴に繋がれていないほうの手をアベルが握っていた。
    「ああ、」
    アベルは一瞥すると軽く力を込め繋いだ手を握り直した。アベルに手を握られているという事実に急に顔が熱くなる。
    「嫌なら離すが……」
    「……嫌ではないです」
    胸はざわざわと凪いているが嫌ではない。
    アベルとは長く過ごしてきたがあくまでアビスが付き従う関係。その身に触れたことなどほとんどない。そもそもアビス自身がこの眼を持つがゆえ他者と触れ合う経験が皆無に等しいなかで崇拝に近い感情を抱いているアベルに触れていることが畏れ多かった。しかし握られたその手から直に移されるアベルの体温、擽ったさのなか安心を憶えるのも事実だった。それはセルの攻撃に身を貫かれ意識を失うまでの中、痛みのなかで確かに感じていた充足感と同じだった。
    「僕を庇い倒れた君を抱えているとき、君の体がどんどん冷えていって、このままアビスも母さんのようにいなくなってしまうのではと不安だった……どんなに強く手を握っても君の手は冷たくなるばかりで」

    こわかったよ
    ぽつりと溢された最後の声は今までに聞いたことのない寂寥を帯びていて思わず痛む体を忘れて顔を向ける。
    その十字架を擁した双眸はどこか心許なげにこちらを見ていて、目が合うとぎゅっと繋いだ手に力が込められた。今まで目にすることなどなかった怯えや不安を帯びたアベルの表情に何か返したくとも、血を流しすぎてまだ力の入らないこの身ではうまくその手を握り返すこともできない。
    そのもどかしさを知ってか知らずかアベルはおもむろに握った手をアビスの傷に障らぬようゆっくりとその身に引き寄せそっと口付けると、縋るように額にあてた。
    「無事でよかった」
    搾り出すような声だった。
    アベルのそんな声もそんな顔も今まで一度も聞いたことも見たこともない。思わずアベル様、と声をかけようとしたがからからと口の中が乾き音になることはなかった。
    「もうあんなことは……身を呈して僕を守るなんてことはしないでほしい」
    アベルのために身を盾にしたことは紛れもなくアビス自身が望んでしたことだ。そう命じられていたわけでも無理強いをさせられていたわけでもない。ただ我が身を初めて必要としてくれた存在を失いたくなかった。しかし、アベルにこんな顔をさせたかったわけでもないのだ。
    アベルの言葉を反芻する。命を賭して盾になることをアベルは制した。無事であったことを、生きていることを悦ばれた。それはもしかしたら、自分のような存在でも生きながらえこれからも側で役立つことを望まれているのだろうか。もう長く自分以外にこの身を必要としてくれる存在もこの身の大事を願ってくれる存在もいなかった。そんな中で伝えられたアベルの言葉は戸惑いとともにアビスのなかに小さな暖かい明かりを灯した。
    しかし
    「君を道具だと言ったこと……この関係を解消させてくれないか」
    アベルによってあたためられた心が急激に冷えていく。
    そうだ、マッシュ・バーンデッドに敗北した時点でわかっていたことだ。道具として役に立たないならば手放されても仕方ないと。
    この関係を解消されてアベルにとって何者でもなくなった私はどうなるのだろう。道具という立場を与えられることで側にいる権利を得た。それすらなくなった自分にはこの方の側にいる権利も理由も無くなってしまう。なぜ浮かれてしまったのだろう。なぜ、忘れていたのだろう。
    嫌な考えだけが脳裏を巡ってゆく。従順にアベルの言葉に従うべきなのに。それしかできないのに。
    「それはもう、私は必要ないということですか」
    こんなことをわざわざ伺うなんて縋るようで情けない。明確な回答を得ることが恐ろしい。
    そう思いながらも震える声で問うしかなかった。
    「道具としての君は、だな」
    「どういう、ことでしょう……」
    目覚めたばかりのまだうまく回らない頭とアベルの言葉によって乱された心では深く考えることができない。
    「君を失いたくないと思った。『道具』である限り君は、アビスはきっとこれからもその身を犠牲にしても僕を庇おうとするだろう。だからこの関係は解消させてほしい。君には君の身を大切にしてほしい。失いかけてはじめて気づくなんて馬鹿だと罵ってくれても構わない」
    「そんなこと……」
    「その上でこれからも僕の側にいてくれないか。主従を解消した上での僕からの頼みだ。だからこれは命令ではない。君の意志を、尊重させてほしい」

    え、と思わず声が出る。
    烏滸がましいとは思いながらもそうであってほしいとわずかな願いを込めて訊ねる。
    「これからもアベル様のお側に、いてもいいのですか」
    「ああもちろん、僕がそうしてほしい」
    先ほど舞い上がってしまったことが勘違いではなかったということだろうか。
    聞き返してもなおまだ信じがたく戸惑う私のアビスを、アベルがまた強く握った。夢ではない。
    「返事を聞かせてくれないか」
    そんなの決まっている。
    だからそんな不安げな顔しないでほしい。力の入らぬ手にそれでもありったけの力を込めて握り返し「もちろんです」とそう告げながら何度も頷いて見せた。ありがとうと微笑むアベルにまたそっと口付けられるとアビスの双眸はみるみる涙に溢れた。信じがたい幸福に満たされてその尊顔を拝していたいというのに意に反して溢れ続ける涙にアベルの顔がぼやけて見えなくなる。腕を動かせないアビスのかわりにアベルの指が涙を拭った。拭ってもとめどなくこぼれる涙にアベルは少しだけ困ったように「あまり泣くと怪我に触るよ」と笑った。

    あまりある幸福感に涙を止めることができなかったがそれでも必死に言葉を繋いだ。それをアベルは静かに相槌を打ちながらひとつひとつ拾い集める。道具としてでもこの眼ごと必要とされたそれだけ嬉しかったこと。敗北と共に不要になるのではないかという恐怖。そんな何者でもなくなったアビスをアベルは改めて必要としてくれた。経験したことのないそして信じがたい幸福にしんでしまいそうだと溢すアビスにせっかく助かったのにそんなこと言わないでくれとアベルは困ったように咎めた。


    アビスが疲れて眠りにつくまでアベルは優しく涙を拭いながら頬撫でていた。眠ったアビスの閉じられた左瞼にアベルはそっと口付けを落とす。伏せられた深紅に黄金の瞳はアベルにとっては級硬貨コイン争いの要となりアベルを助け、そしてこの眼があったからこそアビスに出逢えた。
    最初から不思議とアビスの眼に恐怖はなかった。誰もが恐れるイヴル・アイだがアベルにとっては厭わしい存在ではない。その眼も含めて愛おしく思っていることをなんと伝えよう。

    ふたりの明日からの新しい関係を思いながらアベルは静かに病室を後にした。
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